第30話 召喚士クラウリーの調査報告

「ここがグレースピア・カレッジじゃ」


 母親キャシーの告白と懺悔から一夜明けた翌朝。

 俺たちはモア家の館を出るとクラウリー邸には向かわず、ドクターの母校の正門前に馬車を止めた。


「ここがそうなのか? へぇ、想像してたのと違うな。驚いたよ」


 目の前には三階建ての横に広い洋館が道に面して建っていた。

 敷地の周囲に塀や柵がなくてイキナリ建物なんだな。防犯は大丈夫か?

 カレッジの正門は洋館の一階部分をアーチ型に繰り抜いた形で出来ているのでまるでトンネルのようだ。

 そのトンネルの向こう側には目に鮮やかな芝生が広がる中庭が見えた。


「そうじゃろお。由緒ある歴史と伝統から滲み出るこの風格はそこらのカレッジじゃなかなかお目にかかれんわい」


 いや、俺が驚いたのはそこじゃないんだが面倒くさいのでスルーだ。

 ドクターにはこれからここグレースピア・カレッジで行われている学寮長選挙戦の調査をしてもらわないとならない。モチベーションを上げたまま送り出そう。


「確かに威厳と貫録を感じさせる佇まいだな。良いものを見せてもらったよ」

 実際にその通りだしな。

 機会があればゆっくりと中を見学したいもんだ。

 俺の言葉に満足そうに頷いたドクターは、今日はずっとカレッジにおるから飯の支度はいらんぞとルディに伝えると随分と楽しそうに正門トンネルの中に消えていった。




「さて、今後の方針について話し合いたい」


 グレースピア・カレッジにドクターを送った後、真っすぐクラウリー邸へ帰宅した俺たちは食堂のテーブルに向かい合って座っていた。

 普段は隣に座るのだが、そうするとつい触りたくなる。

 今は真面目に相談したいのでこの位置取りになった。


「まず、昨夜の懺悔によってキャシーはシロだと判明した。これでモア家の人間は全員容疑者から外れたな」

「そうですね。アイリーンのアリバイ確認がまだですが、彼女に殺人が出来るとは思えません」

「だな。使用人たちの方はどうだった?」

「未確認だった通いのメイドたちもアリバイが確認できました」

 俺がキャシーと乳繰り合ってる間に調べてくれたのか。本当に頭が下がる。

「ご苦労様。となると、モア家の館は安全だと考えていいみたいだな」

「はい。今後も最低限の警戒は必要ですが、危険度は低いでしょう」

 

「うん。じゃあ次は犯人捜しだけど、疑わしいのは父親マックスの学長選ライバルとロビンが通う学校の関係者だな。後は、モア家に恨みのある誰かといったところか」

「ええ、現状ではその辺りかと思われます」

「学長選はドクターに調査を任せるとして、学校についてはシャーロットから可能な限り情報を得ることにしよう。ロビンを苛めてた奴は知らないそうだけど友人関係や教師たちとの関係も知っておきたい」

「では、私はモア家と対立する者や怨恨のある者を調査します」

 話が早くて助かるよとアイコンタクトするとアマゾネス嫁は優しく微笑んだ。


「俺の登校再開だけど、学長選が終わるまで待った方がいいな」

「はい。マックスの対立候補が黒幕だった場合、通学中が一番狙われやすいでしょう。それに、私が護衛できない学校の中が一番危険です」

「それは、犯人が学校関係者の場合でも同じってことか」

「その通りです」

「よし、復学は学長選後で決定だ」

 待ってろよ苛めっ子。

 ロビンにした分を10倍返しにしてやる。

 もし、お前がロビン殺しの下手人だった場合はそんなもんじゃ済まさんがな。


「犯人探しと並行してそろそろ本格的に体づくりをしようと思う」

「それは大切ですね」

「とは言え、成長過程の身体に過度の負荷を与えて鍛えるのはダメだから、基本はよく食べてよく運動してよく寝ることだけどな」

「それですと、大して今までと変わらないのでは?」


「そうなんだが、今後はまず足を鍛える。具体的には逃げ足だ」


「逃げ足、ですか?」

「ああ、今の俺には戦闘力が無い。だから襲われたら逃げられるかどうかが生死を分ける」

「なるほど。その為の鍛錬ですか」

「そういうこと。情けないが命あっての物種だからな」

「いえ、現時点では最良の選択だと思います」

 いくらルディが一騎当千のアマゾネスでも、俺をかばいながら戦ったら不覚をとることもあるだろう。それだけは絶対に避けたいんだ。



「走ることだけは向いてるな、この身体」

 クラウリー邸の周りを走りながらつくづくそう感じた。

 身長が150センチ程度で筋肉もぜい肉もないから軽い軽い。

 さらにマラソンランナーの様な持久力がある。

 これなら煉獄でロビンが俺よりスイスイと走っていたのも納得だ。


「これがランニングというものですか?」


 メイド姿のアマゾネス嫁が俺の横を伴走していた。息一つ乱さずに。

 こんなにゆっくり走って本当に身体が鍛えられるのか疑問なんだろうな。

 まぁアマゾネスと人間じゃ造りが違うんで仕方ないんだよ。

 

