第33話 もう一つの真実

「今回の選挙戦の黒幕はキミだよね」


 新学寮長に選ばれたマックスを祝うパーティーが終わり、学寮に泊まるマックスとキャシーを残してモア家の館にルディと戻ってきた俺は、深夜にも関わらずとある女性の部屋を訪れていた。

  

「どうして分かったの?」

 黒髪の美女は何でもない事のようにアッサリと認めた。

 そして瞳にこれまでと違った色をたたえて問いかけてくる。

 まるで研究対象を見つめるかのような熱くて冷たい視線だ。


「だって、2週間前にまるでこうなる事が分かってたみたいにマックスの楽勝だと言ってたのはキミじゃないか、ブリジット」


「それだけでは、根拠が薄いわよ」

 

「ドクターに確認したけど、昨日とその前の日曜日もミサに行ってないんだね」

「そうね。私は信心深い方ではないから」

「僕は昨日、港でハーストさんを見かけたよ。先週の日曜日にはパパも見た」

「それで?」

「パパとハーストさんが共闘していると分かった時、てっきりこの二人が港で密会していたんだと思った。でも違った。昨日のその時間、パパはママたちとミサに出ていたし、先週はハーストさんがミサに来ていた」

 これでもう僕の言いたいことは分かるでしょとアイコンタクトしてみた。


「そうよ。私が二人の間を橋渡ししてたわ」

「やっぱりそうか。冷静に考えれば、切れ者で用心深いパパがこの時期に大学の外でハーストさんと直接会うわけがないもんね」

「その点は正解よ。でもね、私はただの連絡係。黒幕とは言えないわ」


「ハーストさんと手を組んで学長選に出馬するよう提案したのはキミだという確認は取ったよ。パパから直接ね」

「・・・・・・」

「今回の選挙はもともとハロルドさんが大本命だった。勝てない勝負は最初からしなさそうなタイプのパパが立候補したこともちょっと不思議だったんだ」


「そう、あの伯父が素直に白状したの・・・貴方よほど信頼されたのね」

 ちょっと寂しそうな複雑な表情をして美貌の家庭教師はつぶやく。

 そして、いつもの無表情に戻ると不愛想に訊いてきた。

「それで?」

「えっ?」

 何を訊かれてるのか素で分からないんだが。


「だから、私が黒幕だと知って貴方はどうしたいの?何をしに来たの?」

 そういうことなら最初からそう言ってくれよ。

 頭の良い奴らは直ぐに省略するから手に負えん。

 

「黒幕のブリジットに教えて欲しいことがあるんだよ」

「あら、どんな事かしら」

「もちろん、その目的だよ」

 どうしてこんな危険なことをしでかしたんだ。

 賢いお前にはハーストの目論見もくろみもすべて承知だったろうに。

 そんな思いを乗せた視線をブリジットに突き刺した。


「・・・壁を越えたい、壊したいのよ」


「はいぃ?」

 ちょっと言ってることが分からないんだが。 

 壁を越えるとか壊すとか、異世界ポエムなら余所よそでやってくれ。


「はぁ、一から話さないとダメなのね」

 そうだよ。頭の悪い俺の為に端折はしょらずに一から十まで頼むわ。


「まぁいいわ。選挙戦の裏を見事にあばいたご褒美にちゃんと説明してあげる」

「ありがとう」

「セクスランドとルノゼリアの国境にはソドリアロスの壁があるわ」

 なるほど、ベルリンの壁や万里の長城みたいなものか。


「ルノゼリアは緑の王国なの。未探索の山や森が手つかずで広がっているのよ。そこには誰も知らない遺跡が眠り誰も見たことがない魔獣が生息している筈だわ」

 ああ、そういえばブリジットは遺跡と魔獣の研究をしてるってアリスが言ってたな。

 

「私はそれをこの手で発見したい。研究したい。それだけよ」


「目的は分かったけど、それと学長選がどう関係してるの?」

「ルノゼリアとは国交があるけど、前王のせいで入出国が難しくなったわ。エレノアが帝国設立を目指して侵略してくると噂になっている今はさらに厳しくなっているわね」

 うーん、つまりどういうことなんだ?


「まだ分からないの? 要は国境なんて壁なんて無くなってしまえばいいのよ」

「え、じゃあ、まさか・・・」

 

「そうよ。私はもういっそエレノアにこの島を統一して欲しいの」


「そんな・・・戦争になるんだよ!?」


「仕方ないわ。私たちが何をしたところで、エレノアのバローロ軍が攻めて来ることは変わらないし、変えられない。だったらエレノアに協力して少しでも早く内戦に決着をつけるべきでしょ」

 やはりそうなのか。王位を巡る骨肉の争いはもう止められないのか。


「エレノアが勝てばセクスランドとバローロが一つの強大な帝国になるわ。ルノゼリアとダンケルトは戦うことなく降伏するでしょうね」

 そうなれば大手を振ってルノゼリアを探索できるわけか。

 だけどな・・・


「本当にそんなに上手くいくの?」


「国力を考慮すれば高確率でそうなるわ」

「うーん、その国力差がどんな感じか教えてくれる?」

「ニルトゥピア全島を10としたら、セクスランド5、ダンケルト3、ルノゼリア2といったところかしら。大陸のバローロは3ぐらいでしょうね」 

「そうなると、確かにエレノアがユースタスに勝ちさえすればニルトゥピア統一もいけそう・・・かなぁ」


「ダンケルトとルノゼリアは昔から小競り合いを繰り返している犬猿の仲だから、容易に各個攻略できるわ」

 それはどうだろうな。

 不倶戴天の敵だった薩長が討幕の為に手を結んだ故事もあるぞ。

 セクスランドがバローロと統合して帝国になり実際に共通の巨大な敵となった時、この二国がどう転ぶかは分からない・・・

 ふぅ、まぁ今はブリジットの動機が分かっただけで良しとしよう。


「ありがとう。ブリジットの願望は理解できたよ」

「そう、理解してくれて嬉しいわ」

 ハハハ、まったく感情のこもってない声でそう言われてもなぁ。


「最後にもう一つだけ訊きたいことがあるんだ」

「何かしら」

 

「なぜベルディーンなんだろう?」

 ずいぶん乱暴な問いかけだったが頭の良い従姉は即答してきた。


「さあね。ココには女帝かその軍隊にとって何か必要なものでもあるんじゃないかしら。それが人か物か場所か他の何かなのか分からないけどね」


「ブリジットはどう思ってるの?」


「レガリア」

 

 聡明な学者は黒真珠のような瞳をギラリと光らせて静かにそう言い放った。

 愚昧な俺にはその言葉の意味が分からない。

 素直に訊こうとしたら、先に試合終了を告げられてしまった。


「もう遅いから寝るわ。明日、クラウリー博士にでもお聞きなさい」

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