第22話 待ち伏せ返し

 シャーロット!!


 待ち伏せして会おうとしてた重要参考人が逆に俺を待ち伏せしてた?

 これは願ってもない幸運だ。この機を逃してはならない。


 俺は馬車から飛び出そうしたが、そこでハッと思い出した。

 このロビンの恋人は容疑者でもある。まずは警戒しないと。

「ルディ、馬車を脇に寄せて彼女を僕の所へ」

 アマゾネス嫁は、そうです、まず私が接触しますとうなずいていた。



「本当に君がシャーロットなの?」

 馬車の奥の席から入り口に近い席にいる自称ロビンの恋人に質問した。

 ロビンの同級生にしては体格が良すぎるし性格もしっかりし過ぎている。

 とても同じ12歳とは思えない。

 16歳の姉アイリーンの友達と言われた方がしっくりくる。

 まずは冷静に本人確認からするべきだろう。


「そうだよ・・・あぁ、ロビン、生きていてくれたんだな・・・」

 海を想わせる青い瞳に涙が滲んで揺れている。

 だが申し訳ないけど、まだ信用する訳にはいかない。

「身分証明書を持ってるかい?」

「ああ、持っているぞ」


「待ちなさい!」


 スカートのポケットに手を入れようとしたシャーロットをルディが止めた。

「私が取り出します」

 ルディは女生徒の黒いブリーツスカートから手帳を引き抜き中をあらためた。

「間違いないようです」

 良かった。この勇ましい少女はシャーロット本人だ。

 彼女にはきたいことがたくさんある。

 早速、いろいろと答えてもらうとしよう。


「ロビン、誰かがこちらへ向かってきます」

 何ぃぃぃ?

 まさかシャーロットは陽動でそっちが刺客の本命か!

 

 コンコンコン


 えっ?

 馬車の扉がノックされたぞ。

 襲う前に知らせる刺客はいないよな。

 じゃあ誰だ?


「ロビン様、到着が遅れているのでご心配されたキャサリン様が探しに出ようとされています。お急ぎ下さい」

 なんだ、モア家のメイドか。

「シャーロット嬢と一緒の所を見られては大変な騒ぎになります」

 あっ、そうだった。

 冷戦状態の二人をここで遭遇させる訳にはいかん。

「ありがとう。直ぐに館へ向かうよ」

「はい、キャサリン様にその様にお伝えします」

 メイドはお辞儀をして館へと戻って行った。

 ふぅ、気の利くメイドで良かったよ。


「シャーロット、明日にでも会いたいんだけど都合は?」

「午前は学校だが、午後なら何時でも構わない」

「医者のクラウリーの家は知ってるかい?」

「ああ、知ってる。そこに行けばいいのか?」

「うん、でもこの事は誰にもバレないようにね」

「分かってる。私たちだけの秘密だ」

 純粋な好意と真摯な眼差しを真っ直ぐに向けられた俺はその熱量に警戒心を解かされ思わず見つめ合っていた。この娘、凛々しくて綺麗な顔立ちをしてるよな。


「さあ、急いで。キャサリンが出てくると面倒な事になります」


 ルディの声にハッと我に返った。嫁さんちょっと苛立ってるな。

 でも浮気じゃないから許してくれ。少しだけ見惚れただけなんだ。


「シャーロット、必ず明日会って欲しい」

「ああ、必ず会いに行く。何があってもだ」

 同級生の少女は爽やかな笑顔を残して馬車から下り走り去って行く。

 その後ろ姿を見届けてから俺たちはモア家の館へと向かった。



「あぁロビン、遅いのでママとても心配したわ」

 玄関ホールに入るなり、キャシーに抱き締められた。

「途中でロビン様の気分が悪くなられたので治療をしていました」

 ルディの言葉に不安を掻き立てられた美人ママは俺の顔を間近で見つめる。

「大丈夫なのロビン?」

 最愛の息子を心から心配しているようだが、俺は心を許してはいけない。

 目の前の美女は、動機・証拠・アリバイの全てがロビン殺害犯だと告げている第一容疑者なんだ。


「平気だよ。治療でちょっと疲れただけだから」

 俺は内心の疑惑を極上の笑みで覆い隠した。



「パパはどうしたの?」

 幸せそうな顔をしながら俺の為に肉を切り始めた母キャシーに訊いた。

「マックスはここのところずっとカレッジで生活してるのよ。はい、ア~ン」

 カレッジ?

