第16話 容疑者たちの巣へ帰る

「ロビン!おかえりなさいロビン!」

「お兄様!本当にご無事だったのね!」


 ロビンの自宅であるモア邸の玄関ホールで母親のキャシーに抱き着かれた。

 それは想定内だったが、もう一人、愛らしい少女も飛び込んできた。

 お兄様と言っていたのでこの子が妹のアリスのようだ。

 ドクターから聞いてはいたが本当に凄い美少女だな。

 

「おいおい、ロビンはまだ本調子じゃないからと注意したのは君だぞ。もうその辺にしておきなさい」

 少し離れた場所で俺たちを見守っていた30代半ばに見える男性が声をかけた。

 恐らく彼がロビンの父親のマックスだろう。

 

「あぁ、御免なさい。ロビン、身体は大丈夫?」

「うん、少し疲れてるけど平気だよ」

「アリスのこと本当に憶えてないの、お兄様?」

 細く整った眉を吊り上げて不機嫌そうにアリスが訊いてきた。

「え、うん、ゴメンね。まだ自分のこともよく思い出せないんだよ」

「そうなの。でもいいわ。こうして帰ってきてくれたんだもの!」

 美少女はパッと表情を明るくしてニッコリと微笑んだ。

 なるほど。確かにモア家の希望の星だ。一瞬で人をとりこにする魅力を持ってる。

 その妹アリスと母キャシーに両方から腕を引かれて歩き出す。

 ルディは一歩後から俺についてきている。


「ロビン、私が父親のマクシミリアンだ。よくあの大怪我から回復してくれた! 父として誇りに思うぞ。まずはゆっくりと養生しなさい」

 今度は父親のマックスにきつく抱き締められた。

「うん、そうするよ」

 しかし、イメージと違ったな。

 弁護士で大学教授の切れ者だと聞いてたから、もっとこう冷めた人物だと思ってたのに、正義感が強そうで言葉も態度も熱い。

 ロイエンタールじゃなくてミッターマイヤーという印象だ。


「さあ、マックスもその辺にして食堂ダイニングルームへ行きましょう」

「ウフフ、ママったらお兄様の好物ばかり用意したのよ」

「ママ、ありがとう」

 繋いでいるキャシーの手を強く握って特上笑顔をご馳走した。

 美人ママは目を潤ませながら俺(ロビン)に寄り添い食堂まで連れて行く。


 食堂のテーブルには、既に二人の女性が座っていた。

 年の頃は女子大生と女子高生といった感じだ。

 きっと従姉のブリジットと姉のアイリーンだろう。

 長方形のテーブルの短辺になるお誕生日席に父のマックスが座った。

 マックスの左手側の長辺に、母キャシー、俺、ルディの順で座り、その対面はブリジット、アリス、アイリーンの順で座っていた。


「あら驚いた、本当に生きてたのね」

「ブリジット、死の淵から帰ってきたロビンにかける言葉がそれなの?」

 不機嫌を隠すつもりなどさらさらない声色でキャシーが責めた。

「そうね、悪かったわ。ロビン、復活おめでとう。後で話を聞かせてちょうだい」

「ロビン様は復活されたのではありません。失った意識を取り戻しただけです」

 そこは重要ですよとさとす女教師のようにルディが全員に向けて言った。

「復活なんて冗談でも言ったら教会の人がお兄様をさらっていくわね。ウフフフ」

 おいおい物騒だな。

 これは早く別の話に切り替えた方が良さそうだ。


「お姉さんが従姉のブリジッドさんなの?」

「そうよ。でも貴方にお姉さんと呼ばれるほど若くないわ」

 たしか22歳で行き遅れの年増女だとドクターが言ってたな。

 マックスの姪でこの家ではアリスの家庭教師をやってるらしい。


 行き遅れた原因はこの世界の男が頭の良い女を敬遠するからという話だったが、直接会ったらそれだけじゃないと分かった。

 まず顔は美人なのに目つきがキツイ。

 そのせいで睨まれているような感じがして落ち着かない。

 それに全身から暗くて妖しいオーラが出てる。

 ゴリ監督の言葉を借りるなら魔性の女といった風情だ。

 気軽に声でもかけようなものなら「死になさい」と真顔で言われそうな雰囲気をまとってる。

 ただ、俺的にはかなりタイプだったりするけどな。

 ロビン殺人事件がなかったら直ぐにでも仲良くなりたいぐらいだ。


「じゃあ、あなたがアイリーン姉さんなんだね?」

 俺は大人しく座っている三つ編みの女の子に問いかけた。

 彼女は俺を見て弱々しく微笑み黙ってうなずくだけだった。

