第12話 母親キャサリン・モアの溺愛

「ロビン!」

 死んだ筈の最愛の息子が目を開けて言葉を発した。

 その夢のような現実にロビンの母は感極かんきわまって抱き着いてきた。

 

「ロビン、あぁロビン、本当に生きてるのね、もう一度を声を聞かせて、お願いよ、ロビン」

 彼女は俺(ロビン)の顔を両手で優しく包み目を潤ませながら懇願してくる。

 俺は目の前の美女の迫力に圧倒されながらも演技を忘れずに弱々しく答えた。

 

「だ、大丈夫。僕は・・・ちゃんと生きてるから」

「ああ!ロビン!私のロビン!」

 今度こそ夢じゃなく本当に生きているのだと確信したロビンの母は息子の名を呼びながら顔中にキスの雨を降らしてきた。


「神よ感謝します!私の祈りが届いたのですね!心から感謝致します!」

 やっと俺(ロビン)の顔を解放してくれた美女は上を向き神にお礼を言い始めた。

 だがそれも束の間、今度はベッドで俺と添い寝するようにピッタリと体を密着させ嬉し泣きしながらまたキスのゲリラ豪雨を浴びせてきた。

 うわ言のようにロビンの名を呼びながらキスをしてくる姿は、息子ではなく夫にベッドで甘える妻のように情熱的だった。


 俺が憑依した息子のロビンを溺愛できあいしていたとは聞いていたがここまでとはな。

 正直、これは男として溜まらん。

 俺にはこの美女を母親とは思えないから体が反応してしまう・・・


「キャサリン様、ロビン様が苦しがっておられて危険です」

「お、おおう、そうじゃ。その辺にしておかんとまだ危ないぞ」

 ルディとドクターがやっと助け舟を出してくれた。

 ここは俺もその舟に乗っておかないとな。


「ゴホ、ゴホ・・・く、苦しいです」

「ロビン!?」

 きつく抱きしめていた俺(ロビン)の体を離し、顔だけ間近にして息子の様子を食い入るように見ていた美女は助けを求めた。

「ドクター、息子を診てあげて、早くっ」

 そう言って名残惜しそうにベットから下りていく。


 ドクターは、俺の目や舌をチェックしてから手首に指を押し当て脈を計った。

「脈が乱れとるの。じゃから驚かせてはいかんと言うたじゃろ」

「あぁ御免なさいロビン・・・愚かなママを許して・・・」

 こんな上品な奥様がここまで取り乱して人前で泣くなんて本当に息子を愛してるんだなあ。俺にも子供がいたから気持ちは分かる。


 それなのに俺たちは彼女をだましているのか。

 あぁ、急に罪悪感が湧いてきちまったよ。

 だが正直に全てを話すなんてのは偽善だし自分が楽になりたいだけだ。

 俺が彼女にしてやれる最善のこと。

 それはこのままずっと優しく騙し続けてあげることだ。

 息子は元気でママが大好きだと。


「泣かないで・・・僕まで悲しくなっちゃう」

 俺は母親と話をさせてくれとドクターにアイコンタクトを送った。

 それを正確に読み取ったクラウリーは椅子から立って美女に席を譲る。

「ロビンを驚かせたり興奮させてはいかんぞ」

 それだけ言うと窓際で控えているルディの所まで下がっていった。


「本当にあなたが僕の・・・ママなの?」

「そうよ。私がママよ。まだ信じられない?」

「うん、だってこんなに若くて綺麗なのに12歳の僕のママなんて信じられないよ。それに16歳の姉さんがいるってドクターが言ってたし」

「まあ、こんな徹夜でやつれた顔を綺麗だなんてママ困ってしまうわ」

 ハンカチで目元を拭きながらだが初めて落ち着いた笑顔を見せてくれた。

 その顔は気品があり三十路みそじ前のように若々しい。まるでクララみたいだ・・・

 

「じゃあ本当に僕のママなんだね」

 クララを思い出したせいで声が少し暗くなってしまった。

 「私がママじゃ嫌かしら?」

 あちゃ、誤解させてしまったな。挽回しておかないと。

「ううん、凄く嬉しいよ。僕にこんな綺麗なママがいてくれて」

 俺は右手を薄い掛け布団から出してロビンママの前に差し出した。

 美女は直ぐにその手を両手で包むと頬ずりやキスをし始める。


「ありがとう、ママもロビンのような息子ががいてくれてとても幸せよ」

 ふぅ、何とか不安を解消できたみたいだ。

 あとはこの若すぎる美貌の母親ともっと親密になっておこう。

 そして可能な限りの情報を引き出さないとな。

 もう大丈夫だからと俺はドクターにアイコンタクトを送る。


「キャシー、ワシらは外すがくれぐれもロビンに無理させんようにな」

 まだ興奮気味の母親に釘を刺してドクターとルディが部屋から出て行く。

 街外れの閑静かんせいな場所にあるらしいクラウリー宅の二階、聞こえるのは庭の木で羽を休める小鳥のさえずりだけだ。

 そんな静かな時間が流れる部屋で俺(ロビン)と母親は見つめ合っていた。

 

