第36話 山の洞窟とペストマスク

「ジローは街に連れて行っちゃダメなのか!?」


 子犬みたいなのに。こんなに可愛いのに。

 森からクラウリー邸まで本当に付いてきたマルマーロは従順で大人しい。

 僅か数分ですっかり情が移ってしまった俺は最後まで面倒を見る覚悟を決めた。

 そこでドクターに相談したところ、衝撃の事実を伝えられたところだ。


「マルマーロは成長したら人間よりも大きくなるでのお」

「狭い路地でそんなものが丸くなって転がったきたら確かにヤバイか」

 リアル・インディージョーンズ・・・

 逃げ場がなくて弾き飛ばされるか潰されるかの二択だな。

 ただ、食堂の椅子に座る俺の足に抱きついているジローはまだ小さく、とてもそんな脅威になるようには見えない。


「じゃが、馬車から出さずにモア家まで連れて行って、敷地から出さなければ市の条例に触れることはないじゃろ」

「そうなのか! じゃあアリスにも見せてやれるな。きっと喜ぶぞ。アイリーンにはジローの絵を描いてもらおう。良い記念になる。ふふふふふ」

「すっかり浮かれとるようじゃが、今日はやめておいた方がええぞ。マックスの引っ越しでごった返しとる筈じゃからの」

「あぁ、引っ越しがあったな」


 グレースピア・カレッジの学寮長選挙に勝利したマックスは、学寮長の名の通り、今後はずっと学寮で暮らすことになる。

 選挙中も学寮に住んでいたが、学長室への本格的な引っ越しが必要だった。


「ロビン、私の準備は整いました」

 倉庫で鹿の解体と保存をしてから風呂に入って着替えをしたルディが、そろそろ出発しましょうと告げに来た。

「ご苦労様。じゃあ出かけるか。ジローはお留守番だ」

 可愛いマルマーロを足から引き剥がして立ち上がる。

「ドクター、悪いがジローを頼むよ」

「任せておけ。ワシは魔獣の研究もしとったでの。それにマルマーロは雑食性で大人しいから世話も簡単じゃしな」

「ジロー? もう名前を付けたのですか。由来は何です?」

 ルディの疑問にドクターもそういえば何でじゃという顔を向けてくる。

 アルマジロとそっくりだからだよ。

 そう言っても意味不明だろうから適当にごまかしておいた。




「ロビン、お前にも正式に護衛を付けるぞ」


 昼間の引っ越し騒ぎの余韻がまだ続くモア家の館の夕食の席で、選挙戦を終えて久しぶりに自宅へ戻ってきたマックスがごく当たり前のように言った。

 俺がポカンとした表情をしていると父親は優しく説明を加える。


「学寮長である私の家族を狙う不届き者が出る可能性があるからな」

「パパが一番危ないわ。本当に気を付けてね」

「選挙が終わっても警戒しないとならないなんて大変だこと」

「ロビン、お願いだから絶対に一人にはならないでね」

「そんなに心配しなくても大丈夫だ。あくまで念の為の措置でカレッジの方針に従うだけのことだからな」

 

 うーん、どんな方針か知らんが護ってくれるというのなら有難い。

 俺はすでに誰かから命を狙われているんだからこの話は渡りに船だ。

 それに、『お前にも』ということは他の家族にも護衛が付くようだしな。


「その護衛についてだが、何か要望はあるか?」


 いや、急に要望と言われてもそんな経験の無い俺には何も思いつかないぞ。困り果てて隣に座るルディにアイコンタクトで助けを求めた。


「私の魔法の主属性が炎ですから、水か風が主属性の術士が良いかと思います」


「ふむ、確かに理に適っている。よし、では条件を満たす術士一人とその相棒となる戦士一人をギルドに依頼することにしよう」

 ギルド!

