第31話 学寮長候補サンドラ・ハーストの陰謀

「運も実力の内さ。とにかくマックスの当選は確実ってことだな」


「それがそうでもなくなってきたわい」


 おいおいおいおいおい。

 対立候補たちが勝手にこけてくれたのにどうしてそうなる?

 極論すれば、マックスは何もせずにいれば勝てる筈だろ。

 ということは、まさか・・・


「マックスが何かやらかしたのか?」


「先日の有権者会議の討論で市壁拡張の支持を表明しおった」

 

「うむ、分からん」

 

「そうじゃと思ったわい。簡単に説明するとじゃな、今ここベルディーンは人口増加による住宅不足が深刻な問題になっとる。そこで市長は市壁の外に住宅地を造ってそこを新たな市壁で囲うか、近隣の森を開拓して住宅街を造るかで迷っとって大学にも意見を求めとるというわけじゃ」


城郭じょうかく都市あるあるだな。だが、マックスの意見の何が問題なんだ?」


「市壁の外側は農地ばかりじゃが、複雑に利権やらが絡んでおってのう。住宅地のために買収となると有権者の中に不利益をこうむる者がおるんじゃよ」


「そこをマックスは逆張りしたのか。てことはもちろんハロルドは・・・」


「学長選の開始早々から森の開拓を支持しとるわい」

 

 当然そうするよなぁ。

 選挙で勝ちたいなら有権者におもねらないと。忖度そんたくしないと。


「どうしてマックスは不利になるのが分かってて市壁拡張の支持を?」


「謎じゃ。ワシの友人や学長選関係者もみんな首を捻っとったわい」

 

「ドクターはどう思う?」

「うーん、マックスは賢明で合理的な男じゃ。何か思惑があるのは間違いないと思うがサッパリ分からんのお。まさか単にハロルドの逆を行っただけじゃあないじゃろうし・・・」

 マックスが切れ者なのは経歴や言動からも明らかだろう。

 この悪手に見える選択もきっと後で妙手になる筈だ。たぶん。


「実際のところ、学長選の結果はどうなりそうだ?」


「市壁拡張支持のマイナスを加味してもマックスが僅かにリードしとる」

「そうか。そのまま逃げ切ってほしいもんだ」

 身内から権力者が出れば俺の生存率も上がるんでな。


「まぁ接戦じゃから最後までどう転ぶか分からんわい。それに最初は完全に無印だったハーストがハロルドとの対決でジワジワと評価を上げて大穴ぐらいまでになっとるしな」

 へぇ、この女、意外とやるじゃないか。

 正攻法だと勝ち目が無いから決死の泥仕合に持ち込んだわけだ。

 サッカーで弱小クラブが強豪クラブと対戦する時にグラウンドに大量の水を撒くのと一緒だな。

 サンドラ・ハーストか。ふふふ、ちょっと興味が湧いてきたぞ。


 よし、じゃあ最後に一番肝心なことを報告してもらおう。


「それで、俺の命か身柄を狙ってそうな奴はいたか?」


「おらんかったわい」

 

「確かか?」

「おお、学長選で必ず起こる陰謀や裏取引は、もっぱらハロルドとハーストの間で行われとる。良くも悪くもマックスは蚊帳かやの外じゃったよ」

「なるほどな。ところで、陰謀や裏取引というと?」

「敵陣営の切り崩しや有権者の買収じゃよ。ハーストの秘書は行方不明になっとったし、ハロルドの選挙コンサルタントも馬車に轢かれて大怪我しとった。有権者も数人がハロルドに鼻薬をかがされとるようじゃ」

「はぁ、選挙ってのはどこの世界も一緒か・・・」

 

