第34話 レガリア 六つの宝具

「レガリアって何だ?」


 学寮長選挙マックス大勝利から一夜明けた11月20日の火曜日。

 朝食後、モア家の館からクラウリー邸に帰った俺は、挨拶もそこそこにドクターへ詰め寄った。


「おいおい、いきなりなんじゃ」

「エレノア軍がベルディーンに来るのはレガリアの為かもしれないってさ」

「はぁ? 何で女帝軍がここへやって来るんじゃ!?」

 あ、しまった。

 ドクターはまだマックスの野望と事情を知らんのだった。

 ふむ、まあ大丈夫だろ。この爺さんには全て話しても。

 というか、むしろ全部知ってもらったうえで助言を請うべきだ。

 のほほんとしてるが、頭が良くて知識が豊富なのは間違いないからな。


「ドクター、この事は誰にも漏らさないでくれよ・・・」

 そう前置きしてから、俺は学長選の裏側を包み隠さずに伝えた。



「あのマックスが女帝側に付いとったとは驚いたのお」

 話を聞き終えたドクターはソファーにドシっと背を持たれかけて天を仰いだ。

 応接間でテーブルを挟んで座る俺は、語り疲れて乾いた口をルディの淹れてくれた紅茶で潤しながら、初老の博士が考えをまとめるのじっと待っている。


「はぁ、女帝の軍船がここにやって来るんかぁ」

 3分ほど天井を見上げて思索にふけっていたドクターが唸るように呟いた。


「そういうことだ。ブリジットはその目的をレガリアだと予想していた」

 

「さすがにそれは有り得んわい」

 ありゃ、ビックリ顔で否定されたぞ。

「いや、そもそも俺はレガリアが何かも知らない。教えてくれ」

 クラウリーはまたそこからかとゲンナリして、お前が説明してやればいいのにとルディを見る。

「申し訳ありません。私は王侯貴族のことには疎いもので」

 アマゾネス嫁が知らんかったからお前に訊いてるんじゃないか。察しろ。


「レガリアは、王権を象徴をする宝具のことじゃよ」

 なるほど。王権の象徴ときたか。

 日本の三種の神器みたいなものだろうな。

 

「セクスランドにはそのレガリアが六つある」

 また6か。本当にその数が好きだよなぁこの世界は。


「宝剣アロンダイト、聖アルフレドの王冠、黄金の玉座、幻視の宝珠、叡智の王笏、剣王の聖杯、この六つじゃ」


「お、おう・・・何か漠然とカッコイイな。正直ちょっと燃えてきたぞ」

「水を差すようで悪いが、このうち現存しとるのは三つだけじゃ」

「それはガッカリだな。しかし、そんな大事な物がなんでなくるんだよ?」

「大事な物じゃからこそ、これまでに奪われたり隠されたりしてきたんじゃろ」

 まぁ確かに、日本の三種の神器もいろいろあったしな。


「で、現存する三つの宝具は今どうなってるんだ?」


「宝剣アロンダイトは死んだ前王からユースタス王が奪っとる。聖アルフレドの王冠はエレノアがバローロに嫁ぐときに持たされた筈じゃ。黄金の玉座は王宮に据え付けられとるからもちろんユースタスが握っとる」


「つまり、宝具争奪戦は2対1でユースタスが勝ってるわけだ」

「そういうことじゃな」

「となると、そのユースタスから王位奪還を目指すエレノアにすれば、失われた三つの宝具は喉から手が出るほど欲しい玉座への近道ということか」

「ああ、レガリアを多く持つものが正統な王という考えは根強いからの」


「一つでもゲットして2対2の同点にすれば、国王派の諸侯から女帝派になびく者も出るかもしれないな」


「十分あり得るじゃろ。レガリアは国民に信仰されるだけの伝統と力を持っとるでな」

「伝統はともかく、力というと何か魔訶不思議な能力でもあるのか?」

 宝剣とか幻視とか叡智とか聖杯とか、いかにもファンタジーだものな。


「まぁどれも眉唾もんじゃが、それぞれに伝説が残っとる」

「ほぅ、ぜひ聞きたいもんだ」

「聞かせてやるのはええが、荒唐無稽な話でも文句は言うんじゃないぞ」

「伝説なんて都合のいい作り話だってことは分かってるさ」

 それを聞いて安心したのか、物知り爺さんは饒舌に語り始めた。

 

