第28話 肉食獣ロビンの爪痕

 ガチャン!


 見なくても荒ぶっているオーラが駄々洩れのルディがまた壊したようだ。

 チラ見する勇気もないので今はスルーしておく。


「15歳で結婚?」

「そうだ。私の家に婿入りするとお前は約束してくれた」

「僕が婿入りすると言ったの?」

「ああ、私はグレイブナー商会の一人娘だからな」

 そうだった。

 たしか弟もいたが昨年に亡くなってしまったんだっけか。

 いずれにせよ、女が跡継ぎのこの異世界ではシャーロットは婿を取るしかない。


「でも僕が婿入りしても何の役にも立たないよね?」


「そんなことはない。お前は弁護士になる為に頑張っていた」

「うん、パパからも教わっていたと聞いたよ」

「いつかグレイブナー商会の顧問弁護士になると言ってくれてたんだ」

 そういうことか。

 ロビンは弁護士の父の後を追うんじゃなくて、恋人の家業の為に弁護士になるつもりだったんだな。


「それに私に子宝を授けてくれるだけでも婿として十分だ」


「そ、そうなんだ」

 でも、そういう話はもう十分かな。

 隣のアマゾネスの体温をさらに上げるのは危険だ。話を変えよう。


「僕のママはその約束を知ってるのかな?」


「知っている筈だ。お前から母親に話したと数日前に言っていたぞ」

 なるほど。あの取り乱しようはそのせいか。

 昨夜、ベッドの中で婿入りの話をした途端に錯乱状態になったのもうなずける。

 

 ふぅ、本当にこれは頭が痛くなる状況だな。


 息子を溺愛できあいして過度な愛情を押し付けてくる母親キャシー。

 肉体関係があって結婚の約束もしている同級生の恋人シャーロット。

 種付けの対価にボディガード兼ワイフになったアマゾネスのルディ。


 どうしたらいいんだロビンは?


「フフフ、こんな風にまた話せて嬉しいよ」


 難しい顔をして四角関係に葛藤中だった俺に凛々しい恋人が笑いかける。

 ロビンには勿体ないぐらい素敵な女の子だよなぁ。

 そして話を聞く限り、この娘に罪は何もなさそうだ。

 天使の顔をして実は肉食系だったロビンに喰われただけだからな。

 それだけに、捨てるのは忍びないし可哀想すぎる。

 あぁ、本当にどうしたらいいんだよこれ?


「ロビン・・・今日は、その、大丈夫なのか?」


「え、何のこと?」


「だから、私がしてあげなくても、我慢できるのか?」

 

 あっ、恋人の溜まってるものを処理してくれると言ってるのか!

 頬を染めて上目遣いにこっちを見てるから間違いないわ。

 くぅ、どんどんシャーロットが魅力的な女に見えてくる。 

 午前中にルディとしてなかったら危なかったな。


「今日は、お前の為に買った下着を穿いてきたんだぞ・・・」

 

 ズキュキュキューン!!


 あ、駄目だこれ、決定的だ。惚れてしまう。


「ロビン様を興奮させるような真似は慎んで下さい」

 ハッ!

 静かだが威圧感が半端ないルディの声で俺は我に返った。


「僕はまだ万全じゃないから。でも気持ちは嬉しいよ。ありがとう」 


「そ、そうだな。馬鹿な事を言ってしまった。許してくれ」

 ロビンの恋人はポケットからハンカチを出して冷や汗を拭いた。

 年相応に慌てる姿もまた愛らしい。


 本当にどうしてこんな上等な女の子がロビンを好きになったんだ?


 そうだよ。

 そのロビンとの馴れ初めをまだ訊いてなかった。

 今さらな感じもするが知っておきたい。教えてもらおう。


「ロビン様、そろそろ治療の時間です」


 げぇ、ルディに試合終了のホイッスルを鳴らされてしまった。

 せめてロスタイムをとアイコンタクトを送ったが応答はない。

 これは素直に従うべきだろう。


「分かった。シャーロット、悪いんだけど今日はここまでにしてくれる?」


「治療なら仕方ない。だが体は本当に大丈夫なのか?」

「平気だよ。頭の中の傷だから大事を取ってるだけなんだ」

 俺の言葉だけでは安心できないシャーロットはルディに顔を向ける。


「ロビン様には、とにかく安静が必要です。興奮させてはいけません」

「そんなつもりはなかったんだ。本当にすまない」

 性処理の申し出を注意されたと感じたシャーロットは律儀に謝罪した。

 何というか、竹を割ったような真っ直ぐでサッパリした性格だ。

 見ていて気持ち良いしすがすがしい気分になる。

 

「また会おうね、シャーロット」

 気付いたら、本音を口に出してしまっていた。


「もちろんだ。ロビンが呼べばいつでも会いに来るからな」

 再会の約束をしたシャーロットは少し寂し気な笑顔で去って行った。




「あのロビンが恋人と結婚の約束までしとったんか!?」

 シャーロットが帰宅したあと、直ぐに俺たちは捜査会議を再開した。


「しかも、三か月前から肉体関係が続いてたそうだ」

「嘘じゃろお・・・」

「恋人に飽きないように家でメイドに処理させてたとさ」

「ワシはもう話についていけんわい」

「ルディが聞き込みしたとき、そのメイドの話は出なかったか?」


「それが、誰もそんな話はしていませんでした。不思議です」


 んんん、つまり、どういうことだ?


