第35話 野外プレイ

「よし止まった! イケるぞこのサッカーシューズ!」


 11月20日の火曜日の午前。

 ドクターからレガリアの話を聞いてる内に時間が経ってしまったので、昼食の支度があるルディを残して俺は裏庭で一人トレーニングに励んでいた。


 約2週間前、普段履いているレザーソウルの革靴は滑りまくって急発進や急停止が困難だと痛感した。そこでドクターに相談し、厚革の靴底に鋲を12本打ち込んだ靴を超特急で職人に作ってもらった。

 そして、期待した滑り止めの効果は十分で大満足!


 だったのだが、落とし穴があった。


 まず屋内にはとことん向いてなかった。

 床板や絨毯を傷つけてしまうのだ。

 クラウリー邸でもそうだが、特にモア家の館は最良木材が使用され高級絨毯が敷いてあるので被害が大きい。


 さらにもう一つ、致命的な欠陥があった。

 特に舗装された街中ではカツンカツンと耳障りな音が出てしまうのだ。

 もともと滑らない靴を作る目的は、襲撃者からの逃走だった。

 大きな音を立てながら走ったら逃げられるものも逃げられない。

 まぁ靴底に鉄製の鋲がいくつも埋めてあるのだから当たり前で、作る前に気づくべきだったことではある。

 

 そこで発想の転換をひねり出した。

 もともとの一般的な男性用革靴は柔らかな素材で靴底も薄いものだった。

 例えて言うなら厚手のハイソックスを履いている感じだ。

 まるでサッカーストッキングだなと思った時、閃いた。


 この革靴の上にサッカーシューズを履けば良いんだ!


 またドクターの伝手に依頼して速攻で作ってもらうことにした。

 それが昨日の内にクラウリー邸に届いていた。

 そして今、その履き心地、使い心地を堪能していたわけだ。


「このグリップがあれば、森の中や山の斜面もいけそうだ」

 そろそろクラウリー邸の庭から卒業したいと思っていた俺には最高の贈り物だな。早速、午後からでもルディと一緒に行ってみよう。そんなちょっとした冒険に夢を膨らませながら良い匂いが漂ってきた食堂へ向かった。




「後ろ!マルマーロです!避けて下さい!」


 ベルディーンの市壁から北へ1km程にあるクラウリー邸からさらに北へ徒歩5分。そこにある森の入り口からルディと共に木々の中へ侵入していった。

 そしてポッカリと樹木が消えた天然の広場で休憩していた時、周囲を見回るため少し離れていたアマゾネス嫁から警告が飛んだ。

 即座に後ろに振り返って迫り来る危険を目視すると、異様な光景に驚かされた。

 

 な、何だアレ、ボール状の生物が転がりながら向かって来る!?

 その懐かしいモノに似た物体を注視していると、ビリ、ビリリ、ビリビリビリと電撃を浴びたようなショックが身体を駆け抜けていく。

 あ、来た、ついに来た・・・前世の力が戻った、この身体にまた宿った・・・


 俺は俯瞰視バードアイの能力を発動させた。


 上空にもう一つの目があるかのように自分とルディと迫って来る生物が見える。

 このままだと2秒後に衝突するのが分かった。

 しかし俺は、アマゾネス嫁の言う通りに避けることはしなかった。


 無意識に身体が動いてトラップしたのだ。


 マルマーロと呼ばれた生物は俺の右足のインサイドでピタッと止められた。

 そして何故かそのままピクリとも動かない。

 しかし、見れば見るほどサッカーボールのような大きさと丸さだ。

 そのせいでウズウズが止まらない俺は、ついやってしまった。

 

 魔獣リフティングだ。


 両足両膝と頭を使ってポンポンとマルマーロを空中遊泳させる。

 体質がゴム毬っぽくて痛くない。それにこの魔獣も何だか喜んでるみたいだ。

 俺も久しぶりの感覚に喜んでいた。心も体も。

 もちろん嬉しいのはボールを蹴るような感触だけじゃない。

 俯瞰視によって広場フィールド全体が上から見える感覚に酔いしれていた。

 その能力によって後ろから近付いてきたルディも見えている。


「何をやっているんですか・・・」


 心配したのに貴方という人はとアイコンタクトされてしまった。

 でもやめられないとまらない。

「これもトレーニングなんだよ」

 許しておくれと目で謝りながらマルマーロと遊び続ける。


「上手いものですね。確かに熟練の技が感じられます」

 アマゾネス嫁は呆れ顔を感心した表情に変えて評価してくれた。

 ふふふ、そうだろう。そうだろう。

 何せ俺はプロだったからな。これで飯を食ってたんだから。


 あっ、調子に乗ったらミスして魔獣を落としちゃったよ。

 それで逃げるか襲って来るかと思ったら悲しそうにクォーンと鳴いた。

 なんかこれなつかれてる?