 それって異世界ではお約束のやつか。やっぱりあるのか・・・

「ギルドって、もしかして冒険者ギルドだったりする?」

「当たり前だ。貿易商ギルドに依頼したら天秤を持った痩せ男がくるだけだぞ」

 あの夜で迷いが消えたマックスはハハハハハと陽気に笑った。


「マックス、護衛はもちろん必要ですけど、本当に信用できる人たちかしら?」

 俺を溺愛する母キャシーは、それでもまだ心配で確信を得ようとした。

 だが、確かにその点は重要だ。

 冒険者なんて、はみ出し者、ならず者の集まりというイメージだしな。


「もちろんだ。ギルド専属の上級冒険者たちで身元がしっかりした者ばかりさ」


 専属とか上級とかどういうカテゴリーか知らんが、マックスが手配するのなら間違いはないだろう。興味の尽きないギルドや冒険者の知識はやって来る護衛たちから直接仕入れるとするか。


 家族に必要なことだけを伝えると、マックスとキャシーは慌ただしくモア家の館を出てグレースピア・カレッジへ戻って行った。現地では残してきた使用人がまだ片付け作業をしていて、彼らに指示を出さなければならないそうだ。

 キャシーがいないので、俺とルディは二日連続でロビンの部屋に泊まった。

 やっぱりルディも癖になっていた。最高に燃えた。




 翌日、11月21日の水曜日。

 朝食を食べてからモア家の館を出てクラウリー邸に到着すると、俺はサッカーシューズを革靴の上から履いてルディと森へ向かった。当然のように魔獣マルマーロのジローも付いてきた。

 今日は樹木を縫うように進むのではなく、獣道をしばらく歩いた先にある小さな山を登る。

 サッカーシューズを山の斜面でも試したかったのだ。

 靴底に取り付けた12個のスパイクはそこでも大活躍してくれた。

 土を噛んで滑らない。見事なグリップ力だ。これで戦える!

 いや、まぁ今はまだ逃げ専用だけどな。

 その内、ドクターに相談して俺でも使える武器を探してみよう。


「ロビン、何かいます気を付けて」


 山頂にあと少しという場所でアマゾネス嫁が落ち着いて警告を発した。

 俺は静かに息を殺し、ジローは丸まって防御態勢を取った。


 バサバサバサバサバサバサ


 鳥が羽ばたく音がして視界が急に暗くなった。

 ハッと空を見上げると巨大な黒い鳥の群れが頭上をおおい陽光をさえぎっていて、俺たちを襲うことなくそのまま飛び去っていった。


「ダイオウコウモリですね。近くに巣となる洞窟があるのでしょう」


「コウモリ!? あんな大きいのがコウモリなのか?」

体長が1mぐらいあったぞ。広げた羽の先から先は3mに届くんじゃないか。

「はい。この島で最大のコウモリですからね」

「あんな化物の巣がこんな場所にあって大丈夫? 血とか吸われない?」

「基本、人間は襲いません。果物が彼らの主食ですから」

 フルーツ好き!

 あんなゾッとする不気味な姿しといてヘルシーとか意表突きすぎだろ。


「ただ、果樹園が襲われることがままあるので害獣には違いありませんけど」

「そりゃ迷惑な話だな」

「ええ、その為に冒険者ギルドの討伐対象となっています」

「へぇ、それなら巣の洞窟だけでも見つけておきたいな・・・ん、んんん?」

 山・・・洞窟・・・何か最近、聞いた気がするんだが・・・

 あ、あああああ!!


 黄金だよ! コクラン王の金山だよ!


 レガリアのことをドクターから教わった時、黄金の玉座の伝説でこの国の何処かには金山が眠ってるって言ってた。

 いや、もちろん眉唾な話なのは分かってるけどワクワクが止まらないんだ。

 とにかく、その洞窟に行かないことには気になって仕方ない。


「ルディ、奴らの巣がどこにあるか分かるか?」

「恐らく。わずかに臭いがしますので行ってみましょう」

 臭い?

