第29話 母親キャサリン・モアの懺悔

 「ママ、今日は僕の話を落ち着いて聞いてほしいんだ」

 モア家の館で夕食を終えると直ぐ母キャシーの部屋へ移動した。

 応接セットにキャシー、俺、ドクターが座り、ルディは俺の背後に控えている。


 「どんな話かしら。楽しみだわ」

 美人ママは言葉通り嬉しそうに微笑んでいる。

 この時の為に俺が夕食の席でさんざん愛情表現をしたので上機嫌なのだ。


 「ママの気持ちをスッキリと楽にしてあげる話だよ」

 「ママをスッキリさせてくれるの?」

 「そうだよ!」

 「まぁ嬉しいわ」

 ああ、これからお前には罪の告白をさせてやる。

 そして心から懺悔ざんげして気持ちを楽にすればいいさ。


 「最初はママが聞きたくないことを言うよ。でもお願いだから我慢してほしいんだ。最後まで聞いてくれたらママは僕と一緒に幸せになれるからね」


 「我慢すればロビンと一緒に幸せになれるの?」

 「うん、だから僕を信じてママ、ね?」

 「ええ、貴方を信じるわ、ロビン」

 一抹いちまつの不安を覚えながらもキャシーは最愛の息子の提案を受け入てくれた。

 じゃあ遠慮なくこちらから攻めさせてもらうとしよう。


 「数日前、15歳になったらシャーロットの家に婿入りすると話したよね?」


 ピキィとキャシーの笑顔にひび割れが入った。

 ティーカップを持つ手が震え、紅茶の湖面に波紋が広がっていく。

 

 「キャシー、我慢するんじゃ。ロビンを信じるんじゃ」

 俺の隣に座るドクターが患者に諭すように注意を与える。


 「・・・五日前のことでしたわ」

 ほっ、美人ママは何とか持ち直してくれたようだ。

 

 「それで僕たち喧嘩しちゃったんだね?」

 「喧嘩じゃないわ。意見が合わなかっただけよ」

 「きっと僕、ひどいこと言ったでしょ。ゴメンね」

 「あぁ、謝るのはママの方よ・・・許してロビン・・・」

 三十路みそじ美女の目から涙がこぼれて落ちる。

 その時の喧嘩が相当な心の傷になってるんだろう。

 だからあんな事をやらかしたんだ。


 「僕の遺体を見つけたとき、ママはリンゴを使って事故にみせかけたよね?」


 「・・・何を言ってるの? ママ、そんなこと知らないわ・・・」

 今度は声を震わせてキャシーは否定した。

 はぁ、まだしらばっくれるつもりか。

 仕方ない。証拠を突きつけてやろう。

 俺は後ろに立つルディから二枚の紙を受け取りテーブルの上に置いた。


 「こっちがリンゴに残った歯形、こっちが僕の肩に残ったママの歯形だよ」

 

 その薄い二枚の紙を重ねて歯形が一致するのをキャシーに見せつける。

 

 「あぁ・・・どうして、どうしてこんなことするの?」

 上品で美しい顔を歪めたロビンの母はまた興奮状態になっていた。


 「キャシー、大丈夫じゃ。最後までロビンを信じるんじゃ」

 ドクターの低く落ち着いた声が錯乱しかけた女をギリギリで救う。

 

 「・・・そうよ。私がリンゴをかじって貴方のそばに置いたわ」

 それだけ言うと、キャシーは肩を落として下を向き沈黙している。

 よし、相手の足が止まった。ガンガン攻め上がるぞ。


 「それが不思議で僕たちはこの転落事故を調べたんだ」

 厳密にはリンゴの歯形がロビンのものと違うと分かった時点からだがな。

 

 「リンゴはママが置いたんだからあれは事故じゃないよね」

 それに木から落ちてピッタリ石の上で後頭部を打つ事故なんて出来過ぎだ。

 

 「そうなると僕は誰かに殺されたことになる」

 この言葉を聞いたキャシーの反応を俺は注意深く観察していた。


 「ロビン・・・それは・・・」

 美貌の母親の反応は何か途惑とまどってるように見える。


 「どうしてママはあんなことをしたんだろうって考えた」

 キャシーは先程から目が泳ぎ始めていた。内心で葛藤かっとうしているんだろう。


 「ママが僕を殺したのかもしれないって思った」


 「違う!ママが貴方を殺すわけないわ!信じてロビン!」

 キャシーは必死の形相で殺人を否定し息子の信頼を懇願した。

 そう言われても、これまで何度も何度もだまされてきたからな。

 それで信じろという方が無理がある。

 だが今は、安心させてやるよ。


 「分かってる。ママの僕への愛は本物だもん」


 「あぁ、ロビン、そうよ、ママは誰よりも貴方を愛してるわ」

 それはもう嫌ってほど痛感させられたよ。

 正直、俺は嬉しかったが、実の息子のロビンには重すぎたんだ。


 「僕を殺してないなら、ママは誰かをかばったことになるよね」

 リンゴで偽装工作をして殺人を事故に見せかけたんだからな。


 「ママがかばうとしたら家族の誰かだと思うんだ」

 愛人はいなかった。まぁドクターとの噂は笑わせてもらったよ。


 「でもあの時、アリスとブリジットは家にいたしパパも大学にいた」

 ついでにシャーロットのアリバイもルディが確認済みだ。


 「アイリーン姉さんはアリも殺せない性格をしてる」

 アリバイはまだ確認してないが、今はキャシーとの決着が優先だ。


 「じゃあ誰なんだろう? ママは一体誰をかばってるんだろう?」

 俺はうつむき加減のキャシーの顔を覗くように見つめた。

 この若々しい三児の母が罪まで犯してかばうのはもうこの人物しかない。

 