「ロビンには恋人に言えない他の女性がいたのかもしれません」


 そうなるのかー。

 ドクターだけじゃなくて俺だってもう話についていけねーよ。

 でも、確認しなきゃいけないことがいくつかあるな。


「ドクター、ロビンはちゃんと避妊してたかな?」


「んん、ロビンじゃのうてシャーロットがしとるじゃろ」

「この世界では女の方が避妊するのが普通なのか?」

「というか、女が避妊薬を飲む以外に方法なんてなかろう?」

 なるほど。どうやらコンドームはまだないようだ。


「この世界では12歳で性交渉を持つのは普通なのか?」


「ワシの頃とは時代が変わったとはいえ普通じゃないじゃろ」

「上流家庭では間違いが起きないように処理することもあるようです」

「というと?」

「外で女性を襲ったり、家で姉妹と姦淫させない為です」

「それで新成人になったばかりの息子にメイドをあてがう訳だ」

「確かにそういう話はよく聞くのお」

「でもモア家ではそういうことは無かったんだよな?」

「はい、別に隠すことではないので本当に無かったと思われます」

 ふむ、要するにロビンは恋人を騙して他に女がいる早熟な肉食系なわけだ。


「この状況でロビンがシャーロットを捨てたらどうなる?」


「若気の至りということでモア家が慰謝料を払って終わりじゃろ」

「ただ、相手が貿易商でも名高いグレイブナー家ですから厄介です」

「グレイブナー商会の一人娘じゃったか。そりゃこじれたら大変じゃのう」

「そんなに不味いか?」

「モア家が持っとる港の倉庫を誰も借りんようになるかもしれんぞ」

「街中の社用ビルや賃貸アパートにも影響が出るかもしれません」

「被害額は大したことないかもしれんがモア家の信用に傷がつくわい」

「そうか・・・良く分かった。俺が何とかする」

 結婚の約束は15歳だ。

 それまでに解決策を見つけるしかないな。


「アリスの言ったこと、シャーロットと話してみてどう思った?」


「心に闇を抱えてるようには思えませんでした」

「俺もだ」

 闇どころか光のようにまばゆいキャラクターだった。

 実直でいさぎよい、まるで騎士道精神を持った女の子だ。

 だが何かトラウマみたいなものも持ってる可能性はある。


 とはいえ、ロビン殺人事件とは無関係だろう。

 ロビンへの想いは本物だ。あれが12歳の演技とは到底思えない。

 肉体関係を続けていて結婚の約束までしていた。

 だから殺す動機が無い。

 いるかもしれないロビンの別の女は知らないようだしな。

 仮に知ってたとしても殺すならその別の女だろう。


「シャーロットもシロのようだ。容疑者から外そう」


「はい。念の為に下着専門店でアリバイを確認しておきます」

「さすがだね。宜しく頼むよ」

 一区切り付いたところでルディの淹れた紅茶で口と喉を潤す。

 ふぅ、こうなると、ますますキャシーが怪しくなってくるよなぁ。


「ロビンを苛めとった加害者はどうなったんじゃ?」


 医者にして召喚士でもあるクラウリーの声は焦燥で少し震えていた。

 容疑者がまた一人減り、やはりキャシーが犯人ではとドクターも考えたようだ。

 

「シャーロットは何も知らなかったよ」


「・・・そうか。残念じゃのう」

「そう落ち込むな。まだキャシーが犯人と決まった訳じゃない」

「そりゃ分かっとるが、どうしても考えてしまうんじゃ最悪のケースを」

 俺も同じことを考えていたから気持ちは分かる。

 だから、あの美人ママを冤罪にしない為にも冷静に詰めていかないとな。


「キャシーの行動で腑に落ちない点があるんだ」


「何じゃ?」

「キャシーの性格だと、一時の激情に駆られて最愛の息子のロビンを殺してしまったら、そのまま絶望してロビンの後を追って自殺するんじゃないか?」

 シェイクスピアの悲劇に留まらず、最愛の人を失った者が発作的に後追い自殺をするというのは、古今東西よくある話だからな。

「それは有り得んじゃろ」

「何故だ?」


「自殺は地獄行きじゃ。煉獄れんごくか天国にいるロビンにもう会えなくなるわい」


「へぇ、そういうものなのか」

「自殺者は教会の墓地にすら埋めてもらえん。死後に誰にも祈ってもらえんのじゃ。そうなると煉獄から直ぐに地獄へ落ちるわい」

 はぁ~、宗教なんてまるで興味がなかった俺にはできない発想だ。


 あっ、そういえば煉獄でロビンが俺の足にすがって泣いてたとき、「よみがえったら今度こそ自殺しちゃう」なんてことをうわ言のように呟いていた!