「次は短距離ダッシュだ」

 

 裏庭で30メートルダッシュを繰り返す。

 ルディも律儀に付き合ってくれた。

 しかし、この靴ってすべるよな。

 靴底がゴムじゃないのは仕方ないが、ただの厚手の革じゃあなぁ。

 これじゃあ滑るのは当たり前だ。


 サッカーシューズの様にポイントを付けたいな・・・

 

 もしそれが可能なら滑り止め効果はもちろん、商売にもなるんじゃないか?

 うん、これは宿題にしてドクターと相談しよう。

 思い付きのアイデアに満足した俺はクールダウンと柔軟体操をして午前のトレーニングを終えることにした。




「午前中あれだけ運動したのに・・・凄かったです」


 昼飯の後、食休みを十分に取ってから午後のトレーニングを開始した。

 もちろん、ルディとの種付けのことだ。

 

「嫁とのエッチは別腹だよ」

「妻だけとなら良いんですけどね」

「そ、それは言わない約束だろ」

 むむむ、これは昨夜のキャシーとの情事を責めているな。

 金とコネを持ってるキャシーは虜にしておく必要があるんだ。分かってくれ。

 そうアイコンタクトしたら、仕方ない旦那様ですね、と微笑してくれた。

 心の広い嫁で本当に助かる。いつか10倍にして報いるからな。



「この世界の1年は432日なのか・・・」


 風呂で汗と匂いを流した後、食堂で勉強会を始めた。

 緊急案件だったリンゴの謎とキャシーの秘密を暴いたことで少し余裕ができたので、これまでの推理と捜査の時間を半分ほど学習の時間に充てることにした。

 何しろ俺はこの世界の常識や文化がサッパリだからな。

 今もまた、基本的なことで驚かされたばかりだ。


「そうです。1年は12カ月で1カ月は36日ですから」


 まぁ当然といえば当然か。

 地球と別の世界が同じ暦なんて有り得ないよな。

 ちなみに、1日は36時間だそうだ。

 ただし、1時間は36分で、1分は36秒になる。

 地球と比較するとこんな感じだ。


 1日 = 36時間 = 1296分 = 46656秒

 1日 = 24時間 = 1440分 = 86400秒

 

 4万秒も差があるのか!?

 この話を聞いた時そう叫びそうになった。

 この世界で数日過ごしていて体感的にそんな筈ないと分かっていたが、やはりカラクリがあった。


 1秒の長さが違うのだ。


 地球よりも1秒のテンポが遅い。

 そのせいで、地球の60秒がこの世界の36秒と同じぐらいだ。

 つまり1分の長さは同じ。

 ということは、1日の長さの差は144分。

 2時間と24分ほどこの世界は1日が短い。

 昼と夜が1時間ちょっと短いと考えれば、これまで驚くほどの違和感を覚えなかったのもうなずける。


 これらを踏まえて計算すると、地球の約24日分ほどこの世界は1年が長い。

 それが俺にどんな影響を与えるのか分からないし、今考えても仕方のないことだ。あるがままを受け入れよう。




「お帰りなさい、ロビン」


 夕方、モア家の館に到着すると、いつも通りキャシーがロビーで迎えてくれた。

 ただ、いつもと違ったのはそのキャシーだ。

 昨夜の懺悔によって憑き物が落ちたように爽やかな笑顔をしている。

 その後の夕食の席でも美魔女ママの態度は淑女そのものだった。

 

 ついにモア家に平穏が訪れたのだ。


 あからさまに嫉妬されていたアリスもこの変化を喜びいつも以上に明るかった。

 嫌味を軽く受け流されてしまうブリジットは少し不満気だった。

 常に空気か置物のようなアイリーンは相変わらずだ。ほんとブレないな。


 キャシーの豹変ぶりは目を見張るものがあったが、恐らく、元々こういう性格だったのではないかと思う。夫と息子との関係が上手く行かず躁鬱状態になっていたのが俺の愛情を取り戻したことで精神的に安定回復しただけなのだろう。


 夜、そのキャシーにお風呂とベッドでご奉仕して差し上げた。

 母がアリス達に優しくした分、俺が母に優しくするとの約束を果たしたのだ。

 こうしておけば、今後もこの家は平穏でいられるだろうからな。

 長男として俺は家族に尽くさないと。鬼滅の刃のように。




「ドクターは二日酔いでダウンか・・・」


 翌朝、モア家からクラウリー邸に帰ってくるとそんな状態だった。

 久しぶりに昔の仲間と会って盛り上がってきたのだろう。

 気持ちは分かるのでそっとしておいた。


 午前は庭でトレーニング、午後はベッドで運動会。

 そして今は復活したドクターから食堂で調査報告を聞くところだ。

 しかし、まだ赤い顔をしてるが大丈夫か爺さん?