 しかし、マックスの一歩引いた立ち回りは上手いな。

 そのお陰で、マックス陣営の被害は最小で俺たち家族も安全ということか。

 きっとそこまで考えてくれていたんだろうな。やはり切れ者だ。


「一つきたいことがあるのですが宜しいですか?」


 お、これまでずっと黙って聞き役に徹していたルディが動いた。

 この賢いアマゾネス嫁が学長選の何処に疑問を持ったのか俺も気になる。

「ええぞマディ、何でも訊いてくれ」

 ドクターは自分の調査によほど自信があるのか何処からでも来い状態だ。

 まぁ、まだアルコールが抜けてないだけかもしれんが。


「ハーストは住宅不足対策に関してどちらを支持しているのですか?」


「マックスと同じく市壁拡張じゃ」

「何故でしょうか?」

「ハロルドとの対決姿勢を鮮明にするためじゃろうと言われとったな」

 ふむ、ハロルドとの対決で人気が出てきたハーストとしては、森の開拓を支持するハロルドの逆張りをせざるを得ないだろうな。たとえ不利なことが分かっていても。


「よく分かりました。有り難うございます」

 ルディも納得したようだ。

 だけど、アマゾネスメイドも俺同様にハーストのことが気になってたんだな。

 さすが俺の嫁だ。目の付け所が素晴らしい。ふふふふふ。


 あっ、笑ってる場合じゃない。

 俺も一つだけ初歩的なことを確認する必要があったわ。


「学長選の投票が行われる日はいつだっけ?」


「11月19日の月曜日じゃ」

 

 先日ルディから教わったこよみによると、今日は11月10日の風曜日。

 

「マックス運命の選挙日まであと9日というわけか」


 ちなみに、この世界の1週間は7日ではなく6日だ。

 ここでも6の数字が基本だった。

 ちなみに、曜日は月火水風土日の六曜らしい。

 日曜日は地球でもお馴染みの安息日、休日だ。

 この国では教会へ行ってミサに参加するのが普通だとか。


「その9日間でまだ何が起こるか分からん。ワシは無事に選挙が終わるまで調査を続けることにするわい。お前さんも気を付けるんじゃぞ」


「ああ、分かってる。だから、日曜のミサも当分は欠席するつもりだ」

「それがええじゃろ」

「キャシーの説得を頼めるか?」

「まかせておけ。土曜はワシも一緒にモア家に行って話をするわい」

「ありがとう。助かるよ」


 ふぅ、ロビン殺害犯が学長選のライバルたちという線は薄くなったか。

 逆に、ロビンが通う高等学校の関係者たちの線が濃くなったわけだ。

 ミサにはその学校の人間が大勢来るだろうから回避の一択だな。

 となると、その時間に何をして過ごそうか。

 せっかくの休日なんだからトレーニングじゃなくて有意義に時間を使いたい。

 さて、どうしよう?




「シャコガイにムラサキガイはいかが! れたてできがいいですよ!」

 

 11月12日の日曜日の朝。

 予定通りミサを回避した俺はルディと一緒にモア家の館を出ると大通りを西へ歩いた。

 ロビンの遺体が発見された中央公園を抜けて港のある南西にしばらく歩を進めて行くと、ホイールバロー(ねこ車)を押しながら貝を売る行商人の声が聞こえてきて疑問が湧きあがる。

 

「日曜日は仕事したらダメなんじゃなかったか?」


「農村や田舎町と違ってここは人口10万を誇る港湾都市ですからね。日曜だろうと船はやって来ますので船員や乗客、積み荷上げ下ろし作業員たちの食事や寝床が必要になります。ですから、宿屋や飲食店の営業とそれらに食料品を売る仕事は許されています」


「ライフラインは休めないか。それに教会の人たちだって働いてるものな」


「聖職者や僧侶たちは働いているのではありません。奉仕しているのです」


「なるほど。そういう理屈になるのか」

 そう言って俺はアマゾネス嫁の全身を眺める。

 今のルディはメイド服ではなく、僧服を着て修道女に扮していた。

 理由を聞くと、修道女ならおいそれと他人からちょっかいをかけられることがない、そっとしておいてくれるとのことだった。それがこの国の文化らしい。

 巨体の女性という嫌でも目立つルディだが、そのお陰で行き交う人たちからスルーされていた。少なくとも表面上は。

 

 俺たちは港に着くと、しばらくの間、潮風にあたりながら船舶や旅行客、カモメといった風景をぼうっと眺めていた。それから、モア家の倉庫が立ち並ぶ区画を見物がてら散策し、そのまま砂浜のある北へと向かう。


 その時、すれ違った人の集団の中にマックスがいたような気がした。


 ・・・気のせいか?

