第7幕 陰陽寮の夏休み―3



 結局、後で来た教師がきちんとした詳細が記載された冊子を持ってきて、全員に配布した。

 渡された詳細な情報によると、話通り夏休みを大幅に削っての日程が取られていた。それを見た凜が尚も恨めしそうに紙を握りしめていたが、虎鉄にはどうする事も出来ないので再度黙秘を貫いた。


 授業や終業式自体は滞りなく終わったので、その後の帰り道に置いて、虎鉄は凜から、今回の合宿への恨み節を散々聞かされながらも帰宅し、現在に至る。


 現在時刻は夜7時。妖狐が夕飯をねだって来る頃だった。


「主様ー。飯はまだかー? あむ」


 予想通り妖狐が、キッチンで夕飯を作る虎鉄に声を掛けてきた。ちらりと視線を向ければ、ベッドに寝ころびながら棒アイスを食べ、テレビ画面をぼーっとした表情で見つめる、だらしのない姿が見える。

 虎鉄はキャベツや肉や香辛料の入ったフライパンをあおりながら、声を掛けた。


「今作ってるよー。あと、寝ころんでアイス食うんじゃありません」


「ぬー」


「おいそれどっち? どっちの意味の返事? ったく……見た目だけ見れば、ただのごく潰しじゃねえか」


「ぬー! ……主様! 今のは聞き捨てならぬぞ!! 我ほどの偉さならば、例え仕える身であっても養われるのは当然じゃろう!!」


 虎鉄がぼそりと呟いた単語に一瞬にして反応した妖狐は、アイスを手に持ち、尚もベッドに寝ころびながら抗議の声を上げて来た。最近は何かとぼーっとしている事が多いが、今日はいつにも増して酷かった。

 虎鉄は視線をフライパンに向けながらも、その抗議に対抗した。


「確かに色々助けられてきたけど、その言い草はあんまりだなおい! 一応俺が主なんだぞ? 飯だって作ってるけどさ……」


「主様の飯は美味じゃからよいのじゃ! お! 米が炊けたぞ! さあ早くそれを作り終えるのじゃ!」


「……もう少しで出来るよ。あと散々言ってるけど、炊飯器勝手に開けるなよ。 てか、なんだよその謎理論……」


 相変わらずの態度、まさに唯我独尊。

 今に始まった物では無いが、どうにも虎鉄にとっては突っ込まざるを得ない言動ばかりなのだ。親になった気分とはこういうものなのかもしれないと、虎鉄は苦笑いをしながら料理を続けた。


 以前は毎日自炊する程では無く、そこそこの頻度でする程度だった。しかし妖狐が来てからと言う物の、食費が4、5倍に膨れ上がっている。昼は姿を隠させている関係上、どうしても夜に大量に食べる。出来合いの物では出費額が大幅に増える為、結局毎日自炊をする事になったのだ。

 そして今ではもはや、料理は虎鉄の数少ない趣味の一つにまでなっていた。

 

「ほら、出来たぞ」


 そうしている内にありふれた炒め物を皿に盛りつけた虎鉄は、いつの間にか妖狐が広げてくれていた折り畳みテーブルにそれを持って行き、麦茶や食器類等も準備して、二人で食事を始めた。


「んー! 美味じゃー!」


「……ちゃんと噛んで食えよ」


「分かっておるんもむ」


 相変わらずの大食いぶりにも、特に気にする様子も無く言葉を返す虎鉄。ここ2週間ほど、毎日の様にこのやり取りをしているので、いい加減慣れてしまった。

 そうしていると、妖狐が口に料理を運ぶ合間を用いて、虎鉄に思いついたように問いを投げかけて来た。


「そう言えば主様よ。海に行くと言っておったが、うみ、とは、あの海なのか?」


「……いきなりだな、お前が思ってるのがどの海か分からねえけど……広くて塩辛い湖、みたいなもんかな、で伝わるか?」


「むぐ、やはりその海か! 私も見るのは初めてじゃからのう、明後日が楽しみじゃ!」


「ほんと、案外知らねえ事多いよなぁ」


「まあ、昔の私はそんな物に興味はなかったからの」


 妖狐がさらりと発した、『昔』と言う言葉。いつもはぐらかされる内容を今なら聞けるかもしれないと思い、虎鉄はその続きを待った。


「そもそも私は……と、主様よ。今の話は無かったことにしてくれぬか」


 しかしその言葉が発せられた直後、唐突に緊張感を覚えた虎鉄。

 子供の様な性格が息をひそめ、妖らしい気配を急に漂わせ始めた。


「わ、分かってるよ。昔の事とか、どうせ教えてくれないんだもんな……」


「かっかっか。気にせずとも良い。じきに分かる……あむ……んむー美味!」


 そうしてまたすぐに皿をつつき始めた。

 確証はない。だが妖狐は、人間でいうところの二重人格に近い性格を持っているのではないかと、虎鉄は思っている。子供っぽい物と、そうでない物。余りにもその差がありすぎて、時々どう接すればよいのか、分からなくなってしまうのだ。それを確認し、払拭できる術は、今はないが。

 一瞬暗くなった空気。妖狐の一声が、すぐに明るい物に戻してくれた。

 いつも通りの、馬鹿っぽい会話が室内に響く。


「良く食ったわ! 腹いっぱいじゃ! 食後のでざーとを頂いてもよろしいかの?」


「あ、あのな……この前言ったろ!? アイスは一日一本だって! 食いすぎは良くないの!」


「妖に食いすぎなど無いと、何度も言っておろう! 食いたい時に食うのじゃ」


「お、お願いしますから、一日一本で……! 結構高いんだよそのアイス……!」


「高い? また買えばよかろう?」


「無駄遣いは、精神衛生上よろしくないんだよ! 節約だ節約!」


「無駄とはなんじゃ! 私が食いたいものは全て必要不可欠な物じゃ! ケチ臭い男じゃのう」


「誰のせいだと思ってんだよ! ……はぁ」


 テーブルの向かい側で、腰に手を当てて仁王立ちする妖狐。

 そんな傲慢で世間知らずな言動と行動に、虎鉄はため息を吐く。

 毎日の習慣にまでなっているこの問答も、最早日常と呼べるものだった。

 こうして、合宿の出発を明後日に控えた夜は、どうでも良い会話と共に更けていく。


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