「そう心配そうな顔をするな。ちゃんと収穫はあったからの」

 そう言いながらドクターは震える手で数枚の紙をテーブルに差し出した。


 「学長選の対立候補の二人じゃ」


 これは、いわゆる選挙ポスターってやつか。

 候補者の似顔絵が中央にあって上部に名前、下部にスローガンがある。

 一人は50代ぐらいのオッサンでもう一人はアラサーな女性だった。


「この男性がホレイショ・ハロルド。今回の学長選の本命じゃ」


 は?

 学長選の下馬評はマックスの楽勝だった筈だろ。


「ブリジットの話と違うな」

「まぁ最後まで聞いてくれい」

 おっと、つい慌ててしまったな。

 ドクターの様子が怪しいんで心配になって口を出してしまった。

 反省した俺は、スマン続けてくれと目で先を促した。


「こっちの女性がサンドラ・ハースト。泡沫候補に近い感じかの」


 こういう勝ち目が無いのに取り合えず立候補しとけってのは何がしたいんだろうな。単に目立ちたいのか、それとも次回の為の予行演習のつもりか・・・

 

「学長選が始まった3ヵ月前は、経歴が長くてコネが多いハロルドが大本命でマックスが対抗馬じゃった。ところが二週間ほど前から雲行きが変わってきたんじゃよ」

 ほぅ、何があったんだ。面白そうじゃないか。


「まず、ハーストが選挙妨害を受けたんじゃ」

 んんん、ハロルドでもマックスでもなく最下位候補のハーストか?

 

「ハーストは女帝派だから学寮長に相応しくないと中傷された」


 女帝派???

 俺が思いっきり顔にはてなマークを付けているとドクターがため息をついた。

「はぁ~、そこから説明せんといかんのか・・・」

「悪いな。馬鹿な俺に分かりやすく簡潔に頼む」


「ここセクスランド王国は数年前に王様が早死にしたんじゃが、その際に隣国に花嫁修業に行っとるエレノア王女が王位を継ぐのを阻止して王弟が強引に即位しおった。それが今のユースタス王じゃ」

 なるほど。後継者争いってやつか。

 これまた面白そうだ。俺の生活に支障をきたさなければだが。


「今も国内の諸侯は国王派と女帝派に分かれて牽制しあっとるわい」

 

「王位継承問題は理解した。だが、なぜ女帝派だと学寮長に相応しくないんだ?」


「女帝派に限らず国王派も敬遠されとるよ。要は政治的に独立した大学に政治を持ち込むこと自体が嫌われるんじゃ。ここ湾岸都市ベルディーンの領主であるサイルース伯爵は中立派じゃから尚更の」


「なるほどな。事情は分かった。学長選の話を続けてくれ」

 

「女帝派だと中傷を受けたハーストは否定も肯定もせんかった。その代わりにハロルドは国王派だと大々的に中傷キャンペーンを始めたんじゃ」

 そうきたかー。

 やられたらやり返す倍返しパターンだな。嫌いじゃない。


「最初は取り合わなかったハロルドも国王派じゃないのなら国王への不満を何か語ってみろとハーストに問われて何も言えんかったのが痛かった。それからはもう二人の中傷合戦じゃよ。お互いに足を引っ張る形になってしもうた」

 あーあ。有名大学で最高最良のカレッジのお偉いさんなのにな。

 ま、人間なんてそんなもんだ。


「で、先週のことじゃが、国王の懐刀と言われるゲメル宰相からハロルドに送られた手紙が有権者たちに晒された。これが決定打になってハロルドは本命から転落したというわけじゃ」


「その手紙は本物だったのか?」


「分からん。ハロルドはもちろん偽物だと主張しとるがの」


 ふーむ。対立候補の二人が勝手に争って勝手に評判を落としていたとはな。

 マックスはその争いをただ静観していれば良かったわけだ。

 なんて言うか、これはアレだな。


「つまり、マックスは棚ぼたで学長選に勝ちそうだってことか」


 俺が身も蓋もないことを言うとドクターはウッと返答に詰まる。

 しかし、まだ少し酒が残っているせいかニンマリと笑って同意した。


「言葉は悪いが、ま、そんな感じじゃの」

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