 あれは、地獄行きを怖がってもいたんだ。

 だから生き返りたくなかったのか。

 まぁともかく、キャシーのこの点の疑問は消えた。今はそれだけでいい。


「キャシーが犯人ではないと仮定したときの話を聞いてくれ」


「今度は何じゃ?」

「その場合、一口噛んだリンゴを置いて事故に見せかける理由はなんだ?」

「・・・キャシーは誰かをかばう為にやった事になるのお」


「そうだ。殺人を犯した者をかばったと見るべきだろう。それは誰だ?」


「普通に考えれば家族じゃろう」

「家族のアリスとブリジット、マックスにはアリバイがあった」

「すると、アイリーンか?」

「そうなる。だがアイリーンにあんな真似が出来るかはなはだ疑問だ」

「確かにのお。アリすら殺せん性格じゃわい」


「家族以外にキャシーがかばいそうな人間はいるか?」


「おらんじゃろのお。少なくともワシには思い付かん」

「キャシーには愛人とか昔の男はいないのか?」

「アホかっ、そんなもんおるわけないじゃろが!」

「ルディ、その辺、実際のところはどうなんだ?」


「愛人の噂はいくつかありました」


「嘘じゃろお・・・」

 ほーら見ろ。やっぱりいるんじゃないか。

 夫から放置されて肉体を持て余した上流階級の女だぞ。

 一人や二人の愛人がいたって不思議じゃない。


「で、その不倫相手は誰なんだ?」


「使用人たちが一番噂していたのは、ドクターです」


 お前かーい!


「ドクター、どういうことか説明してもらおうか?」


「し、知らんわい!説明して欲しいのはワシの方じゃ!」

「良いだろう。俺が説明してやろうじゃないか」

「はぁ? 何を言うとるんじゃお前さんは?」


「ドクターはキャシーの愛人だったが、キャシーが息子のロビンを溺愛できあいして自分のことを二の次にするのが許せなくてロビンを殺した。どうだ筋は通るぞ」


「無茶苦茶じゃ。それならワシがロビンを蘇生させる訳ないじゃろ」


「ま、そういう事だな。単なる冗談だ。ハハハハハ」

「勘弁してくれ。心臓に悪いわい」

 初老のドクターにはこくだったか。

 本当に倒れられても困るんで話を進めよう。


「で、ルディ、他の愛人候補は誰なんだ?」


「グレースピア・カレッジの現学寮長、ベルディーン市長などです」

「その信憑性は?」

「ありません。どれも噂の域を出ない作り話でしょう」

「そうか。誰かいると思ったんだがなぁ」

「えー加減にせい。キャシーはそういう女じゃないわい」

 ふーん、ドクター愛人説はガセだが、ドクターがキャシーを好きなのは当たりかもな。ま、そっとしておいてやろう。


 しかし、キャシーがかばってるのが家族でも愛人でもなければ誰なんだ?


 そもそも、誰もかばってなくて、やっぱりキャシーが犯人なのか?


 うーん、キャシー犯行説のピースはもう揃ってていい筈なんだが・・・

 最愛の息子・・・過度の愛情・・・ロビンの拒絶・・・リンゴの木・・・

 転落事故・・・殺人事件・・・偽装工作・・・自殺・・・地獄行き・・・

 ロビンの恋人・・・婿入り・・・三角関係・・・誰かをかばう・・・・・


 あ、あああ、ああああああ、ああああああああああ!!!


 分かったぞ!


 キャシーがどうしてかじりかけのリンゴで偽装工作をしたのか!

 それだけは分かった。間違いない。

 この仮説で無理なく矛盾なく筋が通る。

 よし、そういうことなら今夜にでも決着を付けよう。


「ドクター、今夜は一緒にモア家の館に行ってくれないか?」

「おお、そりゃ構わんがどうしてじゃ?」

「キャシーの精神安定の為にドクターが必要なんだ」


「ルディ、モア家に行ってドクターが同行する旨を伝えて来てくれ。その足でシャーロットのアリバイ確認も頼む」

「承知しました」

 

 さあ、待っていろよキャシー。

 もう直ぐお前を罪の意識から解放してやるからな!

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