第23話 妹アリス・モアとお茶会

「私のこときっと何か思い出してくれたのでしょ?」

 7歳の少女らしい可愛いアリスの部屋でのお茶会。

 妹はルディが淹れた紅茶で口を湿らせてから俺に問いかけた。

 その顔は期待に満ちて眩しいほど輝いている。

 

「ゴメンよ。アリスだけじゃなくてまるで何も思い出せないんだ」


 妹だけでなく従姉にも念を押すように言ってみた。

 お前らが犯人でも俺は憶えてないぞと伝える為だ。


「もぉ本当にヒドイわ。私のこと何も憶えてないなんて」

 細い眉を吊り上げてエメラルドグリーンの瞳で睨まれる。

 そんなツンとした顔もハッとするほど愛らしい。

 

「でもそのお陰で良いこともあったよ」

「あら、何かしら?」

 今度はいかにも興味津々という顔をアリスは見せた。


「僕の妹はこんなに可愛い女の子だったんだって感動できたからね」

「まぁお兄様ったら。お世辞でも嬉しいわ」

 アリスは少し照れながら甘えた笑顔を向けて来る。


 本当に表情が豊かな女の子だな。

 そしてどんな表情でも可愛くて絵になる。だから目が離せない。

 これは星の数ほど男を泣かせそうだ。


 さて、妹のアリスには今のところ危険な匂いが全くしない。

 見た目通りに天真爛漫で裏表の無い性格だと思う。

 問題は従姉のブリジットだな。

 父マックスの姪で22歳の行き遅れ家庭教師だ。

 ロビンを溺愛する母キャシーと上手く行ってない感じだった。


 もしもキャシーを憎んでいるのならロビンを殺す動機になる。


 最愛の息子を失ったキャシーは廃人の様になるだろうからな。

 下衆の勘繰りだが、例えば伯父のマックスを愛していたブリジットが、伯父を奪ったキャシーを憎んで犯行に及んだという可能性だってなくもない。

 俺には魅力的に見えるこの女性が行き遅れたのもそれで筋が通る。

 容疑が晴れるまでは、この妖しい美貌の従姉を用心しておくべきだろう。


「何をジロジロ見てるの?」


 ビクン!

 突然その従姉からクレームが飛んで来て座っていた上体が跳ねた。

 チラ見してただけだったんがバレバレだったか。


「そんなに行き遅れ年増女の家庭教師が珍しい?」

 うわっ、さらに自虐ネタまでぶっこんで来たぞ。

「もぉ、お兄様ったらそんなことを考えてたの?」

 アリスまで乗っかってきた!

 とにかく適当に誤魔化しておかないと。


「ううん、記憶が無いから従姉に見えなくて不思議な感じなんだよ」


「そう、じゃあ今はどんな風に見えてるのかしら?」

 くっ、そうきたかー。


 俺は改めて丸いテーブルの右隣りでお茶をしているブリジットを観察した。

 濡れたような漆黒の髪が胸まで伸びている。

 伏し目がちの両眼も同じ色だが時にブラックパールのように鋭く輝く。

 ほんの少しだけ厚目でふくよかな唇はワインレッドに塗られていた。

 間違いなく美人だ。

 しかし、愛想がゼロなので見る者に暗く冷たい印象を与えていた。

 

 身体は肉付きの良いグラマラスなスタイルだ。

 立ちえりのある純白のフリルブラウスは品のある従姉に良く似あっていた。

 光沢のある黒のロングスカートの左側に大きなスリットが入っていて、右隣りに座る俺には雪のように白い太ももが眩しいほど魅惑的に映る。

 本当にどうしてこんなに魅力的な美女が売れ残るんだ?

 

「もったいないよなぁ」


「それはどういう意味かしら?」

 しまった!

 従姉の容姿に魅了されてうっかり心の声が漏れてたか。

「何が勿体ないのお兄様?」

 あぁ、やっぱりアリスも乗っかってきた。

 とにかく適当に誤魔化しておかないと。


「どうしてこんなに綺麗なのに結婚できないのかなって」


「そうよね!そうよね!」

 評価されたブリジットではなくアリスが凄い勢いで喰いついてきた。

 

「ブリジットはこんなに美しいのだもの。この魅力が分からないなんて大人の男の人はどうかしてると思うわ。でもお兄様は別よ」

 興奮気味の美少女はニッコリと天使の笑顔を俺に見せた。

 そんなに従姉が褒められて嬉しかったのか。

 何だかこっちまで嬉しくなってきて口も軽くなってしまった。


「本当だよね。従姉じゃなかったら僕が交際を申し込んでたよ」


「まぁお兄様ったら!」

 アリスの顔がさらにパァっと明るくなった。

 そして満面の笑みでブリジットを見る。


「ねぇ、お兄様がここまで言ってるのだから考えてあげて」


 えっ!


 もしかして、この異世界では従姉と結婚できるのか?

 ていうか日本でもできたような気がする。

 何か俺が口説いたみたいな感じなってしまってるなこれ。

 俺の後ろで立って控えているルディの息が荒くなってる。ヤバイ。


「ロビンは成人年齢に達したけれど、まだまだ子供よ」

 俺に称賛され口説かれた形の従姉は全く嬉しそうではなかった。

 むしろ表情がさらに暗く硬くなったようにすら見える。


「その内に美意識が備わってきたら分かるわ。私は綺麗でも美しくも無いとね」

「もぉ、またそれで誤魔化すんだから」

 食い下がろうとするアリスを従姉は目で抑え付けた。

 どうやらこの話はこれで終わったようだ。正直助かる。


「だいたいロビンにはもう恋人がいるでしょう」


 それはシャーロットのことか!


 美貌の従姉は、妖しく光る黒真珠のような目を俺に向けて、子供は子供同士で仲良くしてなさいと冷たい表情でハッキリと伝えてきた。

 ゾクゾクっと背筋に戦慄が走ったが、今はそれどころじゃない。

 ロビンの恋人のことを知っているということは、そのシャーロットとキャシーの対立も恐らく知っている筈だ。

 ここは当然、情報収集をするべきだろう。


「シャーロットのこと何か知ってるの?」


「メイドたちが知ってることぐらいならね」

「僕もシャーロットという恋人がいると聞かされたけど何も思い出せないんだ。どんな女の子か教えてくれないかな?」

「さあ、私は会ったことすらないから分からないわ」

「そうなんだ・・・」

 何か隠してるかもしれないが追及はできないな。

 残念だが今は収穫無しで大人しく引き下がるしかない。


「アリスなら何度か会ったことがある筈よ」


 マジかっ!


 さすがモア家の希望の星だ。次期当主だ。

 ちゃんと兄の恋人まで把握してるとか実に如才じょさいない。

 これでまだ7歳だというんだから驚きだよ。

 

 俺は期待を込めてその有能な妹に目を向ける。

 そしてさらに驚かされた。

 あの天真爛漫で元気溌溂としていたアリスが意気消沈している!

 こんな辛そうな暗い表情は初めて見た。


 一体どうしたっていうんだ?

 無性に心が騒いでる俺にアリスは思いがけないことを告げてきた。 


「御免なさいお兄様。私はシャーロットさんのこと・・・好きになれないわ」

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