 大学で生活してるってことなのか。

 たしかベルディーン大学の教授だったよな。

 俺は母性本能全開のキャシーが口に入れてきた肉を食べながら思考を続ける。


 しかし、ここのところずっと大学で家には不在だったという点は気になる。

 一昨日のロビン転落事故(殺害事件?)の時は家に居なかったってことか。

 マックスのアリバイも一応は確認しておいた方がいいだろう。


「じゃあ僕が木から落ちた日もずっとカレッジにいたんだね?」


「・・・そうよ。大変な時期だけど貴方の一大事だから直ぐに来てもらったの」

 ということは、事件当時に大学にいたのは間違いないか。

 つまり、マックスにはアリバイがあるということだ。


「もうよしましょう、その話は。はいこれも美味しいですよ~」

 事件については触れて欲しくないキャシーは強引に話を断ち切った。

 むぅ、ガードが堅いな。

 ま、焦らずにじっくりと攻めるさ。

 こちらには、シャーロットという大きな手掛かりがある。

 彼女から話を聞いて情報を精査したうえでキャシーを追い詰めるべきだろう。

 という訳で、今は第一容疑者を油断させておくか。


「ママ、そっちのパイが食べたいなぁ」

「良いわよぉ、いま切ってあげますからね~。はい、ア~ン」

 パク。もぐもぐ。ゴクン。

「美味しい、ロビン?」

「うん、とっても美味しいよ」

 俺の返事に幸せの絶頂のような笑みを見せるキャシーに思わず見惚れた。

 ちょっとヤバイな。

 こんな顔を見せられたらどうしても警戒心がゆるんでしまう。

 何か別のものに意識を向けないと。


「アリス、食べ終わったらお部屋に行くからね」

「まぁ嬉しいわ!お約束を憶えてくれてたのね!」

 従姉のブリジットと談笑していた妹は誰もが虜になる笑顔を俺に向ける。

 思わずドキッとさせられた。キャシーとは別の意味でヤバイ。

 早くこの美少女の魅力に慣れないと今にポカやらかしそうだ。


「あら、じゃあ私もお邪魔しようかしら」

 

 ブリジット!?


「ええ、是非いらして!」

 あらら、アリスが承諾しちまったよ。

 俺としては、誰にも邪魔されずに妹から情報を得たかったんだが。

 まぁ仕方ないか。ここで俺が反対したら変に思われる。

 しかし、ブリジットはどういうつもりなんだろうな。


 俺とアリスを二人きりにしたくなかったのか?


 アリスから俺に聞かせたくない話でもあるとか。

 それを阻止する為に介入してきたのかもしれん。

 可能性だけ言えば、アリスとブリジットの共犯だってある。

 ちょっと深読みし過ぎだが、警戒するにこしたことはない。

 護衛のルディがいてくれて本当に助かる。

 

「駄目よロビン、まだ安静にしていないと」

 あらら、今度はキャシーが嫉妬して反対してきた。

 いや待て、本当に嫉妬か?

 キャシーもアリスから俺に聞かせたくない話があるのかもしれん。

 ここは美人ママを振り切ってでもアリスを取るべきだな。


「約束してたんだ。少しの時間だけだからいいでしょ。ね?」

 中身はオッサンだが見た目は少女のように可愛いロビンの懇願を喰らえ。

「でも無理をしたらいけないってドクターも仰ってるのよ」

 チッ、最愛の息子のおねだりでも駄目か。

 じゃあこれならどうだ。


「大丈夫だよ。アリスとお話しした後はママとお風呂にも入るからね」


「あらあら、ロビンはもう大人なのにママにお風呂に入れてもらうの?」

 ブリジットが呆れたという感じで茶々を入れてきた。


「ロビンは治療中なのだから私が世話をするのは当然ですわ」

 敵意をむき出しにしてキャシーが丁寧な言葉で噛み付いた。

 おいおい、ここで喧嘩は止めろ。これ以上話をややこしくするな。

 

「お風呂とベッドはママと一緒だから少しだけ許してよ。ね?」

「・・・良いわ。でも本当に少しだけよ」

 よし、昨夜の甘い記憶で気分が良くなってOKしてくれたな。

「ありがとうママ。大好きだよ」

 キャシーの手を握りながら耳元で囁いておいた。

 お願いを聞いてくれたら、こうやってご褒美をあげておかないとな。

 その撒き餌が次のお願いにも効いてくる筈だ。

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