第32話 父親マクシミリアン・モアの真実

「さっき港でハーストを見かけたぞ」


 ルディと港から歩いて帰ってきた俺は、モア家の館から馬車で帰ってきたドクターに昼食の席で驚きの発見を報告した。

 

「ほんまか。選挙前日の日曜に何をやっとったんかのお?」


「ミサにも行かずに日曜でも人だかりのできる野卑な港地区にいたんだ。まず間違いなく密会だろ」

「つまり、有権者と最後の裏取引をしとったわけか・・・」

「その可能性が高い。あとは、男と不倫でもしてたか密輸でもやってたかだな」

「おいおいおいい、いずれにしろろくでもない女じゃのう」

「まったくだ。そんな訳でもう少し詳しくハーストについて教えてくれ」

 

「えーとじゃな、サンドラ・ハースト教授、34歳、未婚、恋人なし、」

 鞄から取り出した手帳を見ながらドクターが話し始める。


「確たる支持層も無しに立候補、ハロルドと中傷合戦、女帝派と誹謗ひぼうされる」


「ちょっと待った。その女帝だが、そもそも今どこで何をしてるんだ?」

 ドクターはそこからかいと渋い顔をしたが観念して説明を始めてくれた。


「前王の娘、エレノア王女は6歳の時に内海を挟んだ隣国のバローロ王国に嫁いでいったんじゃが、2年ほど前に前王が死んだ時、帰国して女帝になる筈が王弟のユースタスに王位を奪われてしもうた。今はバローロ王国で玉座奪還を画策しながら雌伏状態じゃな」


「スマン、細かいことで悪いんだが、ここはセクスランド王国だったよな。どうして女王ではなく女帝になるんだ?」


「前王はバローロ王国と密約をしとったらしい。セクスランドとバローロを統合して一つの帝国にするとな。国力の差を考慮すればセクスランド帝国と称することになったじゃろう」


「それはまた壮大な計画だな。きっと反対する者も多かっただろ?」

「まあの、前王は統合反対派に暗殺されたという噂も根強いわい」

「それで今も諸侯が国王派と女帝派に分かれて仲違なかたがいしてる訳だ」

「仲違いどころか、実際に小規模ながら武力衝突も起っとるぞ」


「は? つまり、この国は今・・・内戦状態ってことか?」


「内戦というと大袈裟じゃが、その一歩手前なのは間違いないわい」

「ベルディーンは平和そのものだから全くピンと来ないな」

「ここらの地域を領有するサイルース伯は穏健おんけんな中立派じゃからな。両派閥から距離を置いて争わない姿勢をずっと示しとる。ベルディーン市長であるサイルース伯の長男ドナルド・クリスフォードも同様じゃ」