 内向的な性格で家族にすら無関心だと聞いていたから、サイコパス的な面があるかもと心配したがそんな感じじゃないな。

 ただ単に気弱で軽い対人恐怖症のように見える。

 可哀想だけど確かにこれでは両親が心配するのも無理ないかもな。


「さあ、ロビンも全員の顔と名前が一致したようだから晩餐ばんさんを始めよう!」


 マックスが陽気に号令を出して豪華な夕食が始まった。

 さて、何から手を付けようかと数々の料理を見回していると、美人ママが椅子を寄せて俺の右隣りにピッタリと張り付いた。

「まだ無理をしちゃダメよ。ママが食べさせてあげますからね」

 そういえば、ドクターの家で何から何までしてあげると言ってたな。

 ここは素直に従って彼女の望み通りにタップリと甘えよう。


 この美人ママはロビンの遺体の第一発見者で、遺体のそばに落ちていたリンゴの歯形はロビンではなく女性のものだった。

 隣でとろけるような笑顔を見せている母親は第一容疑者でもあるんだ。

 真っ先に探りを入れる必要がある。

 その為には彼女のふところに飛び込まないとな。


「じゃあ僕の一番好きな料理から食べさせてよママ」

 

 キャシーは喜んで肉を切り取り俺の口の中へ運んでくれた。

「美味しい、ロビン?」

「とっても美味しいよ、ママ」

 それを聞いたキャシーは幸せそうにまた肉を切り口の中へ優しく入れてくれる。

 こんなに無償の愛を注いでくれる母親を俺は疑っているのか・・・

 どうにも溜まらない気分になった俺は自分でその肉を切ってフォークに刺した。


「ママも食べてよ。とっても美味しいからママにも食べて欲しいんだ」


 一切れの肉を刺したフォークをキャシーの口元へ差し出した。

 良家の上品な奥様は不作法など気にもせず息子からの肉を歓喜しながら口にした。

「美味しい、ママ?」

「とっても美味しいわ、ロビン」

 うん、良かった。心から喜んでくれてるみたいだ。

 罪悪感がちょっとだけ軽くなったな。

 

 それからもキャシーはエビや卵料理、スープにフルーツパイとロビンの好物を次々と最愛の息子の口へと運び続けた。

 マックスたち家族は、そんなキャシーを温かく見守っている感じだ。

 内心ではどう思っているか分からないがな。


 左隣に座っていたルディもいつの間にか椅子を寄せてピッタリと俺に密着マークしていた。

 そしてナプキンで俺の口元を拭いたり、ワインを飲ませてくれる。

 その世話ぶりに嫉妬したキャシーの顔が険しくなることがあったが、俺はその度に、美人ママの手や腕にスキンシップをして注意を逸らした。

 うーん、何だか俺とルディとキャシーの妙な三角関係が構築されつつあるぞ。

 変にこじれないようにしないと。

 最悪、ルディが遠ざけられて俺は護衛を失うことになる。

 とにかく、俺が二人の機嫌を取り続けるしかないか。やれやれだ。



「凄い食欲だったじゃないかロビン、驚いたぞ!」

 晩餐が終わりかけた頃、マックスが嬉しそうに話しかけてきた。

 そう言われても本物のロビンが生前どのぐらい食ってたか俺は知らんからなぁ。

 だが、中身が別人と疑われるのは不味い。適当に誤魔化すか。


「うん、怪我の回復で体力を使ったせいか凄くお腹が空くんだ」


「治癒の奇跡で急速に回復させた影響です。しばらく続くでしょう。それにロビン様は成人されて自然と食欲が旺盛おうせいになる時期でもあります」

 賢いアマゾネス嫁が俺のノールックパスをきっちり受けて活かしてくれた。

 

「そうか!ロビンは食が細かったからな。これを機に食欲が増すようなら、まさに災い転じて福となすだ!」

「フフフ、今のままでは女性と間違われてしまうものね」

「えー、私は女の子のようなお兄様が良いのにぃ」

「ゴメンねアリス。でも僕は男だから仕方ないんだよ」

「本当に残念。でもお兄様が元気になるなら許してあげるわ」

 美少女は不満顔から一転して明るくニッコリと微笑む。

 正直ドキッとした。いや本当にこの妹は天然の人たらしだわ。

 自分の魅力の使い方を生まれつき知ってるんだな。

 先が楽しみというか怖いというか兄としては幸せを願うばかりだ。

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