第37話 三等冒険師カイト&ライラ

 冒険者!!


 昨日の今日でもう来たのか。さすがマックス、仕事が早い。

 警戒心を薄めた俺はルディの直ぐ後ろまで行き二人の冒険者を観察する。

 えっ、若いな。

 見た目で判断すると高校生ぐらいだろこれ・・・


 男の方は戦士のはずだが165センチ程度でしかも細身だ。

 装備しているレザーアーマーがいかにも新品ですという感じで、経験値の薄さを物語り本人の頼りなさを強調してしまっていた。

 武器もショートソードってやつかな。迫力や威圧感がまるでない。


 むしろ隣の女の方が背が高いな。170センチぐらいか。

 魔術師のようなローブを着てマントを羽織り、手には魔法の杖が握られている。

 頭にベレー帽をかぶっていて前面には水色の宝石が輝いていた。

 目の前には巨大なアマゾネスがいるというのに、落ち着いた物腰で真っすぐに正面を見据えている。やはり、この術士の方が頼りになりそうだ。


 さて、ともかく今後のことを相談しないとな。

 玄関で立ち話もなんだから中に入ってもうらおう。

「僕が護衛対象のロビンです。まずは、お入りください」


 その瞬間、ピシッとこの場に緊張感が走った。


 気分屋っぽい男だけでなく、冷静そうな術士まで驚愕が表情に出ていた。

 何だこれ?

 俺が護衛対象なのがそんなに不満か衝撃なのか?

 困惑して冷や汗を流していると、いつも通り守護神が救ってくれた。


「ロビン様、ここセクスランドでは家は聖域です。親族か非常に親しい者しか自宅に迎え入れることはありません」


 知らんわ。ルディ、まだその常識は教わってないぞ。

 それにシャーロットは普通に入れてたけどどうなんだ?

