第3話 煉獄トンネルを抜けるとそこは異世界だった

「こ、これは煉獄トンネル! ボーナスステージ来ましたわー!」


 キャラが壊れるほど喜んでいるが、一体どうしたというんだろう。

 俺はダッシュでロビンを抜き去りルチアの元へ走った。

「何があった?」


「ムーシャに用はありません!」

 つ、冷たい。

 ルチアからこれまでの営業スマイルが消え失せている。

 モンスター天使降臨か?


 一体何が起こってるんだと切っ掛けになった黒い物体を改めて見てみると、それは穴だった。

 空間に浮かぶ黒くて大きな穴だ。

 そして、そこからかすかに声が聞こえる。


「・・・ン・・・・ロ・・・ン・・・・ビ・・ロビ・・・ン・・・」

 ロビンを呼んでるのか!?


「さあロビン、こちらへいらっしゃい!」


「どうしたの~? あ~この黒い穴スゴイねー。浮かんでるよ~」

 駆け付けたロビンは相変わらず無邪気で元気だ。

 こんな摩訶不思議なものを見てもスゴイの一言で納得する適応力がスゴイな。

 疑うことしか知らないオッサンの俺には眩しい程の若さ。ちょい羨ましい。


「煉獄トンネルが開きました。ロビン、元の世界へ帰れますよ!」


 その瞬間、ずっと笑顔だったロビンから表情が消えて体が硬直した。

 そして数秒後にはカタカタと震え始めると顔にはハッキリと恐怖が浮かんだ。


「嫌だっ!!僕は絶対に帰らない!帰りたくないっ!!!」


 俺もロビンの変貌ぶりについて行けずに固まってしまっていた。

 一体どうしたっていうんだ?

 元の世界に帰れるってことは生き返ることが出来るってことだよな。

 俺なら喜んで帰るのに、ここまで嫌がるってのは相当だぞ。


「ロビン、家族の所へ、家に帰れるのですよ」

 困った天使ルチアは極上の笑みと天上の声色で懐柔を試みた。


「嫌だよぉ、帰りたくないよぉぉぉ、ムーシャ助けてぇ、お願いだよぉぉぉ」

 しかし、ロビンには逆効果だったようだ。 

 少女のような男の子は俺の足にすがり付いて懇願していた。

 そしてビエーン、ビエーンと全力で泣き崩れる。

 あぁ、その泣き方は勘弁してくれ・・・クララを思い出してしまう・・・


「なぁルチア、ここまで嫌がってるのに無理強いすることないだろ?」


「しかしですね、こんな1億人に一人出るか出ないかという幸運をみすみす逃してしまうのは、天意に背く行いですよ。今後のロビンの為になりません」


「だがこの嫌がり方は尋常じゃない。何か事情がある筈だ」

 そう言いながら足元のロビンを見ると泣きながら何か呟いている。


「・・・帰ったら・・・今度こそ・・・・・・・自殺しちゃう・・・」

 自殺!

 おいおい、とんでもなく物騒なことを漏らしちゃってるぞ。

 これは駄目だろ。

 イジメか虐待か他に何か理由があるのか知らんが、マジでヤバイって。


「頼むよルチア、何とかならないのか?」

「そこまで言うのならムーシャ、貴方が負債を肩代わりしますか?」

「意味は分からんが、俺に出来ることならしてやりたい」

 

「では、貴方がロビンの代わりによみがりなさい」


「は? そんなこと出来るのか?許されるのか?」

「何も問題ありませんね。所詮しょせん肉体など魂の入れ物でしかありません。どの肉体に入るかではなく、その肉体で何をしたかが問われるのです」

「良く分からんがOKだ。俺が身代わりになるからロビンの今後ってやつはルチアが責任持って上手くやってくれ。この蘇りが成功すればお前にも益があるのだろ?」


「本当に貴方は冷静で油断なりませんね。死んだばかりだというのに」

「職業病だ。気にしないでくれ。それよりも一つ頼みがある」

「何でしょうか?」

「もしここに、立花クララという女が来たら、俺のことを伝えてくれ。そして可能なら彼女も俺が行く世界へ、俺の元へ送り込んでくれないか?」


「不可能ではありませんが、意味が無いでしょうね」


「どういうことだ?」

「異なる世界どうしでは時間の流れも異なるのです」

 つまり、どうなるんだ?

「その女性が仮に地球の1年後に煉獄センターへ来て貴方の世界へ送られたとしても、既に貴方は寿命を迎えて死んでいるということです」

 な・・・確かにそれじゃ何の意味もない。

 

「だけど、クララには俺が必要なんだよ・・・」

「本当にそうなのですか?」

「え?」

「人間は脆弱ですが、そこまで弱くはありませんよ」

「でもクララは見た目ほど強い女じゃないんだ」

「貴方の方じゃないですか?」

「何がだ?」

「強くないのも未練があるのもクララさんではなくて貴方なのでは?」


 ・・・その通りだ。

 この期に及んで俺は未練タラタラだった。

 クララの様に泣いているロビンの為に異世界へ行こうという土壇場で怖気づいた。

 ふぅ、クララに知られたら呆れられて嫌われてしまうかもな。

 ・・・よし、覚悟は決まった。

 これで本当にサヨナラだ。


詮無せんないことを言って悪かったな」

「さあ、俺をロビンの代わりに送ってくれ」

 ルチアはもう何も言わず、黙って頷いた。


「ロビン、ここでお別れだ」

 言いながら俺は足元でうずくまっていた少年をよいしょと立たせてやる。

「短い間だったけど、お前には随分救われた。ありがとうな」


「ムーシャ・・・僕の方こそ助けてくれて・・・ありがとう・・・」

「俺のことは良いから元気でな。じゃあルチアやってくれ」


「幸運を祈っています」

 四級天使はそう言うと俺を穴の中へ押し倒した。

 落下して行く俺の耳にロビンのかすかな声が届く。


「・・・ムーシャ・・・赤い・・・に気を付けて・・・!」

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