「それは不幸中の幸いだな。本当にありがたい」

 ただでさえ俺は誰かに命を狙われてるんだ。

 そのうえ内戦の軍隊まで押し寄せてきたら命がいくらあっても足らんわ。

 ふぅ、この国がそうゆう状態なら、いくつか確認しておく必要があるな。


「話を戻すが、ハーストが女帝派、というのは事実かな?」


「単なる誹謗中傷じゃと思うぞ。まぁ選挙戦のやり手ぶりを見ると否定しきれんがのお」

「ハロルドが国王派だというのは?」

「こっちはハーストより信憑性が高いわい」

「本当にハーストが女帝派でハロルドが国王派だったら、わざわざ最弱候補だったハーストにハロルドが選挙妨害を先にしかけたのも納得できる」

「おおおぅ、確かにそうじゃな」


「我らがマックスは政治に関与せずで中立派なんだよな?」


「もちろんじゃ。サイルース伯の息子でベルディーン市長のドナルドの相談役なんじゃから当然じゃろう」

 そうだ。マックスは市長と繋がりがあるんだった。

 切れ者のマックスがそんな強力なコネをふいにする筈がないか。


「国王派と女帝派だが、諸侯の勢力図はどうなってる?」


「ユースタス王が即位した時は、半々じゃったが、今は6対4ぐらいになっとるの。やはり実権を握っとる国王側が有利なのは否めんわい」


「そうか。それならどうして国王は女帝派を一気に粛清しゅくせいしないんだ?」


「そんなことしたら女帝派は一斉に他国へ寝返るわい!」


「ああ、そうなるのか・・・ちなみに他国というのは?」

 ドクターは渋い顔をしてまたそこからかぁと額に手を当てている。

 気持ちは分かるが頼むよ爺さんとアイコンタクトしておいた。


「ソーマ大陸の北西にあるここ大ニルトゥピア島には3つの王国がある」

 ふむ、その一つは俺たちのいるセクスランド王国だな。


「セクスランドとその北にあるルノゼリア、北西にあるダンケルトじゃ」

 ふむ、知らん。

 ルディとの勉強会はこの国の一般常識でまだ手一杯だから仕方ないんだ。


「ルノゼリアとダンケルトとは100年近く友好的にやっとったんじゃが、前王がバローロと統合して帝国にするという話が流れてから緊張関係になってしもうた」


「それって・・・もしかして前王はバローロと一緒になってこの島を統一しようとしてたってことか?」


「真相は藪の中じゃが、恐らくそのつもりだったじゃろうなあ」

「当然、ルノゼリアとダンケルトは警戒するよな」

「前王が死ぬまでは軍備拡張を急いどったわい」

「となると、前王の急死はその両国の仕業の可能性もあるな」

「そういうことじゃ」


「ふーむ、現国王のユースタスは女帝派の諸侯に強硬策をとるとルノゼリアかダンケルトに鞍替えされてしまうわけだ」

「偽王に滅ぼされるぐらいなら他国に走るじゃろうな」

「じゃあユースタスは武力じゃなくて経済力や婚姻政策あたりで女帝派を切り崩していってるところか?」

「その通りじゃよ。時間はかかるがそれが最良の方法じゃろう」


 同感だ。戦争なんて冗談じゃない。

 それも内戦だけじゃなくて他国との侵略戦争もあるとかシャレにならん。

 国王でも女帝でも構わないから、とっとと平和的に決着をつけてくれ。


「・・・戦争は起きそうかな?」


「今はまだ大丈夫じゃろ。じゃが、3年後が危ないと言われとる」


「3年後に何かあるのか?」


「エレノアが12歳の新成人になる。正式に戴冠できる年齢じゃ」


「はいぃ? 自称女帝ってまだ9歳だったのか!」

「そうじゃよ」

 そうじゃよって、つまり2年ほど前に前王が死んだ時は7歳だったんだろ。

 そりゃユースタスだって王位簒奪おういさんだつしたくなるわ。

 7歳の子供に国を任せられるわけないからな。

 まぁ、今それを突っ込んでも始まらん。先の事を考えよう。


「3年後にエレノアがバローロの軍を率いてセクスランドに攻め込むと?」


「そういう噂じゃ」

「マジかぁ。エレノア軍はまず何処にやって来るかな?」

 ここベルディーンだけは勘弁してくれ。


「名高いバローロ艦隊で内海を越えてニルトゥピア島東岸の女帝派の港から上陸するじゃろうな。大陸とは逆側になるこっちの西岸には来んじゃろ。ユースタスのいる王都にも遠いしの」

 よっしゃー!

 とりあえず、内戦が始まっても時間的な余裕が少しあるわけだ。

 その間に安全圏へ避難するなりできるだろう。

 それにベルディーンは中立派の街だから最後まで戦禍を免れるかもしれん。

 