 「僕だよね。ママは僕のために事故に見せかけたんだ」



 「許してロビン・・・ママがいけなかったの・・・お願い許して・・・」

 最後の砦を失ったキャシーは嗚咽おえつを漏らし始めた。


 「ど、どういうことなんじゃロビン?」

 まだ意味が分かってないらしいドクターが混乱していた。

 逆にルディは、そういうことでしたかと納得顔をしている。

 俺は隣に座るドクターに今から言うからと目で伝えて黙らせる。



 「ママは、僕がしたと思ったんだね」



 最愛の息子に一番恐れていた言葉を聞かされキャシーはついに泣き崩れた。

 この様子だと俺の推理は完全に正しかったようだな。

 ま、自信はあったが、実際に美人ママの冤罪が確認できてホッとした。


 「そういうことじゃったんかぁ」

 やっと理解したドクターが良く気付いたのおとアイコンタクトを送ってきた。


 「自殺は地獄行きだとドクターが教えてくれたお陰だよ」

 「それでキャシーは事故に見せかけて死後のロビンを救おうとしたんじゃな」

 「自殺者は教会の墓地に入れずに、祈る者もいないんでしょ」

 「そうなってしまうと天国どころか煉獄れんごくにもおれず地獄行きじゃからの」

 「お見事です、ロビン様」

 背後に立つアマゾネス嫁が俺の両肩に優しく手を置いて称えてくれた。

 賢いルディに褒められて凄く誇らしい気分だ。

 さて、あとは悲嘆にくれているキャシーのアフターケアをしないとな。


 「ママは自分のせいで僕が自殺したと思ったんでしょ?」

 俺はキャシーの隣に移動して座り背中に手を回して優しく語りかけた。


 「御免なさいロビン・・・私がきつく叱ったせいで・・・貴方は、うぅぅぅ」

 初めてこの部屋で一緒に寝た夜も自分を責めて泣いてたよな。

 あの時は分からなかった意味が今はよく分かる。


 「違うよママ。僕は自殺なんかしてないんだ」

 右手で背中を擦ってあげながら救済の言葉を与えてやった。


 「ええっ、本当なの? 記憶が戻ったのロビン?」

 思いがけない息子の言葉に美人ママは救いを求め喰いついた。


 「ううん、でもシャーロットから聞いたんだ。あの日は学校で帰りに一緒に買い物に行く約束をしたって。死ぬつもりならそんな約束したりしないよ」


 「じゃあどうして? どうしてロビンは死んでしまったの?」

 まだ信じられないという様子でキャシーは疑問を口にする。


 「たぶん、転んで頭を石にぶつけてしもうたんじゃろ」

 ドクターから素晴らしいパスが出た。これは決めなきゃな。


 「話は聞いてたけど、僕って本当におっちょこちょいだったみたいだね」

 ロビンは転んで怪我をすることがよくあったという話を利用させてもらった。


 「ママのせいじゃなかったんだよ。だからもう自分を責めないで」

 これでシュート! 見事にゴールが決まった筈だが、どうだ?


 「あぁ、ロビン、愛してる、愛してるわぁ」

 最愛の息子を自殺させてしまった罪の意識から解放されたキャシーは、感極まってロビンを抱きしめ泣きながらキスの雨を降らし始めた。

 俺のシュートはきっちり美貌の母親の心ゴールネットを揺らしたようだ。


 よし、ドクターたちの役目はこれで終わりだ。

 今夜のところはもうゆっくり休んでもらおう。


 「そろそろお開きにしよう。ドクターは客間を用意してあるから使ってね。マティルダさんは僕の部屋で休んでよ」

 「そうじゃな。キャシーも疲れたじゃろうからワシらはおいとまするかの」

 何か言いたそうなルディにはお願いだからと表情で訴えて承知してもらう。

 その二人が出ていった部屋には、きつく抱き締め合う母と息子だけが残った。



 「ママ、汗が出てきちゃった。一緒にお風呂に入ろうよ」

 母性本能をくすぐるように甘えた声で言ってみた。


 「ええ、ええ、そうしましょうね」

 溺愛する息子からのお誘いにキャシーは浮き立つ。

 ロビンの服を全て脱がしてくれたあと自分も裸になりバスルームへ急いだ。

 