 あ、俺の恋人だからOKだったってことか・・・

 しかし参ったな。庭で立ったまま話し合いなんて真っ平ごめんだ。

 ここは何とかドクターを説得して応接間だけでも使わせてもらおう。


「話には聞いてたが、本当に記憶を無くしちまったみたいだな」

「カイト止めなさい、失礼でしょ」

ふむ、このボケとツッコミがこの二人の関係のようだ。

「悪いけど、少し待っていてよ。了解をもらってくるから」

そう言って俺たちは冒険者コンビを残して食堂に戻りドクターに事情を話す。

すると食後の紅茶を楽しんでいたクラウリーはあっさりと了承してくれた。


「ここはマディの家でもある。それはマディの婿のお前さんも同様じゃ。お前さんたちがそうしたいならそうするとええ」


 ドクター・・・泣かせること言うじゃないか。

 ちょっと目が潤んで来ちまったぞ。

「ありがとうな」

 俺はありったけの感情を込めて礼を言った。

 今はこれしか出来ないが、いつか全ての恩に報いるからな。必ずだ。



「じゃあ、まずは冒険者手帳を確認してくれ」

 再び玄関に行き、この家に招待すると告げると、戦士の男はマジかっという顔をしてからポケットに手を入れて手帳を差し出した。

 ルディがそれを受け取り中をあらためながら、生年月日や識別番号を質問し、男がよどみなく答える。同様に術士の女の身元確認も終えてから家に迎え入れた。


「ワシがこの家の主のドクター・クラウリーじゃ。よろしくの」

「俺はカイト。ギルド専属の三等冒険師だ」

「ライラと申します。同じくギルド専属の三等冒険師です」

 ドクターが応接セットの誕生日席に座り皆にも掛けてくれと席をすすめる。

 俺とルディは冒険者二人とテーブルを挟んだ三人掛けのソファーに座る。

 最後に対面の三人掛けソファーにカイトとライラが座った。


「改めて自己紹介するけど、僕がグレースピア・カレッジの新学寮長になったマクシミリアン・モアの息子のロビンだよ。これからよろしくね」

「クラウリーの助手のマティルダです。私はロビン様の護衛も兼ねていますので、今後はお二人とも同行すると思いますが宜しくお願いします」

「アンタのことも聞いちゃいたが、実物は噂以上だな。俺たちなんて必要ねーんじゃねーか?」

「こらカイト、余計なこと言わないの」

「いえ、一人では限界があります。貴方たちの護衛はとても心強いですよ」

「そう言われたら悪い気はしないけどよ。ま、任せときなって」

 その自信はどこから来るんだろうな。ちゃんと根拠があればいいんだが。

 隣のライラを見ると相棒のやんちゃ坊主ぶりに頭が痛いと額に手をやっていた。

 ふぅ、どうやらカイトには過度の期待は禁物か・・・


 とはいえ、この二人は俺の大事な戦力だ。

 彼らがどんな人間で、所属する冒険者ギルドがどんな組織か知っておかないとな。

「もう知ってるみたいだけど、僕は記憶を失っているから冒険者のことを全く知らないんだ。いくつか質問させてもらうね」

 明らかに頭脳担当であるライラに向けて言うと術士は営業スマイルで快諾した。

「何なりとどうぞ」


「ギルドの専属というのはどういうことなの?」


「特定のギルドと専属契約を結んでいる冒険者ということです。クエストの成功報酬とは別にギルドからランクに応じた契約年棒を与えられますが、専属の義務依頼を果たさないといけません」


「ランクというと、さっき言ってた三等とかがそうなの?」


「はい。冒険者は実力・実績に即して一等から六等までの格付けがされています。ギルドの専属になれるのは三等以上の上級冒険者だけです」


「そうだぞ。俺たちは上級の冒険師だからな下級の冒険士じゃねーぞ」

 へぇ、師と士で違いがあるんだ。

 カイトはそこに強い拘りがあるみたいだな。

「すみません。カイトは三等に昇格したばかりなので・・・」

 なるほど。それで天狗になってるか舞い上がってるってところか。


「ライラさん、私からも一つ訊きたいのですが貴方の主属性は?」


「・・・風になります」

 少し躊躇ためらいがちに魔術師が答えた。何か事情があるのか?

 水か風が俺たちの求めた術士なんだから問題無いはずだが・・・


「ハズレ属性だからってそんなに気にすんなよ!」

「くっ、アンタに励まされても情けないだけだわ」

 おおぅ、空気を読まない男がここでは幸いした。

 恐らく、風の魔法はあまり需要がなくて人気がないのだろう。


 だが、ちょっと不思議だな。

 この世界の文明レベルは中世の中期といったところだ。

 ここベルディーンの港に泊まる船も蒸気船じゃなくて帆船だった。

 自在に風が操れるとしたら、無風では進めないという帆船の最大の弱点を克服できるじゃないか。これってメチャクチャ需要があるだろ。


「船乗りになって帆船を風で動かせば大儲けできるんじゃないの?」


 ピキッと一瞬で空気が固まった。


 そして、ぷふっというドクターの吹き出しを合図に、カイトがゲラゲラと笑い出し、ライラはハンカチで口元をおさえ、ルディは紅茶を含んで口を湿らせて準備を整えると噛んで含めるように語り始めた。


「ロビン様、女性は帆船に乗ることができません」


 な、何・・・だと・・・!?

 意味が分からず茫然としている俺を心配そうに見ながらルディは続ける。


「女性を乗せた船が外海に出ると、クラーケンが襲ってくるのです」


「そ、そんなの迷信か、よくても偶然でしょ」

「いえ、事実です。記録の統計によれば7割の船が襲撃にあっています」

「本当なんだ・・・でも、一体どうして女性だけ狙われるの?」

「それは謎じゃな」

 またそれかーい!

「ワシも魔獣博士として研究してみたかったんじゃが、相手が巨大生物で海の中ではどうしようもなかったわい」

「別に分かんなくてもいいだろ。ダメなもんダメなんだよ」

 そうだな。ここで頭を悩ませても仕方ないか。

 ライラには可哀そうだが、何か他のアイデアで風使いとして強く生きてくれ。

 例えば、暑い日には扇風機がわりとか、いやそれは酷いな・・・ん、んんん、

 そうだ魔法の扇風機だよ!


 それで換気して洞窟の臭いを吹き飛ばせば良いんだ!


「ライラさん! どのぐらい強い風を起こすことができるの?」

 いきなり興奮した俺にちょっと引き気味のハズレ術士にダイオウコウモリの巣がある洞窟の話をした。キミの力で探索が可能になると力説する。

 ところが、冒険者二人の反応は非常にしょっぱかった。


「あの洞窟なら俺たちもとっくに知ってたさ。ここの冒険者なら常識だよ」

「洞窟の入り口で魔法を使うのは無理です。悪臭が酷くて集中できません」

「臭くて誰も入れないってことはお宝も無いってことさ」

「それにダイオウコウモリって気持ち悪いし・・・」


 お前ら本当に冒険者か? 冒険心が無さすぎだろ。

 誰も入ったことがないと聞いたら、自分が一番乗りで入りたいと思わんのか。

 まったく、最近の若い奴らは・・・


 はぁ~、良いアイデアだと思ったんだけどなぁ。

 臭くて魔法使えないと言われたらどうにもならん。

 俺だって我慢できずに撤退してきちまったんだから文句は言えん。

 あの臭いさえ何とか緩和できれば・・・って、アレがあるじゃないか。


 ここであのペストマスクの出番だろ!