「まずは宝剣アロンダイトじゃが、ドワーフが鍛えた逸品と言われとる。なんと幻の金属ミスリルが惜しげもなく剣全体に使われとるんで一振りで大きな岩が真っ二つになるそうじゃ」


「ちょっと待て。本当なのか・・・この世界にはドワーフがっ?」

「そっちかい! 驚くのはミスリルで岩砕きの方じゃろう普通は」

「まあそう言うな。異世界人の俺にはドワーフの存在だけでも衝撃なんだよ」

「ドワーフは存在しとるよ。滅多に姿を見せることはないがの」

 その辺をもっと詳しく聞きたいが今は緊急事態だ。また別の機会にしよう。

「話の腰を折ってスマン。本題を続けてくれ」


「聖アルフレドの王冠は、その名の通り殉教して聖人となったアルフレドの魂が宿っとるとされる王冠じゃ。聖アルフレドは天界の声を聴くことができたと言われとる。故にこの王冠を頭に載せた者には恐れ多くも主の御心を知るという福音が与えられるんじゃよ」


「お、おう・・・こっちはこっちで凄い話になってるな。だが、もしその話が事実だったとしたら、その王冠を持ってるエレノアが天の声を聴いて、父親が身を滅ぼした帝国設立に邁進まいしんしてたりするのかもな」


「ぷふっ、そんなわけないじゃろお」

 いや、俺だってそう思ってるよ!

 爺さんが楽しそうに語ってるから話に乗ってやっただけじゃないか。

 それに、穿うがった見方をすればこんな状況だってありえるよな。


「いくら王女とはいえ、10歳にもならない女の子が王位奪還に執念を燃やし続けているのは少し変だ。怪しい薬でも盛られて朦朧もうろうとしている時にささやかかれて天の声を聴いたと誤解させられてるのかもしれないぞ」

 ジャンヌ・ダルクも似たようなもんじゃなかったのか。

 エレノアも最後には火炙りなんてことにならないといいがな。

「なるほどのお。それはあるかもしれんわい」

「ああ、そういう陰謀があるかもしれないということは頭に入れておこう。じゃあ次を頼む」


「黄金の玉座は、千年以上前のコクラン王の遺産じゃ。その頃は国が貧困に喘いでおっての、コクラン王は毎日王宮の礼拝堂で神に祈っておった。すると主の御使いが現れて望みを訊かれた。王は触れるもの全てが黄金に変わるよう望んだんじゃ」

 ミダス・タッチ!?


「まぁその結果はお前さんも想像がつくじゃろ。玉座どころか食べ物や娘まで黄金に変わってしもうてほとほと困り果てた王は御使いに元に戻してくれと泣きついた」

 そうそう。たしかその後は、川に入って身を清めたんだよな。 

 

