第20話 まさかの三角関係

「キャサリン・モアの歯形とリンゴに残された歯形が一致しました」


 まぁ、そんな気がしてたよ。

 悪い予感てのは当たっちまうもんなんだよなあ。

「嘘じゃろ・・・・・」

 だがドクターはこの結果が信じられないようで放心状態になってる。


「キャサリンの歯形とリンゴに残った歯形の模型でアルフィン紙を噛ませて縁取りをしました」

 ルディは歯形がマーキングされた透けるほど薄い二枚の紙をドクターの目の前で重ね合わせる。

 すると、二つの歯形はピッタリと一致した。


「なんでそうなるんじゃ?こんな事あってええ訳ないじゃろ?」

 キャシーとの歴史が長い分、後ろから刺されたようなショックだろうな。

 しかし、いつまでも呆けられたら困る。

 事実は事実として受け止めて先の事を考えないと。


「ドクター、まだキャシーの犯行と決まった訳じゃない」

 事件への関与は明らかだが、気休めでも言って爺さんを現実に引き戻してやらないと。お前が一番あの美人ママに詳しいんだからしっかりしてくれ。

「そ、そうじゃな。きっと巻き込まれただけじゃ」

 よし、何とか立ち直ってくれたようだ。

「そういうことさ。ちゃんと事実関係を洗っていこう」

 それでどんな結果が出ようとも白黒ハッキリさせてやる。


「ロビンの遺体があったリンゴの木って何処にあるんだ?」

「中央公園じゃ」

「それはモア家の館に近いのか?」

「歩いて5分もかからん距離じゃよ」

「キャシーはどういう経緯でロビンを見つけたんだ?」

「学校は午前で終わっとる筈なのに昼食の時間になっても帰ってこんかったんで探しに出たそうじゃ」


「ロビンが死んだ時間は分かるか?」

「ワシの検視では正午の前後30分といったところかのお」

「となると、キャシーにアリバイはないのか?」

「そのアリバイっちゅーのは何じゃ?」

「えーと、現場不在証明のことだ。ロビンが死んだ時間に現場にはいなかったという証拠はないのか?」

「キャシーが遺体を発見したのは正午を15分過ぎた頃じゃった」

「アリバイも無しか・・・」

 これで、動機・証拠・アリバイの全てがキャシーの犯行と示しちまったな。


「ロビンはどうして中央公園に行ったんだろう?」

「さあワシには見当もつかんのう」

 おいおい、死亡事故が起きてるのに知らべてないのかよぉ。 

 だが、呆れていた俺にルディが想定外の答えを言い放つ。


「恋人と逢っていたのだと思います」


 恋人!


 あの無邪気な泣き虫小僧に女がいたっていうのかっ?

 ドクターじゃないが、嘘じゃろお・・・・・・

 ハッ、いかんいかん。俺まで呆けてどうする。


「あのロビンに恋人がいたのか?」

「はい、複数の使用人が仲睦まじい二人を街中で目撃していました」

「その恋人が誰かも分かってるの?」

 頼む!極めて重要な参考人なんだ。身元が判明していてくれ!

 

「はい、分かっています」

 よっしゃー!!

「だ、誰なんだ、どこの誰なんだ!?」


「同じ高等学校に通う、同級生のシャーロットです」

 うむ、知らん。

 でも素性が分かってるのなら会って話が聞きたい。是非にでも。

 それにしてもあのロビンと付き合うなんてどんな女の子なんだろう。


「そのシャーロットについて分かっていることは?」

「親はここ港湾都市ベルディーンに数いる貿易商です。弟がいましたが一年ほど前に他界しましたので現在は一人娘になります」

 一人娘ということは、この世界ではその子が跡継ぎになるな。

「クラス代表を務めるほど人望があり、文武両道、そしてお姉さん的な面倒見の良い性格だそうです」

「言っちゃ悪いが、そんな出来の良いむすめさんが何故ロビンなんかと?」


「ドジっ子のロビンの面倒をみてる内に自然にそうなったと推測されます」


 そのパターンかぁ。

 私がついていてあげないと駄目なのってやつだ。

 俺もその手のカップルを何組か知ってるけどあまり好きじゃないな。


「事件当日は二人で中央公園に行っていたのかな?」

「その可能性が高いと思われます。目撃証言の中には中央公園でシャーロットと手を繋いで歩いていたロビンを見たというものがありましたから」

 おお、現実味が出て来たな。

 あとは、直接本人に確認すればいいだけのことだ。


 しかし、このロビンに恋人がいたという事実は決定打になり得るな。


 キャシーがロビンを殺す引き金になっても不思議じゃない。

 息子と仲良くしただけで実の娘のアリスにすら嫉妬してたんだ。

 息子を自分から奪い去って行きそうな恋人が現れたらどうなるか。

 もし、中央公園で二人がキスでもしてるのを目撃したらどうなるか。


「キャシーはシャーロットの存在を知っていたのかな?」


「はい、知っていました」

「ワシはそんなこと一言も聞いとらんぞ・・・」

 つまり息子の恋人はドクターにすら話せない心の闇だったと考えられるな。

 