 この時間は、マックスもキャシーやドクターたちと合流して一緒に教会に居る筈だからな。

 お、綺麗な砂浜が見えてきた。

 俺はアマゾネス嫁や美魔女ママの水着姿を想像することに夢中になり、マックスのことはアッサリと忘れていた。

 

 

 

 11月13日(月)から17日(土)までの間、俺はこれまでの日常を繰り返した。

 朝モア家の館を出てクラウリー邸へ帰り、午前中は庭でトレーニング、午後は邸内で種付けと捜査会議と勉強会、夕食前にモア家の館へ戻り家族と過ごすというサイクルだ。


 トレーニングの成果が徐々に出始めていた。

 もちろん、急に体が大きくなったり足が速くなったわけじゃない。

 サッカーでも頭でイメージした通りに身体が動いてくれないことは良くあるが、毎日の鍛錬で俺の魂とロビンの身体のシンクロ率が上がってきたようなのだ。

 そのお陰である感覚を取り戻せそうな手応えがある。非常に楽しみだ。


 ルディとの種付けでもシンクロ率向上の効果が出ていたりする。

 最初は3回しただけで動かなくなっていた身体が4ラウンド突入も可能になった。

 逆にルディの身体は俺が開発し続けたせいでどんどん敏感になり、3回やると失神してしまい結局4回目はお預けになることが増えていった。ほんと皮肉なものだ。

 そんな感じで日々抱いているルディだが妊娠の兆候はまだない。

 正直、ホッとしている。

 子供が生まれたらアマゾネスの故郷へ帰ってしまう不安がまだあるのだ。

 ルディは迷っていると言っていたが、どうなることか・・・


 この5日間で2回ほどシャーロットにクラウリー邸へ来てもらった。

 俺たちが通う高等学校の情報を得るためだ。

 体育会系だが頭も良いシャーロットはロビンの学友や教師たちのことを簡潔に分かりやすく教えてくれた。

 体の調子が良くなってきたのでマックスの学長選の後に学校復帰することを伝えると全力で喜んでくれた。

 本当に良い娘さんだ。

 それなのに、結婚する約束をした15歳までに別れないとならない。

 はぁ、マジでどうしたものか・・・


 クラウリーの学長選調査はずっと続けられていた。

 最新(17日)の情報では、ついにマックスが抜かれてハロルドがまた本命に返り咲いたようだ。

 有権者36人のハロルド、マックス、ハーストの支持率はこんな感じらしい。

 14対13対9

 最初は泡沫候補だったハーストの追い上げも凄かった。

 地道に女性の支持を集めた結果だとか。

 これで最後の最後でまくり勝ちしたら見事としか言いようがない。

 マックスには勝ってほしいがハーストはつい応援したくなるな。

 ただ、この支持率もあくまで有権者を知る者たちが得た感触なので実情はどうか分からない。選挙当日の土壇場で考えを変えるかもしれないし、何が起こるかは開票してのお楽しみだ。




「ルディ、あそこにいるのサンドラ・ハーストじゃないか?」


 11月18日の日曜日の朝。

 先週と同じくミサを回避して港に来ていた俺たちは、テラスのある店で軽食を食べていた。

 すると、ドクターが見せてくれた学寮長候補ハーストの選挙ポスターの顔によく似た女性が視界の端に入ってきたのだ。

 

「確かに似ていますね」

「だろ。いくら日曜だからって明日が選挙当日だってのに何をしてるんだ?」

「考えられるとすれば、ここで秘密裏に有権者と会うことでしょうか」

「それだっ。買収の最終取引というところかもな」

「ええ、日曜のこの時間は大学関係者もミサに行く者が多いでしょうから、人がごった返していて柄も良くない港地区は密会にはピッタリの場所です」

 ああ、その通りだ。

 名門大学の最高カレッジの人間が日曜にこの辺に来ることは無いよな。

 やっぱりあの女は油断ならない要注意人物だった。

 

「これは、ハーストの大逆転勝利あるかもしれんな・・・」

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