「ロビン、ママって呼んでみて、お願いだから」

「・・・ママ」

 ちょっと照れくさいのを我慢して言ってみた。

「あぁ、ロビン」

 その俺を呼ぶ声と切ない表情がもう一度言って欲しいと訴えていた。

「ママ」

 今度は笑顔で愛情を込めて言ってみた。

 するとその想いが伝わったように美人ママがまた涙をこぼし始める。

 それは喜びを噛みしめるような泣き方だった。


「ママ、泣かないで。僕にお話しして。ママと家族のことを教えてよ」


「・・・そうよね。ロビンと私の思い出をたくさん聞かせてあげるわ」

 そうしてくれると助かる。

 これ程の溺愛ぶりならこの母親がロビン殺害犯では無さそうだが、その愛情に嫉妬した誰かの犯行という線は十分に考えられる。

 だからロビンと母親の過去を知っておくのは重要だ。

 それに思い出話なら他の家族の話も出てくるだろうしな。


 そのあと1時間ぐらい美貌の母親は息子との思い出を語ってくれた。

 それは、どれほどロビンとママが仲が良かったか、他の誰よりも分かり合えていたかという話だった。


 どうやらロビンは日本で言う「マザコン」だったようだ。


 まぁでも、そうなってしまった気持ちは十分に理解できる。

 俺だってこんなに若くて綺麗で上品なママがいたら甘えまくっただろう。


 そんな思い出話を聞いている間に俺たちはすっかり打ち解けていた。

 ロビンママはすっかり舞い上がってひたすら息子へ愛情を振り撒いている。

「身体がまだ不自由でしょうけど何も心配いりませんからね」

「おうちに帰ったら私が何から何まで全部してあげます」

「食事も私がお口に運んで食べさせてあげますよ」

「お風呂も一緒に入ってママが体を洗ってあげますからね」

「夜も一緒のベッドでママとお寝んねしましょうねぇ」


 うーん、どんどんエスカレートしていく。

 まるで幼児のような扱いになってきた。

 12歳で成人になってる息子への態度とは思えんな。

 だがまぁ、息子が生き返った奇跡に酔っているんだから仕方ないだろう。

 それに俺も、こんな無条件の愛情を注がれて悪い気はしない。

 だからこの美女の好きなようにさせてあげよう。

 この綺麗な若奥さんに何から何まで全部やってもらおう。

 それが彼女の心を癒す薬なんだ。決して俺のスケベ心ではないんだ。


「ありがとう。ママがしてくれるなら僕も嬉しいよ」

 少女の様に可愛いロビンの無邪気な笑顔で言ってみた。

「あぁ・・・ママもまたロビンのお世話が出来て嬉しいわ・・・」

 愛情を受け止めてくれた息子にメロメロになった美人ママは、俺(ロビン)の右手にキスを繰り返してから頬ずりしてウットリとした顔をしている。


「入らせてもらうぞ。薬の時間じゃ」


 ドクターとルディが薬を持って部屋に入ってくる。

 ルディが薬瓶からスプーンへ薬を満たし俺の口へと差し出す。

 何の薬なのかサッパリだが飲むしかない。

 俺はスプーンを口に入れズズっと啜って飲み干した。

 そんな息子の姿を愛おしそうに見つめているロビンママをドクターが邪魔する。


「キャシー、診察したいんじゃ。すまんが場所を空けてくれ」


 これまでの時間で随分と落ち着いたママさんは素直に席を譲った。

 ドクターはまた目と舌、そして脈を調べた後、長方形の細長い紙を取り出した。

「この紙の先を口に含んで舐めるんじゃ」

 これまた意味がサッパリだが言われた通りにしておいた。

 5秒ぐらいしてクラウリーは紙を俺の口から引き抜いた。


「キャシー、これを見てみい。魔力が全然回復しとらんわい」


 魔力!

 今間違いなく魔力って言った。これは聞き捨てならん。

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