 「ロビン、気持ち良い?」

 今夜も三十路みそじ美女が海綿スポンジで全身を優しく洗ってくれる。

 二人が浸かるバスタブの湯には青色の花びらが浮かび甘い芳香が漂っていた。

 「うん、とっても気持ちいいよ、ママ」

 吸い付くようなしっとりした肌に密着され体温と一緒に愛情が伝わってくる。

 その状態で優しく奉仕されて気持ち良くないわけがない。


 「さあ、今度はママの番だよ」

 俺はスポンジを手に取りキャシーの身体を洗い始める。

 傷やシミ一つない、いかにも上流階級といった綺麗な肌だ。

 「ママ、気持ちいい?」

 「ええ、とっても気持ち良いわよぉ、ロビン」

 今夜は時間を気にしなくてもいいので丁寧にじっくりと洗ってあげた。

 

 気持ち良さと熱さでグッタリとなったキャシーに、バスタブ脇のテーブルから冷えたワインを取って口移しで飲ませる。

 美人ママはワインと幸せの絶頂に酔いウットリとしていた。


 「ママ、これまでも僕たちは一緒にお風呂に入ってたの?」


 「・・・そうよ。でも最近は一緒に入ってくれなくなったわ」

 「どうしてかな?」

 「・・・分からないわ」

 嘘を吐け。

 成人して恋人が出来た息子が母親と風呂に入る方が異常だろ。

 だが、そんな正論など何の役にも立たん。


 「ふーん、でもこれからはずっと一緒に入ろうね」

 天使のように可愛いロビンの笑顔でお願いしてみた。


 「もちろんよ。ママとずっと一緒に入りましょうね、ロビン」

 望外の喜びにキャシーはさらに顔をとろけさせている。

 俺はトドメとばかりにその緩んだ顔にキスの雨を降らした。



 「パパがメイドにしてもらってることを僕はママにしてもらってたの?」

 ロビンには恋人のシャーロットがいる。

 三か月前から週二三にさん回のペースで肉体関係を続けてるそうだ。

 この異世界の男は同じ女と三回やったら別の女でリフレッシュする必要がある。


 だがロビンの相手をしていたメイドはいない。

 シャーロットの他に女がいるのかと思ったが、恐らくそれはない。

 あの鋭そうな恋人に隠れて浮気できるほどロビンは器用じゃない。

 となると、その相手は隣で裸で寝ているこの女しかいない。


 「ええ、そうよ」

 やっぱりか。

 最初からインモラルな匂いがしてたので驚きはない。

 それにこの異世界では母親が息子の処理をするのが普通かもしれないしな。

 

 「変なことお願いしちゃってゴメンね」


 「気にすることないのよ。ロビンの年なら当たり前だもの」

 何が当たり前なのかくのが怖いわ。

 「僕はどのぐらいの間隔でお願いしてたの?」

 「週に一回だったわ」

 これで計算が合うな。

 週に二三回シャーロットとやってはキャシーでリフレッシュしてた訳だ。

 まったくロビンの好色ぶりには舌を巻かされる。


 よし、これで確認事項は全てクリアしたな。

 ここからは、最後の仕上げをしてこの女を完全にロビンとりこにしよう。

 殺害犯じゃないと分かった母キャシーは強力な味方になる筈だからな。


 なにしろ名家で資産家のモア家の現当主なんだ。

 カネとコネをたくさん持っているだろう。

 一騎当千で治癒師のルディとはまた違う力で俺を護ってくれる。

 だから是が非でも俺のモノにしておかないと駄目だ。

 ロビンを殺した奴がキャシーの寂しさに付け込んで来るかもしれないしな。


 「ママ、僕は婿入りなんてしないから安心してね」


 「本当なのロビン?」

 「うん、僕はずっと家に居てママと一緒に暮らすよ」

 「あぁ、ママとっても嬉しいわ。でも・・・」

 分かってるよ。俺の恋人が気になるんだよな。

 

 「シャーロットとは結婚しないと思う」

 

 「ええ、そうよ。絶対にあの女とは結婚なんてしちゃダメ」

 「分かったよ。だけどシャーロットには僕からちゃんと話を付けるからママは何もしないでよ。いいね、約束だよ?」

 「もちろんよ。ロビンが一緒にいてくれるならママは何でも約束するわ」


 「それじゃあ、アリスやブリジットたちに優しくしてあげて」


 「別にママは意地悪なんてしてないわ・・・」

 いやいやいや、アリスには嫉妬して意地悪だったよ十分な。


 「ママがアリスたちに優しくした分だけ、僕がママに優しくするからね」


 「本当にそうしてくれるの?」

 「うん、約束するよ」

 「分かったわ。ママ頑張るからちゃんと見ててね」

 娘に優しくするのに頑張るも何もないだろうに。


 「じゃあ約束を守ってくれたママにご褒美をあげるね」

 「えっ、ママはまだ何もしてないわよ」

 「アリスのことじゃないよ」

 「じゃあ何のことなの?」


 「我慢して話を聞いてくれたら僕と一緒に幸せになれると言ったでしょ」


 「ええ、そうだったわね。もう十分に幸せだから忘れてたわ」

 「まだだよ。もっともっとママを幸せにしてあげるからね」


 そしてずっと俺の後ろ盾になってもらうからな。


 キャシーの唇に本気のキスをしてから俺は三十路みそじ美女に覆いかぶさっていった。

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