 俺には特に変な臭いは感じないんだが、まあ頼れる女戦士に任せよう。

 しかし、ルディの後に続いて5分も歩いた頃には嫌でも気づかされた。

 確かにこの先から刺激臭が漂ってきてる。


「あそこですね」

 ルディの指差した山肌にはポッカリと横穴が空いていた。

 さらに近づいて行き洞窟の入り口で立ち止まる。

 あぁ、せっかく見つけてくれたのに、これはダメだ。


 あまりの臭さに頭がクラクラしてきた。


「ロビン、どうしました? 大丈夫ですか?」

 どうやら全くこの臭いが平気らしいルディは、俺がなぜ弱っているのか分からないようだ。 

「・・・臭くて堪らん」

「ではもう帰りましょう」

「いや、この洞窟はぜひ探検したい」

「それでは私だけ少し中を調べてきます」

「それはダメだ」

 俺が行かなきゃ意味がない。つまらない。

 だが今は無理だな。さっきから全然この臭いに慣れる感じがしない。

 ここは一度帰ってドクターにガスマスクでも作ってもらおう。

「残念だが撤収だ」 

 その言葉を聞いた途端、俺の身を案じていたルディは小柄な俺の身体を抱き上げると山の斜面をひょいひょいと下り、森の中をすいすいと駆け抜けていった。



「黄金なんてあるわけないじゃろう」

 料理に混入した卵のカラでも噛み砕いたような顔でドクターに突っ込まれた。

 実際に俺たちが食べている昼食はルディが昨日狩った鹿のステーキだが。

 雑食性のジローも俺の足元で美味しそうに食べている。


「分かってるさ。だけど万が一ってことがあるじゃないか」

「王都から遠く離れたあんな小さな裏山に万が一もへったくれもないわい」

「いやでもな、エレノア軍がここに来る目的が眠ってるかもしれないだろ」

「お、おおう・・・」

「黄金じゃないにしろ、別の何かがあっても不思議じゃないよな」

「・・・確かに否定はできん。ダイオウコウモリの巣なんて好きこのんで入って行く奴はまずおらんからのお」

「だろ。だから頼むよ。臭いが緩和されるマスクを貸してくれ」

「防臭マスクかあ。あることにはあるんじゃが・・・」

「やった。何でもいいからそいつを出してくれ!」


 3分後、ドクターが持ってきたブツは異様で禍々しい姿をしていた。

 これ、どこかで見たことあるな。

 顔全体を覆う仮面から突き出したこの長いクチバシ・・・

 そうだ、たしか中世で黒死病が流行った時に医者が装備したと言われる・・・ 


 ペストマスクだ!

 

 しかし、俺が頼んだのは防臭マスクだぞ。

 どうして、伝染病対策のマスクが出てくるんだ?

「ドクター、説明してくれるか・・・」


「説明も何も見た通りじゃよ。そのクチバシの中に木炭・石灰・海綿スポンジのフィルターと数種の花から採取した芳香剤が入っとる」


 なるほど!

 このクチバシは虚仮こけおどしや単なる飾りじゃなかったんだ。

 へぇ、これは意外と優れものかもしれないな。

 俺は早速、ペストマスクを装着してみた。


 ん、んんん、これはちと重いしバランス悪いな。

 それにフィルター越しだから仕方ないが呼吸がちょっと苦しい。

 さらに悪いことに視覚がマスクで遮られて周りが見づらい。

 これでは戦闘はもちろん逃走も困難だ。

 俺はマスクを外して新鮮な空気を吸うと、さてどうしたものかと考える。


「ほらの。じゃから薦めたくなかったんじゃ」

「いや、これはこれで他に使い道はあると思うぞ。戦闘有りの洞窟探索には向いてないだけさ」

「他に防臭マスクはないぞ。それでダメなら諦めるんじゃな」

「やはり、私が一人で探索して来ましょうか?」

「うん、でも今回は諦めるよ。俺はルディと一緒に冒険がしたいんだ」

「・・・そうですか」

 アマゾネス嫁がほんのりと頬を染めて目を伏せる。

 ふふふ、昨夜はあんなに激しかったのに、こんな言葉で嬉しそうに照れるなんてまだまだ初心だなあ。


 カン!カン!カン!カン!


 ちっ、誰だ俺の幸せのひと時を邪魔する奴は。

「ロビン、警戒して下さい。それなりの使い手です」

 えっ、本当に学寮長になったマックスの息子の俺を何者かが狙いに来た!?

 いや、それならわざわざノックしたりしないよな。

 そう煩悶はんもんしていると既にルディは玄関へ向かっていた。

 俺はその少し後ろに続いていく。ジローも転がりながら俺についてきた。

 ルディが振り返りそこで止まってと目で訴えてから、おもむろにドアを開けた。


 ガチャ


「俺はカイトでこっちはライラ、冒険者ギルドから護衛の依頼で来た」

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