「ルディ、このマルマーロってどんな魔獣なんだ?」


「森に棲む雑食性の魔獣です。鋭い爪と甲羅のように硬くなる外皮が特徴で緊急事態になると先程の様に身体を丸めて攻撃・防御を行います」

どうやら、アルマジロみたいな生き物だな。

「温厚な性格でいきなり人間を襲うことはまずないので油断してしまいました」

「襲ってきたんじゃなくて単に寂しかったのかな」

「周りに親の姿が見えないので迷子かもしれませんね」

「え、こいつまだ子供なんだ?」

「はい、成体になると私ぐらいの大きさになりますよ」

「そんなに!」

「その内の4分の1ぐらいはシッポですけどね」

 なるほど。全長2mで体長1.5mって感じか。


「こいつどうしようか?」

 マルマーロはずっと俺の足元でじゃれている。

「可哀そうですが置いていくしかないでしょう」

「そうだな。それが自然界の掟か」

 一生面倒をみる覚悟がないのなら情けはかけるべきじゃない。

 さあ、俺は俺のやるべきことやらないと。


 国士無双の女戦士を先頭にして俺たちはまた森に分け入っていった。

 異世界の森ということで、ゴブリンとかあわよくばドワーフに遭遇するんじゃないかと期待したが、全くそんことなくて拍子抜けだった。小鳥が飛んでるぐらいで動物自体をほとんど見かけない。


「ルディ、せめてゴブリンぐらいは出てこないものかな?」

「この辺にゴブリンやオークといった好戦的な魔獣はまずいませんよ」

「えっ、そうなのか?」

「はい、海が近くて潮風が強いですからね。奴らは潮の臭いが嫌いなんです」

「へぇ、まあだからドクターの家は森の近くでも平気なわけか」

「そうです。そして彼らも比較的安全に繁殖できているわけです」


 小声になったルディが目線で示した先には鹿の群れがいた。

「私が裏に回り込みます。合図をしたら音を立てて脅かして下さい」

 狩るつもりだと察した俺は目で了解と伝えた。

 ルディは一つ頷くとあっという間に移動を終えて片手を挙げる。

 俺が大声を出すと鹿の数頭がルディの潜む木の方へ走った。

 

 すると木が唸るような回し蹴りを放った!


 ように見えた。もちろんルディの脚だ。

 木から足が生えたかのように錯覚させられる程の早業だった。

 後頭部に恐ろしいまでの衝撃を受けた鹿はその場で卒倒。

 ルディは鞄から縄を取り出し慣れた手つきで鹿を木の枝に逆さ吊りにする。

 そしてナイフで首を切るとドッと血が流れた。

 これは、血抜きってやつか。

 話で聞いたことはあったが実際に見るとエグイな。

 死にゆく鹿と目が合った気がした俺は、ただ両手を合わせて冥福を祈った。


「少し歩いた場所に小川がありますから移動しましょう」

 ルディはそう言うと鹿の後ろ脚を縛った縄を引きずって進み始めた。

 10分としない内にサラサラと水の流れる音が聞こえてくる。

 森を2つに裂く小川にアマゾネス嫁は内臓を抜いた鹿を沈めた。

 そして自らも川に入り身を清め始める。

 その姿を草花の絨毯に座って眺めているとついムラムラしてしまった。


 今日はまだルディと種付けしてないのだ。

 というのも、昨夜はキャシーがマックスと学寮に泊まったので、俺はモア家の館で初めて自分ロビンの部屋で夜を過ごした。

 ルディは俺の治癒師ということになっているからもちろん一緒だ。

 愛し合う若い男女がその状況でやることは一つしかない。


 声を押し殺してするエッチは最高に興奮した。


 両隣はアリスとアイリーンの姉妹の部屋だ。

 音で目を覚ますんじゃないかバレるんじゃないかというスリルが極上の油となって二人とも燃えに燃え上がった。

 俺はもとよりルディも絶対に癖になったと思う。

 次の機会が待ち遠しくて仕方ない。


 おっと、話が逸れたが、要は昨夜やったので今日は午後の種付けをせずに森に来ている。そして中身は中年だが身体は少年のロビンは性欲が溢れていた。そこに軽装で水浴びしているムチムチの肢体を見せられたら溜まらんという話だ。

 俺は裸になって川に飛び込むと嫁に迫り緑の芝生の上でゴールを決めた。



 さて、お互いスッキリしたし、美味しそうな荷物もできたので今日はもう森から撤収することにした。

 鞄は俺が肩にかけ、ルディが鹿を肩に担いでまた森へ入って行く。

 ルディは大荷物を背負っているので俺は細心の注意を払いながら森を歩いた。

 オークやゴブリンはいなくても他の危険な魔獣が潜んでいるかもしれんのだ。


 俯瞰視バードアイの能力はここでは使えない。

 樹木で上空が塞がっているからな。

 ちなみに、同じ理由で屋内でも使えない。

 やっぱり俺の能力はサッカーフィールドが似合うんだと自分を慰める。


 お約束の波乱は無く、そのまま無事に森を抜けた。

 クラウリー邸へ向かっている途中にふと確認したくなって俯瞰視を発動させる。

 うむ、やはり使える。まぐれじゃなかった。

 この能力がこっちでも普通に使えれば、生存率がまた上がるぞお。

 今後の人生のカギを握る上空からの光景に浸っていると、その視界に50mほど後ろを付いてくる生物が映った。


 あっ、アイツだ!


 その正体を悟った瞬間に振り返り肉眼で確認した。

 やっぱり迷子のマルマーロだ。

 何でアイツがここにいる?

 まさかこのまま家まで付いてくる気か?


 そのまさかだった・・・

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