第26話 妄想

「いいことロビン、シャーロットは貴方の恋人でも何でもないのよ」


 えええええ!

 

 シャーロットがロビンの恋人じゃないだと・・・?

 この美人ママ以外の全ての関係者がシャーロットはロビンの恋人だと証言してるんだから、その主張はさすがに無理があるだろ。

 いくら息子を溺愛できあいしてるからってこれは酷いな。

 

 そもそも、記憶を失ったロビンに嘘の思い出話を語って都合の良いストーリーを擦り込もうとしたのはこの女だ。

 あの時はまんまとだまされたが、もう同じてつは踏まんぞ。


「だけど、みんながそう言ってるよ」

「違うのよぉ。あの女は貴方につきまっとってるだけなの!」

「僕みたいな冴えない男にあんな凄い女の子がつきまとうわけないよ」


「あぁどうして?どうして誰も分かってくれないのぉ?」

 取り乱したキャシーは俺の両腕を掴んで揺さぶり始めた。


「どうして皆、私からロビンを取り上げようとするのぉぉぉ!?」

「ちょ、ちょっと落ち着いてママ。ねぇ、痛いよ、ママ」


 ソファーで控えていたルディが近づいて来る気配がした。

 俺は顔だけそちらへ向けて少し待ってくれとアイコンタクトを送る。


「私を一人にしないで!お願いよロビン!ママを捨てないでぇぇぇ」

 あらら、興奮状態になってちょっと手が付けれないな。

 とにかく、どうにかして無理やりにでも鎮めないと埒が明かない。


 俺は哀願を続けるキャシーの口をキスで塞いだ。

 

 3分程そうしていると三十路みそじ美女はやっと落ち着いてくれた。

 だが、またいつ騒ぎ始めるか分からない。

 聞きつけたメイドでも飛び込んできたら面倒この上ない。

 早急に美人ママの心に空いたスペースを埋めておかねば。


「僕はずっとママのそばにいるよ」

「婿入りなんかしない。ずっとこの家にいるよ」

「僕が大好きなママを捨てたりするわけないじゃない」

 

 そんな言葉をキスしながら無限ループで囁き続けた。

 いつしかキャシーは最愛の息子からの愛情表現に陶酔した顔を見せる。

 ふぅ、ちょっと揺さぶりが過ぎたが何とか収まってくれたな。

 あとはもうこのまま静かに眠ってもらおう。


「ママ、ドクターに教わったマッサージをしてあげるね」


 俺は裸のキャシーをうつ伏せに寝かせて首元から揉み始めた。

 十代の頃から死ぬまでトレーナーにマッサージを受けて来たからな。

 いつの間にか俺もそこそこ出来るようになっていた。

 

「どう? 気持ちいい、ママ?」

「んんっ・・・凄く気持ち良いわぁ、ロビン」


 よし、俺の技術はこの異世界の人間の身体にも通じるようだ。

 自信を持って、首から両肩へ、そして背中へと両手を動かしていく。

 

「あぁ・・・とても良いわ・・・本当に上手よ、ロビン」


 美人ママの声がちょっと色っぽくなってきた。

 こっちまで変な気分になって来るじゃないか。

 そろそろ切り上げた方が無難だな。


 最後にお尻をマッサージして一丁上がりだ。

 キャシーは心地よさでグッタリとしている。


「ルディ、あの薬をくれ」

 声には出さずアイコンタクトで伝えた。

 アマゾネスナースは即座に反応し薬を盛ったスプーンを渡してくる。


 俺はその薬をまず自分の口に含む。

 そして美人ママの顔を上に向けて口移しで飲ませてあげた。

 キャシーは直ぐに深い眠りにつき、穏やかな寝息をたて始める。

 効果抜群で助かるが、この薬、悪用されたらかなりヤバイよな。




「・・・という訳で、アリスとブリジットはシロと判断した。どう思う?」

 モア家の館で朝食を食べてからクラウリーの家に戻った俺たちは、ドクターを加えた三人で捜査会議を開始していた。 


「そのアリバイとやらが確実なら犯行は無理じゃのう」

「ロビンを探しに行かずモア家に残った使用人から裏も取れています」

 いつの間に!