 ただ、こういう状況なら国王派も女帝派も中立派を味方につけたいだろうな・・・


 いや、既に抱き込み工作が始まってると見るべきだ。

 学寮長候補のハロルドとハーストもその手先だと考えておいた方がいい。


 あっ、となると、ハーストが港で会っていたのは、有権者じゃなくて女帝派の工作員だったかもしれないな。


 港で思い出したが、俺はハーストだけじゃなく、先週マックスも港で見かけた気がしていた。

 もしあれが本人だったとしたら、マックスは日曜日に不振な動きをしているハーストを尾行して見張っていたのかもしれない。


 はぁ、話がちょっと複雑になってきたな。

 俺はルディの淹れてくれた食後の紅茶をズズッとすすって飲み込み体内に糖分を補給すると、目をつむって思考のジャングルへ分け入っていく。


 まず情報を最初から整理して順序だててから推理するか・・・

 セクスランドの国内は国王派と女帝派に分かれて内戦一歩手前・・・

 港湾都市ベルディーンを含むこの地域の領主であるサイルース伯は中立派・・・

 その息子でベルディーン市長のドナルドも同じく中立派・・・

 市長ドナルドの相談役である切れ者の父マックスも当然中立派・・・

 グレースピアカレッジの学寮長選挙に出馬したハロルド、マックス、ハースト、その3人の支持率は14対13対9でハロルドが一歩リード・・・

 ハロルドは国王派でハーストは女帝派かもしれない・・・

 ハーストは港で誰かと密会しているようだ・・・

 住宅不足対策はハロルドが森の開拓でマックスとハーストは市壁拡張を支持・・・なぜマックスは選挙に不利な市壁拡張を支持したのか・・・

 ユースタス王は幼いエレノア王女から王位を簒奪した・・・

 その自称女帝エレノアが3年後に攻め込んでくる・・・隣国の海軍を率いて・・・

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・


 あ、あああ、あああああああああああああ!!!


「分かったぞ・・・」


 これならマックスの言動にすべて合点が行く。筋が通る。

 恐らく、ハーストの言動にも。


「おいどうしたんじゃ。何が分かったんじゃ?」


「・・・明日の選挙結果だ」


 今はこれしか言えない。

 俺の推測が完全に当たっていればヤバイことになりそうだからな。

 

「はぁ? 何でそんなことが分かるんじゃ?」

「それはともかく、学寮長選挙の結果は恐らく圧勝で終わる」

「いや、じゃから何でそうなるんじゃ?」

 それはな、ハーストがとんだ食わせ者だからだよ。

 俺はクラウリーの疑問を目で抑えつけて最後のピースを問い質した。

 

「ドクター、一つ確認したいことがある・・・」




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「こんな結果、信じられないわ! 私は認めないわよ!」

 

 11月19日の月曜日の夕刻。

 グレースピアカレッジの大ホールでは新学寮長を祝うパーティーが行われており、その席で新たに学寮長となったマックスに敗れたハーストが噛みついていた。

 

 選挙は俺の予想通りマックスの圧勝だった。


 直前の下馬評では14対13対9でハロルド有利の接戦だったが、蓋を開けてみれば、21対12対3と大差をつけてマックスが当選した。

 土壇場でハーストの支持票の多くがマックスに流れたことで女教授は場所をわきまえずに不満を爆発させた。

 その気持ちは理解できるので会場の関係者も優しく彼女をなだめていたが、ハーストは最後には酷い悪態を吐いて祝宴から勝手に去っていった。


 もう一人の敗者ハロルドは、若い女教授とは真逆に切り替えの早い老練さを見せ、勝者マックスにすり寄っていた。

 森を開拓して住宅街を作る案もぜひ検討して欲しいとか何とか。

 当選パーティー中にもう交渉とはとマックスも苦笑しきりだ。


 俺はそんな悲喜ひきこもごもの様子を窓際に立ちじっと観察していた。

 そう、実は俺たち家族も祝宴に呼ばれていたのだ。

 ただ、出席しているのは妻のキャシーと息子の俺だけで、アイリーンとアリスとブリジットの3人はお留守番をしている。まだ念のため警戒は必要だというマックスの判断だった。本当は俺も留守番組だったがキャシーに懇願して付いてきた。


 もちろん、ルディは護衛として同伴している。

 そのアマゾネス嫁は今日も修道女姿のお陰で厄介な人間は寄ってこない。

 キャシーは夫に寄り添って如才なく淑女ぶりを発揮している。

 主役のマックスを輝かせて自分は陰になる立ち振る舞いが見事だった。



 すっかり夜になった頃、一通り出席者との歓談が終わったマックスは応対をキャシーにまかせて俺のところへやって来た。


「ロビン、よく来てくれた! どうだ、退屈してないか?」

「大丈夫だよ。だけど、ちょっと静かなところに行きたいかな」

「そうか。なら屋上に行ってみないか。夜景が本当に美しいんだ」

「いいね。直ぐに行こうよ」


 マックスは左手で俺の肩を抱いて右手で天井を指さしキャシーに屋上に行ってくると合図してから俺を大ホールから連れ出した。

 ルディはその3歩ほど後ろを黙ってついてくる。



「どうだ綺麗だろ?」

 屋上からの展望は想像以上に美しくて思わず感動してしまった。

 街並みの果てにある大きな港、その少し北にある砂浜、南には灯台の光が幻想的に揺れていた。

 それらの先にある静かに波打つ海とすべてを包む満天の夜空。


「本当に綺麗だね・・・」

 だが、その感動とは裏腹に語彙の少ない俺はマックスの言葉をおうむ返しにするしかなかった。

 

