第24話 父親マクシミリアン・モアの野望
おいおい、嘘だろぉ。
どんなダメ人間にだって何かしら美点を見つけて褒めてやりそうなアリスが、好きになれないとバッサリ切り捨てるなんて尋常じゃないぞ。
しかも
・・・いや、ロビンの恋人だからなのか?
キャシーと対立して
捜査のためにもその辺を探っておいた方がいいな。
「アリス、どうして好きになれないの?」
「あの人には、どこか暗いものを感じるの」
これはまた抽象的な理由だな。
しかし、あの活発で凛々しい少女の心に秘めた闇があるってのか。
俺はちっとも気付かなかったけどな。
ま、クララの時のコスプレの件もある。
人間なんてどんな意外な秘密を持ってるのか分かったもんじゃないか。
「暗いものって具体的にどんなことかな?」
「それが分からないの。でも何か良くないものを感じるのよ」
「シャーロットに嫌なこと言われたりした?」
「いいえ、それはないわ・・・」
「アリスは僕とシャーロットが付き合うのに反対なのかな?」
「私はただ恐ろしいの。お兄様があの人の心の闇に飲み込まれてしまうのが」
うーん、そう言われもなあ。
とにかく妹は兄の恋人に漠然とした不安を感じてるようだ。
天賦の才を持つアリスの言うことだからスルーはできない。
シャーロットには何かあると念頭に置いて対応するべきだろう。
「ありがとう、アリス。そうならないよう気を付けるよ」
「本当よ。本当に気を付けてね」
目を潤ませて心から案じてる妹に俺はニッコリと笑顔で大丈夫と答えた。
ふぅ、まさかシャーロットのことでアリスがこんなに心配してたとはな。
とりあえず7歳の美少女を泣かせたくないから話題を変えよう。
「パパは最近ずっとカレッジに泊まってるそうだけど何かあるの?」
「学寮長選挙に出るのよ」
ブリジットが少し愉快そうに答えてくれた。
本当に面白いのか、沈んだアリスを元気づける為か判断に迷うな。
しかし、学寮長の選挙ってなんのことだ?
学寮は学生寮のことか。
その寮長を決めるのに選挙するって何か変だな。
そもそも弁護士で教授で市長の相談役でもある父マックスが寮長に立候補すること自体がおかしいだろ。何か情報に
「学寮長って偉いの?」
「ウフフフ、お兄様ったら」
おお、素朴な疑問だったのに落ち込んでたアリスが笑ってくれた。
「記憶が無いからなのか元々知らないのか、
くっ、無愛想な従姉は言葉も表情も冷たい。
「学寮長はカレッジで一番偉い人よ、お兄様」
えっ、学生寮の寮長が大学で一番偉いっていうのか?
これは絶対に俺がどこかで誤解してるな。
ブリジットに馬鹿にされようが素直に訊いた方がいいわ。
「何も思い出せないんだ。詳しく教えてよ」
「ベルディーン大学は12のカレッジで構成されているわ」
んんん、大学とカレッジは別物だったのか。
「そのカレッジの中でも最大規模で
つまり、複数のキャンパスを持った大学みたいなもんか。
そんでカレッジが学寮のことだな。学寮長はカレッジ長と。
「グレースピア・カレッジの学寮長が引退するので近々選挙があるの」
へぇ、そのカレッジで一番偉い人にこれからなろうってわけだ。
やっぱりロビンの父はドクターが言ってた通り切れ者みたいだな。
「立候補する伯父はその準備でカレッジに泊まり込んでるのよ」
学寮というぐらいだから、学生たちは寄宿生活をしてるんだな。
その施設にマックスも世話になってるわけだ。
さて、俺が考えるべきは、この学寮長選挙が事件に関わってるかどうかだ。
選挙戦のライバルがロビンを害したという可能性がなくもない。
本来は人質にして利用するつもりがうっかり殺してしまったとかな。
「パパ以外には誰が立候補してるの?」
「さあ、誰だったかしら。他に男女が一人ずついたと思うけど」
「パパは勝てそうなの?」
「まず間違いなく勝つでしょうね」
息子を
マックスの当選確実ならライバルが汚い手を使って来ても不思議じゃない。
「その学寮長選挙は不正とか、何か悪い噂ってないの?」
「変なことに興味をの持つのねえ」
おっと、ロビンの正体を怪しまれたら困る。誤魔化さないと。
「だってパパの大勝負じゃない」
「そうよね。パパの晴れ舞台だもの正々堂々とやってほしいわ」
気を取り直したアリスも話題に乗っかってきた。一安心だ。
「学寮長選挙はいつだって
おいおい、また大袈裟だな。
「グレースピア・カレッジのように多大な財産を持っていれば特にね」
多大な財産!
それはどういうことだ。何か急に不穏な匂いがしてきた。
「財産っていうと?」
「カレッジが持つ土地や建物、貴重な蔵書などよ」
「そんなに広いカレッジなの?」
「そうね、森や農園も含めたら相当なものでしょうね」
森に農園ってどんな大学だよ。
「どうしてカレッジにそんなものがあるの?」
「卒業生や在校生の親が寄贈するからよ」
「それは凄いね~。管理はどうしてるの?」
「カレッジが管理者を雇ってるわ。実際の作業には苦学生も授業料代わりに労働してたり単にアルバイトしてたりするわね」
はぁ~、俺の知らない世界だな。
スポーツ特待生だった俺の大学生活なんてサッカー漬けで他は何もなかった。講義や単位や試験なんてほにゃらららだ。
「カレッジにはある程度の自治が認められているの。そうなるともう大規模カレッジの学寮長は領主みたいなものだわ。野心のある者なら誰だってなりたがるでしょうね」
むぅ、学寮長の座がそんなに価値のあるものだったとはな。
ロビンの父のマックスは包容力のあるナイスガイという印象だったが、実は相当の野心家だったわけだ。人物像の修正が必要だな。
しかし、最初はひょっとしら程度の疑惑だったけど、選挙戦のライバル候補たちは十分にロビン殺害の容疑者候補でもあるだろうなこれは。
ああ、容疑者がまた増えちまったなぁ。
とにかく一度グレースピア・カレッジに行って調査するべきだろう。
「パパが学寮長に選ばれるのは嬉しいけど、家からいなくなるのは寂しいわ」
「えっ、当選したら家を出て行っちゃうの?」
「学寮長なんだから学寮に住むのは当たり前でしょ」
「そ、そうなんだ・・・あっ、じゃあママは? ママはどうするの?」
「グレースピア・カレッジ程の規模なら学寮長は家族で住むのが普通だけど、キャシーはモア家の当主だから無理ね。アリスは次期当主だし、アイリーンは社交性に問題があるし、あなたは大怪我をしたばかり。きっと伯父の単身赴任になるわ」
そうか。マックスとは知り合ったばかりなのにな。
事件が解決して安全が確保できたらアリスと一緒に遊びに行こう。
「パパが学寮長になるのは嬉しいけど厄介な問題も起きてしまうのよねぇ」
アリスは人差し指を頬に当てて首をかしげ悩ましい表情を見せる。
「厄介な問題ってなんだい?」
ロビンである俺にも関わってくるだろうから把握しておかないと。
「記憶を失ってもあなたは鈍いままだわね・・・」
行き遅れ家庭教師にまた呆れられてしまったようだ。
でも今はそれどころじゃない。
俺は既にエレガンスを身につけた7歳の妹に目を向ける。
するとアリスはさも一大事のように来るべき未来を報告した。
「パパがいなくなったら、この家はまた五人家族になってしまうわ!」
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