「御使いは山へ登り洞窟の奥で祈れと仰った」

 山の洞窟!? 話が変わってきたな・・・


「王が洞窟で両手をつき祈ること六日。ついにその能力は全て王から山へと移った。だからこの国の何処かには黄金が眠る金山があると言われとるんじゃよ」

 伝説の金山か。もし実在するなら探してみたいもんだ。

 遺跡を探しているブリジットなら何か知ってるかもしれん。


「王が許された時、食べ物や娘も元に戻ったんじゃが、なぜか玉座だけは黄金のままで今に至ったという話じゃな」

「玉座はともかく、金山には興味がある。まだ見つかってないんだよな?」

「一攫千金を狙って王侯貴族から末端の冒険者まで探し求める者が後を絶たんかったが、誰も発見できはせんかったよ。ま、ただの伝説なんじゃから当たり前じゃの」

 うーん、徳川埋蔵金みたいなもんか。

 仕方ない諦めよう。今はな・・・


「真偽はともかく面白い話だったよ。残りの三つの話も頼む」


「残りの宝珠・王笏・聖杯の三つは、実在すら疑われとる宝具でな。まともな記録もないもんでどんな姿形をしとるのかも分かっとらんわい」

「なんだそりゃ」

「最悪の場合、国の権威付けの為に三つ水増しして至高の数である六つにしたのかもしれんのお。その手の数合わせは昔からよくあることじゃからな」

「そうか・・・だが一応、残りの宝具の伝説も教えてくれないか」


「ふむ、幻視の宝珠は人に幻を見せる力があるという話じゃ。幻の大軍勢を敵に見せて他国からの侵略を防いだという逸話が残っとる」

 これはさすがにないな。

 伏兵に驚いて敵が逃げ出したのを大袈裟な伝説にした感じだ。


「叡智の王笏は持つ者に知恵を授ける力があるそうじゃ。この王笏を握った騎士王があぶみを思いついて騎士団に普及させ国土を広げた逸話は有名じゃの」

 これもソロモン王みたいで微妙すぎるな。

 たぶん、王笏に触れた時に静電気がピリッときた衝撃で思いついたのをそれっぽい伝説に仕立てただけだろう。


「剣王の聖杯は持ち主の身体を癒す力があるらしい。聖杯に湧き上がる聖水のお陰で大酒飲みのアルチュール王はいくら酔っても平気じゃったそうじゃ」

 アルチュウル王かよ!

 もっとマシな逸話はなかったのか。なんで漫才のオチみたいになってるんだよ。

 伝説を考えてた奴が疲れてやっつけ仕事をしたのかもな。


「失われた宝具の話はこれで終わりじゃ」

「ああ、これで意味が分かったよ」

「ほ、なんのことじゃ?」


「ドクターが言ったことさ。エレノア軍がベルディーンに来る目的がレガリアだというブリジットの話に、それはないと否定してたじゃないか」


「おお、そうじゃった。そもそも実在すら疑われとるレガリアを求めて軍船で乗り込むなんぞ愚の骨頂じゃろ。勝てる戦も勝てんようになるわい」


「その通りだな。大事な軍船とそれに乗員する軍人は、もっとセクスランド侵攻の重要拠点に向けるべきだ。ここベルディーンは王都から遠いらしいからな」

「バローロからじゃと王都はまさに逆方向じゃよ」

「しかし、レガリアが目的じゃないとしたら何をしに来るんだろう?」

「さあのお。女帝派の港で上陸するのでもなく、国王派の港を攻めるのでもなく、わざわざ中立派を刺激するような真似をしても損するだけじゃろうに。サッパリ分からんわい」


「この街に内戦の強い味方になる軍師とか将軍とか革命家がいたりしないか?」

 ヤンウェンリーとか関羽とかレーニンみたいな。

「そんな影響力のある人物などおりゃせんよ。まぁ無理やり強いて挙げるとするなら、お前さんの嫁ぐらいじゃろ」

 ドクターはルディを見てニンマリと笑う。

「あっ! 確かにアマゾネスなら相当の戦力になるよな・・・」

 どうして気づかなかったんだ。

 仮にルディが他のアマゾネスを100人ぐらい連れてこれるとしたら、女帝軍の秘密兵器と呼べるぐらいの戦力になるじゃないか。


「アマゾネスが人間同士の争いに介入することはありませんから」


 俺が心配そうな顔を隣に座っているルディに向けると、一騎当千の嫁は困ったような顔をしながら俺の不安をやんわりと払拭してくれた。

 ほっ、とりあえず一安心だ。

 

「じゃあ、もの凄い兵器とか10年戦える財宝とかはないか?」

「そんな都合のいい兵器は無いわい。それに財宝なら王都に近いレクスターの港を奪った方がよっぽどベルディーンより儲かるわい」


「あとはそうだな・・・心霊スポットはどうだ?」

「無いわい。それがどんなもんか知らんがな」

 そんな呆れた顔をするなよ。俺だって一杯一杯なんだ。


 むーん、となると本当にエレノア軍は何しにココへやって来るんだ?

 くそぅ、何か負けた気がするんで考えたくないんだが、やはりそうなのか・・・

 ブリジットの予想が当たってるんだろうか。


「失われた宝具の一つが本当にココにあるんじゃないか?」


「はっ、そんなもんが本当にあったらとっくの昔に噂になっとるわい」

「いやだから、人知れず隠されて眠っているかもしれないじゃないか」

 両手を合わせて拝むポーズをしながら考えてみてくれとドクターに目で訴えた。

 初老の物知り博士はしばらく腕を組んで沈黙してからボソッと答える。


「それでも万が一あるとしたらベルディーン大学じゃろうな」


「ベルディーン大学ってことは・・・」

「大学一の伝統と歴史があるグレースピア・カレッジが一番可能性が高いわい」


 先日マックスが学寮長になったばかりのグレースピア・カレッジ。

 その学長選でマックスに協力したハースト教授は女帝派の工作員だ。

 あれ、これって繋がっちゃったんじゃないか?

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