 俺とマックスは、しばらくの間、無言で夜景を見入った。

 ルディは少し離れた屋上の出入り口の前に立って控えている。

 この何とも言えない穏やかで安らかな雰囲気に、今日はもう何も問い質さずに帰ろうとかと思った瞬間、マックスの方から静寂を破ってきた。


「ロビン、何か私に言いたいこと、聞きたいことがあるんじゃないか」


「どうしてそう思うの?」


「私はキャシーだけを呼んだのにお前が強引に付いてきたからさ」

「あっさりお見通しかぁ、さすがパパだね」

「お世辞はいいから、何でも言ってごらん」


 ああ、マックスは賢くて優しくて頼れる本当に素晴らしい父親だ。

 でも、俺はそんな男をこれから詰問きつもんしないといけない。

 俺と俺が大事に思う人たちの為にマックスの真意を知らなくてはならない。

 だから、一番重要な点を簡潔に訊いた。

 


「ハーストさんと、どんな裏取引をしたの?」



 俺を温かく見つめていたマックスの両眼が驚愕に見開かれる。

 そして2秒ほど固まっていた。

 だが、その僅かな時間で頭脳明晰な父親は悟ったようだ。

 息子が今回の学長選の裏側を見抜いていると。


「すべてお見通しか。やるじゃないか、本当に感心したぞ」


「パパの子供だからね」


 それを聞いたマックスはハハハハハと男らしく笑った。

 そして息子ではなく一人の男を見る目で俺を見つめ問いかける。


「なぜ分かった?」


「ハーストさんの言動がちょっと怪しすぎたよね」

「フフ、それは言えてるな。さっきの茶番も演技過剰だった」

「そもそも全く勝ち目が無いのに立候補するのも変だったし、そんな泡沫ほうまつ候補に大本命のハロルドさんが先に選挙妨害をしかけたのはもっと変だった」

「ああ、裏に国王派と女帝派の因縁があったとしても少し不自然だったな」


「あれはハーストさんの自作自演だったんでしょ?」


「そうだ。女帝派だと中傷されたと主張して、ハロルドに中傷合戦を仕掛ける切っ掛けを作ったわけさ」


「二人が泥沼で戦ってお互いの評判を落とすことでパパが相対的に浮かび上がるという作戦だね。ハロルドさんが国王派なのは事実だったから見事にハマった」


「大学の人間は政治色を嫌うからな。これだけで当選確実になったんだが・・・」


「逆に大差が付き過ぎちゃったよね。そうなると自棄やけになったハロルドさんが極端な手に出るかもしれない。だから一部の有権者に都合の悪い市壁拡張の支持を表明したんでしょ?」


「・・・まあな」

 この時、ほんの一瞬だけマックスはおやっという表情を見せた。

 でも悪いね。その淡い期待は後でぶち砕かせてもらうよ。

 

「それを利用して接戦に見せかけたんだね」

「私の支持者がハロルドとハーストに流れたように見えただろうな」

「でも実際はガッチリと票を握っていたと」

「ま、そういうことだ」

 マックスは茶目っ気たっぷりにニヤリと笑った。

 ああ、その笑顔を失いたくない。

 でも、そろそろハッキリさせないとな。


「パパ、改めて訊くけど、ハーストさんが選挙戦で捨て駒になる代償として一体どんな条件を出されたの?」


「市長に対して市壁拡張案を強く勧めることだ」


 やっぱりそれかハースト・・・

 金でもなく、地位でもなく、ましてや愛の為でもない。

 マックスをこの先の陰謀に加担させるつもりなんだ。


「パパは、もちろんその意味が分かっているんだよね?」


「ロビン、そこまで気づいていたのか・・・」

 いつも堂々として覇気のあるマックスが初めて俺に辛そうな顔を見せた。

 それほどハーストの要求が持つ意味は深く重い。



「エレノア女帝軍が、バローロの軍船がここに来るんだね?」



「・・・そうだ」

 絞り出したような声でマックスは認めた。

 