 ガタッと勢いよく立ち上がり食堂へ走る。

 まだ食卓の上にあった異様なクチバシのある仮面を取ると応接間に走って戻り、何事かと不審がる皆の前で俺はドーンとペストマスクをテーブル上に置いた。



「これ本当に凄いですね。全くけむたくありません」

 クラウリー邸の裏庭で焚火の煙を浴びながらライラが絶賛した。

 よしよし。ここまでは計算通りだ。次の実験に移ろう。


「それじゃあライラさん、魔法を使ってみてください」

「はい。それではこの方向に放ちますから気を付けて下さいね」

 風術師は先端部に大きな水色の魔石が嵌められた木の杖で指し示して注意を促すと、両眼を閉じて集中し魔力回路を繋ぎ始めた。


豪突風グランテンペスタース!」


 ライラが静かに叫ぶと杖の魔石が輝き暴走トラックのごとき突風が地上と平行に虚空を突き抜けて行った。

 裏庭の芝や小枝を巻き上げながら飛び去った風は500mほど離れた木の枝を揺らし葉を千切ってから霧散する。


「凄い・・・」

 この猛烈な感動を語彙ごいの少ない俺はこんな陳腐な言葉でしか表現できない。

 だがこれでイケる。

 ダイオウコウモリの洞窟を探索できる!

 俺が心の中で大ガッツポーズをしていると、殊勲者のライラがへなへなっとその場に座り込んだ。


「大丈夫ですか?」

 俺はすぐに駆け寄り背中を抱いて支えながらマスクを外してあげた。

 触れたライラの身体が熱く火照っている。顔も赤い。

 魔法ってこんなに体に負担がかかるものなのか・・・


「ヘーキヘーキ。疲れてるんじゃなくて感じてるだけだから」


「馬鹿カイト! よ、余計なこと、言うんじゃないの。ハァハァ」

 えーと、つまり、どういうことなんだ?


「大量の魔力を一斉に放出すると凄まじい快感が湧き上がるのです」

 だからジロジロ見ないようにとアマゾネス嫁が目で訴えてくる。

 そ、そういうことだったんだ。

 我慢に我慢を重ねたオシッコを大放出させた時の解放感、とは違うか。

 まぁとにかく、そういうものだと理解しておこう。


「良いところ見せようとしてあんな大技使うからだろ」

「う、うるさいわね。最初に、クライアントへ、実力を見せておくのは、当然でしょ」

 まだ荒い息を吐きながら反論するライラがちょっとエロい。

 これは良くない兆候だ。ひとまず家の中へ撤収しよう。

「ルディ、ライラさんをお願い」

 反応の早い女戦士はサッと風術師を抱き上げて裏口のドアへ向かった。

 


「恥ずかしいところをお見せしましたが、術士としての私の力もお見せできたかと思います。ご満足頂けましたでしょうか?」

 数分後には回復したライラが営業スマイルも復活させて問いかけてきた。

「もちろんだよ!」

「有難うございます。では私たちに任せて頂けるということで宜しいですね?」

「んん? それって洞窟の探索のこと?」

「ちげーよ。お前の護衛の任務のことに決まってるだろ」

「黙ってなさいカイト。水か風が主属性の術士を求めていると聞いています」

「なんだ。僕はもう護衛は君たち二人で決まりだと思ってたよ」


「じゃあチェンジは無しってことで良いんだな?」

 チェンジって・・・なんかデリバリーヘルスみたいだな。

 だが、気に入らなかったら変更できるというのは良心的ではある。

 この世界の冒険者ギルドはサービス精神が感じられて好印象だ。

「もちろん、君たち二人にお願いするよ」

「よっしゃー! 仕事ゲットだぜ」

 カイトの実力は未知数だけど、戦士ならルディだけで十分だからな。

 足を引っ張る事さえなければ問題ない。

 それに仮にも上級冒険者なんだからそれなりに使える筈だ。


「それでは、この依頼書にサインをお願いします」

 ライラは今日一番の心からの笑顔で俺に羽ペンを手渡してきた。

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