「それどころか既にキャシーとシャーロットは軽い冷戦状態だったようです」

「冷戦とは穏やかじゃないな。どんな感じだっんだい?」

「シャーロットからの伝言をキャシーが握りつぶしたり、家に帰ろうとするロビンを強引にシャーロットが引き留めたりしていたそうです」

「つまり、既に三角関係が出来上がってたんだな」

「そうなりますね」


「・・・シャーロットという素敵な恋人がいたロビンにとっては、キャシーの過剰な愛情表現は苦痛でしかなかったのかもしれないな」


「若く綺麗に見えても実の母親ですからね。あんな風に迫られたら普通は気持ち悪くなって当然です。特にロビンは思春期の微妙な年頃でしたし」


 ルディの言葉の節々にトゲがあって痛いんだ。

 キャシーにデレデレしていた俺を明らかに責めていた。

 昼食の後にハッスルさせてもらうから許してくれ。

 その為にも、そろそろ一区切りつけないとな。


「ドクター、これまでの情報で一つの仮説を組み立てた。聞いていくれ」

 

「ああ、聞かせてもらうわい」

「キャシーは息子のロビンを溺愛していた」

「そうじゃの」

「だが、ロビンには母親の愛情表現は重たくて苦痛だった」

「・・・」

「そこへロビンにシャーロットという恋人ができた。そして二人の仲を邪魔する母親キャシーを嫌いにすらなっていた」

「そうじゃったかもしれん」

「キャシーも無償の愛を喜んで受け入れてくれない息子を時に恨んだ」

「・・・」

「そんなある日、ロビンを探しに行った公園で二人がキスでもしているのを目撃したキャシーは激怒し我を忘れ、ロビンが一人になった所を背後から石で殴打した」

「・・・」

「その後、キャシーはロビンがリンゴの木から落ちたように見せかける為の偽装工作をした。以上だ。一応筋は通っていると思うがどうだ?」


「確かに辻褄はあっとるわい。しかしじゃな、」その先は俺が言わせなかった。

「ちょっと待ってくれ。ドクターの言わんとすることは分かってる」

 でもこの話をする前に人払いをさせてくれ。

「ルディ、ちょっと早いけど昼食の準備を始めてくれないか?」

「承知しました。では失礼します」

 何も訊かずにルディは従いキッチンへと向かった。本当にできた嫁さんだ。

 さて、その好意に甘えてこちらも続けさせてもらおう。


「キャシーが殺したならドクターに蘇生を依頼する筈がない、だろ?」


「その通りじゃよ。意味不明じゃろが」

「だよな。その謎を探りたいから、もっと馬鹿な仮説をまず聞いてくれ」

「なんじゃ?」

「最初キャシーを疑った時、彼女と懇意にしてるドクターのことも疑った」

「このワシをか!」

「そうだ。何かの理由でロビンを殺したキャシーがドクターにロビン以外の魂で蘇生を依頼した。そして俺が憑依しロビンは生き返った。キャシーは殺人犯になることなく元の生活に戻った。というドクター共謀説だ」

「無茶苦茶じゃ!」

「まあな。激細の筋だけ通るメチャクチャ無理のある仮説だ」

「だいたい、ワシはちゃんとロビンを蘇生させるつもりじゃったわい」

「ああ、知ってるよ」

「ならその時点でお前さんの仮説は破綻しとるじゃないか」


「だけど、ドクターは蘇生に、召還に成功したことが一度もないだろ?」

 

「な、何で知っとるんじゃ!?」

「俺を呼び出した時、えらくアッサリと失敗を認めたじゃないか」

「そ、そうだったかのう」

「まるで失敗するのが当たり前のような態度だったぞ」

「むぅ、しかしそれだけで判断したならまぐれ当たりもええとこじゃわい」

「もちろんそれだじゃないさ。直ぐそばに答えがあったからな」

「お前さん、気付いとったのか・・・」


「ああ、アマゾネスのルディは、俺と同じで、中身は別人だよな」

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