第7幕 陰陽寮の夏休み―2
人の多い教室に着くやいなや、凜は先程の話を掘り返してきた。
「ねえ、どこ行く? 海! せっかくの夏休みだし、ちょっと遠い所にも行ってみたいよね!」
「あ、あのなぁ。行けたら行くって話だろ? 今あの赤い呪力やらで大変になってるんだから、あんまり羽目外しすぎてたら、実家からどやされるぞ?」
窓際にある、私物化した自分の席に向かいながら、虎鉄はそれに返した。
そうしていると、先に教室に来ていた吉春が近づいてきた。
「おっす、お二人さん! なんだ、デートの相談かぁ?」
「ち、ちげえよ……!」
「うーん、確かにその線もあったかも……」
「おい凜、からかうなよ……!」
焦りながら返す虎鉄と、何かを考えたようにさらりと返す凜。
茶化しに来た吉春に向かっても、凜は先程の提案をしていた。
「ねえ
「なんだ、そういう話か。だったら、もちろん俺もいくぜ? 学生は遊べる時に遊んどかないとな! はっはっはっはっは!!」
「……学生は勉強する為に学生やってんだよ」
「相変わらずつれねえなあ御門はよぉ。たまの息抜きをしてこそ、祓魔式の実力向上に繋がるってもんだろ」
「聞いた事ねえよ! 適当過ぎるだろその考え方!」
相変わらずの吉春に、虎鉄は勢い良く突っ込む。
そうして三人で話をしていると、虎鉄の視線の先、教室のドアから家原が入って来るのが見えた。軽く手を振り挨拶を交わす。
「あ!
するとそれに気づいた凜が早足で駆け寄りながら家原の背後に周り、背中を手で押しながら無理矢理こちらに連れて来た。
「え、り、凜ちゃん? どうしたの……!?」
「いいからいいから!」
半ば困り顔でこちらまで連れてこられた家原。
どういう訳か、凜と家原は最近仲が良いようだ。あの御岳峠での一件があった頃から、家原の引っ込み思案な性格が少し変わった様な気がしている。
そんな事を虎鉄が思っていると、家原に気づいた吉春が凶暴な顔で見下ろしながら挨拶をしていた。
「お、おはようさん!」
「お、おおおはよう……ございます……鬼一、君……」
それに対して、家原はしどろもどろになりながら返している。少しだけ明るくなったと言っても、スキンヘッドの巨体から鋭い眼光で見下ろされれば、しばらく慣れるまでは誰だってそうなるだろう。当の吉春はその様子を全く気にしてはいない様だが。
そうして家原は助けを求める様に、凜へと視線を移した。
「……え、えっと、それで凜ちゃん。お話って?」
「それね! 今皆で、夏休みに海行く約束してるんだ! この三人はもう決定してるんだけど、桃香ちゃんもどうかな?」
「おい! 俺はまだ行けるとは言ってないぞ!?」
「何言ってんの! 虎鉄は既に決定してるの! それで桃香ちゃん、どうかなー?」
「えっと、私は……こ、この四人で行けるなら……行きたい、です……」
「……はぁ…………」
虎鉄は凜の不遜さにため息をつきながら、窓の外に視線を向けた。
そこからはいつもと変わらない涼しげな風と、蝉の声が響いている。しかしそこには今までなかった、ぼーっとした表情でふわふわと浮かぶ妖狐の姿がある。
この妖狐と出会ってから1ヶ月も経ってはいないが、虎鉄の周りの環境はどんどんと変化している。今までとは少し違う考え方を出来るようになったからか、虎鉄自身でも、自分の性格が少し変わってきている様な気もしている。
前向きと言うか、何と言うか。言葉にはしにくいが、それは良い事なのだろう――――
「はーい決定! じゃあこの四人で行きましょー!」
そんな事をぼんやりと考えていると、結局虎鉄も頭数に数えられた約束を、凜が勝手に取り付けている声が聞こえた。
「結局俺も行くことになってんのな……」
「別にいいじゃねえかよ、御門! お前は考え方が固すぎるぜ!」
「うっせ」
「じゃあ詳しい事決めたら、メールするね! よろしく!」
凜がそう言い放った直後に鐘の音が鳴ったので、虎鉄と凜以外は自分の席へと戻って行った。凜は最近、決まって虎鉄の隣に座る。その意図は、虎鉄にはあまり分かっていない。
そうしていると、教室の前の扉から見慣れない人影が、雑に束ねた赤髪を揺らしながらのっそりと現れた。実技の時間である昼過ぎ以外は殆ど見ることの無い、
生徒達に戸惑いが走る中、弓削は教壇に立つと、普段通りの面倒くさそうな表情で話し始めた。
「はーいおはようございます……お前らに話があるので、アタシが来ましたー……」
弓削はあからさまに面倒くさそうに後頭部を掻きながら、手に持っていた紙に書いているのであろう内容をそのまま話し始めた。
「えーっと、皆さんに嬉しいお知らせです? 最近発見された赤い呪力について。御岳峠で発見された赤い呪力ですが、現在もまだ詳細は分かってはいません。しかしそれが、陰陽師、しいてはこの国の脅威であることは明白です?」
「…………?」
弓削の説明に、教室中の生徒が怪訝な顔をしている。
虎鉄と家原を除く生徒には、赤い呪力の脅威はまだ知れ渡ってはいない。しかし、すでに何度もその存在については説明を受けており、今更再度告知する意味がよく分からないからだ。
そんな生徒達を尻目に、弓削は続けた。
「えー、よって、今回未来の陰陽師になる、
「はぁ!?」
そして、ほぼ皆から叫び声が響いた。
周囲が沸いている状況に尚も弓削は一切怯む事無く、最後まで読み上げる。
「なに? えー、場所は、
「ちょっと、夏休みは? その間どうなるの? ただでさえ短いのに削られちゃうの!?」
「俺達の休みはどこに行くんだよー!? そもそも合宿って言うなら、絶対遊べないじゃないか!」
そこまでの人数はいない筈の教室は怒号で埋まり、次々と抗議の叫びで満たされる。
弓削はそれを見て、更に面倒くさそうな表情と声色を以てそれに返した。
「うっせーな……知らねーし。アタシはこれを伝えて来いって言われただけなんだよ……まあいいや、後で詳細書いた紙、持ってくるらしいから。それ読んどけよ、そんじゃー。はーめんど……」
そしてそう言い残し、のそのそと教室から去って行った。
虎鉄は話を特に怒るわけでもなく聞いていた。例え夏休みがあろうがなかろうが、どの道訓練は毎日行う予定だったからだ。だからこそ、虎鉄にはほぼ気にすることも無い話題だったのだが――――
「――――は、は。海。海、いけるね……」
「うわっ!? り、凜……お前……」
隣にいる凜はこの世の終わりの様な表情を浮かべ、虚空を見つめながらうわ言の様に何かを呟き続けていた。
流石に哀れに思った虎鉄は声を掛けてみる。
「ま、まあ、良かったじゃねえか!? 海、行く予定だったし、旅費が浮いた―、みたいな! あはは……!」
「……ソウダネー」
「ひぇっ」
どう見ても焦点が合ってない目でこちらに首だけを向ける凜。
そんな幼馴染の姿に恐れをなした虎鉄は、なんと声を掛けるべきか分からず、ただ苦笑いを続けた。
こうして奇しくも、遊びではない目的で海に行くことになった虎鉄達であった。
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