「そしてパパは女帝に味方することに決めた。だから市壁拡張なんだ」

 マックスの表情がさらに暗くなっていく。


「エレノア軍を海から迎え入れれば、今度は陸から国王軍が攻めてくる。それを撃退するために市壁を二重にして防御力を上げるつもりなんでしょ?」

 国王派のハロルドはそうさせたくないから森の開拓を支持していたし、落選した後でもマックスにすり寄って交渉しようとしているんだ。


「その通りだ」

 ロビンの父親は弱々しく笑って答えた。

 くそっ、そんな顔をさせたくなかった。見たくなかった。

 どうしてだ? 一体どうしてこうなったんだ?


「パパは中立派だったのに、なんで女帝を選んだの?」

 

 新学寮長は本当に知りたいかとアイコンタクトしてきた。

 もちろん知りたい。そのうえで可能ならば力になりたい。

 俺がそう目で訴え返すとマックスは一つうなずいて見せる。

 そして、ふぅと一息つくと迷いの無いスッキリした顔になった。

 

「ロビン、ここからは男同士の話をしよう」


「望むところだよ、パパ」

 何を聞いても受け入れてみせるからドンと来いだ。


「なぜ女帝派を選んだのかと訊かれたがな・・・・・・理由はない!」


「はぃぃぃぃぃ?」

 思わずロビンの演技を忘れ、素に戻ってしまった。

 一体どうしたんだマックス。お前、そんなキャラじゃないだろ?

 

「もちろん、お前たち家族や大切な人を守りたいという思いはあるぞ。だがそうじゃないんだ・・・」

 マックスは自分の感情を確認するように目を瞑り右手を握りしめた。


「ハーストからエレノア軍が海を渡りベルディーンにやって来ると聞いた時、俺は初めて自分の人生を疑ったんだ。これまで両親や妻や市長たちの期待に応える為にガムシャラにやって来た。だがな、戦争という危機を肌で感じたことで、そんな生き方に疑問を持っちまった」

 ああ、これは恐らくアレか・・・


「ハッとしてハーストの顔を見たら、このまま同じ事を繰り返して老いていき後悔しながら死んでいく自分が鮮明に見えちまったんだよ」

 いわゆるミドルエイジ・クライシスってやつだろうな。


「両親の自慢の息子、モア家の優秀な婿、市長の信頼の厚い部下、そうじゃない、俺はもっと自分自身の何者かになりたいんだっ」

 その漠然とした不安と焦燥と願望、俺にも経験がある。

 前世の俺の享年は36。マックスは今38歳だったな。同年代だ。

 だから共感する。切なくなるぐらいな。


「それで良いと思うよ。僕もそうするつもりだからね」

「なんだお前もか!」

「一度死にそうになって分かったんだ。後悔しないように生きないとって」

「さすが俺の息子だ!12歳でその領域に辿り着くとはな!」

「この際だから正直に言っちゃうけど、僕は弁護士になれそうにないし、なるつもりもなくなったよ。パパの弁護士事務所を継げなくてゴメンね」

「気にするな!事務所はブリジットの弟に任せれば良い!」

 へぇ、あの行き遅れ家庭教師に弁護士の弟がいたんだ。


「ところでパパ、中立派の市長をどうやって説得するのさ?」

「なーに、あのお方の性格は手に取るように分かってるから大丈夫だ」

 なるほど。文字通り手玉に取るってわけだ。

 とはいえ、市長の上にはやはり中立派のサイルース伯がいる。

 これからのマックスの道が険しいのは間違いないだろう。

 だから、俺は俺の出来ることでマックスに協力してやりたい。

 

「じゃあ、ママのことは、家族のことは僕に任せておいてよ」


「頼りにしてるぞ、ロビン」

 万感の思いをその言葉に込めて言ったマックスは、今日一番の笑顔を見せて息子を熱く抱き締めた。

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