 本当にルディの活躍には頭が下がる。


「殺人を誰かに依頼したという可能性もなくはないが、そこまでしてロビンを殺す動機が無い。それに二人とも殺人を犯すような性格とは思えない」

「アリスは当然じゃが、ブリジットもそうなんか?」

「無愛想だから冷たい印象を受けるが至極真っ当な人間だった」


「そうなると、やっぱりキャシーの犯行なんか・・・」

 ドクターは右手をひたいに当ててうつむき深いため息をついた。

 

「まだ決めつけるのは早い。別の容疑者も浮かんできたしな」

「ほ、誰のことじゃ?」

 ドクターが藁をも掴むという感じで訊いてきた。


「グレースピア・カレッジの学寮長選挙に出るマックスのライバルたちだ」


「どいうことじゃ?」

「選挙はマックスの圧勝というのが下馬評らしい」

「つまり、ライバルたちが選挙に勝つためにやったというんか?」

「例えば、誘拐して出馬を辞めろと脅迫するつもりが手違いで殺してしまった」

「ふむ、ありそうな話じゃわい」

「そう思うか?」

「グレースピア・カレッジの学長選は昔から色々あったでのう」

「なんだ、詳しいのか?」

「そりゃワシも卒業生じゃからな」

「そりゃ奇遇だな!」

 ほんと妙な所で繋がりがあるもんだ。

 こっちの容疑者はドクターに任せられるかもしれん。


「ワシが在学中の学長選でも殺人が起こっとったわい」

「本当かよ!」

「ほんまじゃ。しかも立候補者が殺されたわい」

「とんでもないな」

「それだけ学寮長の座は魅力があるんじゃ。人を狂わせる程にのう」

「ブリジットに聞いたよ。領主みたいなもんだってな」

「ここベルディーンの市長に匹敵する地位じゃよ」

「俺には想像もつかん話だ」

「しかも市長は貴族しかなれんが、学寮長は平民でもなれるんじゃ」

「つまり、平民でも領主のように振舞える唯一のポジションなわけだ」

「野心家たちが群がるのも道理じゃろ」

 確かにな。

 功成り名を遂げようと野望を燃やす平民たちには夢のような地位だ。

 それだけに、ロビンの殺人に関わっていても不思議じゃない。


「ドクター、学寮長選挙の対立候補を調べてくれないか」

「おお、任せておけ。久しぶりに母校へ足を運んでみるわい」

「頼む。俺はまた狙われるかもしれないから動きにくいんだ」

「そうじゃの。ワシが明日にでも調べてこよう」

「ありがとう。本当に助かる」

 よし、これでマックスの敵の方はドクターが担当してくれる。

 俺は午後にここを訪れるシャーロットに専念しよう。

 だがその前にやっておくことがあるな。




「ルディも随分と慣れてきたんじゃないか?」

 ベッドの上でまだ荒い息を吐くアマゾネス嫁に囁いてみる。

 今日は昼からシャーロットと会うので子作りを午前に前倒ししていた。


「・・・そうでしょうか」

 俺を優しく抱き締め余韻に浸るルディの声はかぼそく甘い。


「そうだよ。どんどん反応も声も大きくなってる」

 積極的になってきたねとアイコンタクトしてからかってみた。


「・・・知りません」

 羞恥で頬を染めた超巨娘は俺の口を柔らかな唇で塞いでくる。

 ほら、やっぱり積極的になったと思いながら俺もそれに応えた。


 俺が憑依したロビンの体も少しずつだが強くなっている。


 転生した初日の夜に3回やった時は体力切れと魔力切れで動けなくなった。

 だが今は、3回やってもまだ少し体力が残っている。

 まぁ一騎当千のアマゾネス相手に何度も奮戦してるのだから当然か。

 それに俺は生前のロビンと違ってバランス良くモリモリ食べてるしな。

 魔力を吸われ尽くしたことによる精神的な瀕死状態にも徐々に免疫ができつつある。良い傾向だ。きっと3回の壁を破る日は近い。


「昨夜のこと、ルディはどう思った?」

 ドクターの前では訊きづらかったのでこの場にした。

 そんな俺の意図を賢いアマゾネス嫁は察知する。

 

「またキャサリンの願望、妄想ではないでしょうか」

 

 だよなぁ。

 シャーロットは俺の恋人ではなく、彼女が付きまとってるだけ。

 そんな話はさすがに信じられない。


 先日、ほんの少しだけだが実際に会うことができたシャーロットは、とてもロビンと同じ12歳とは思えないぐらい体格も性格も大人びていた。


 あの正義感と責任感の強そうな凛々しい少女が男の魅力に欠けるロビンのストーカーというのは無理がある。その逆なら分からんでもないがな。


「やはり、息子を溺愛し依存するキャシーの妄想だろうな」


「同じ女性として共感は出来ませんが気持ちは分かります」

 俺も人の親として共感は出来ないが気持ちは分からんでもない。

 それだけに、やりきれない気分だ。


「ただ、アリスの言ってたことも気になるんだよなぁ」

 シャーロットには心の闇があって好きになれないと言っていた。

 人を貶すことなどない無邪気な妹の言葉だけに忘れられない。

 君はどう思うと隣の女戦士にアイコンタクトを送る。


「シャーロットから悪い気配は特に感じられませんでした」


「そうか。まぁ今日また会って話をすれば色々と分かるだろ」

 ロビンの恋人は重要参考人だが、まだ容疑者でもある。

 ルディという護衛と十分な用心を持って会談にのぞもう。

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