3、死ねない狐の夏休み

第7幕 

第7幕 陰陽寮の夏休み―1



 照り付ける日差しとセミの鳴き声の下。

 今日も虎鉄と凜は木々に覆われた狭い山道を歩いていた。


「――――いや、マジで暑い……死ぬ……」


「虎鉄ーまたそれ? ほんと暑がりだねぇ」


「そう言われても、治そうと思って治せるもんじゃないだろ? 一応色々対策はしてんだよ、これでも……」


 虎鉄はそう言いながら、ハンカチでだらだらと流れ続ける汗を拭った。

 7月も後半になり、日に日に暑さが増している。制汗剤やらを試してはいるが、やはり全く効果はない。

 文字通りいやになる暑さに悪態をつきながら、虎鉄は舗装のされていない土の上をゆっくりと歩き続けている。


 最近は『強くなる』と言う明確な目的がある事と、見鬼の才も無事覚醒している為、少し前ほどは陰陽寮おんようりょうに向かうのが面倒なわけではない。しかしそれでも、昔から毎年訪れる、この耐え難い暑さだけはどうにも慣れない物だった。


 そうしていると、虎鉄の前を歩く凜が、二つに結った黒髪をひらりと舞わせながら振り返り、笑顔で話しかけて来た。 


「まあいいじゃん? 今日から一応夏休みだし。とは言っても普通の学校よりだいぶ短いみたいだけどね」


「夏休みかぁ……やる事無い訳じゃないけど、色々不安なんだよな……」


 凜が発した通り、今日の授業と終業式を以て、陰陽寮も夏休みに突入する。勿論その間も陰陽寮や連絡屋自体は解放されているので、問題無く訓練や御祓おはらいに向かうことは出来るのだが。


 先日の御岳峠みたけとうげの一件。

 榊の説明により、一応は丸く収まったようで、教師や在野の陰陽師達が虎鉄に何かしらのアクションを起こしてくることは無かった。同時に振り込まれた報酬金額に、少し目を疑った。


 俗物的だが、榊なりのお礼なのだろう。かなりの金額が振り込まれたおかげもあって、虎鉄家の家計は想像以上に潤っており、大食いの妖狐が居てもなんとか生活に困らなくはなっていた。

 もちろんあの後にも何度か御祓いに向かい、妖狐の呪力の訓練と共に、炎鬼妃えんきひと名乗った鬼と比べてあからさまに弱い妖を祓っている。


 そして虎鉄の予想通り、妖狐の呪力は他人を守ると言う意識を強く持たない限りは、全く上手く扱えないと言う事も確認できていた。その理由は依然として不明だが、いざと言う時にはなんとか力を扱えるだろうと言う事実は、少しだけ虎鉄をほっとさせてくれてもいた。


 ただ、あの赤い呪力については隠し通すことも出来なかったようで、今も全国の陰陽師や連絡屋が総力を決して調査をしている、との事だ。それにより陰陽寮の生徒達も少しだけ気を引き締める事になり、より一層授業も実用性や難易度の高いものへと変わって行った。


 もちろん虎鉄は、依然として蝋燭の火すら消せれないのだが――――


「まあ、結局今日も普通の授業はあるしねー。虎鉄も今日こそは火、消せるようになるといいね!」


 そうして考え事をしている虎鉄に、凜が笑顔で話しかけて来た。

 虎鉄も一旦難しい事を考えるのを止め、いつも通りの表情で言葉を返す。


「……そうだな、コツさえつかめば何とかなる気がするんだよな。なんかこう、呪力を指先に集めるイメージ、だっけか? それさえ出来ればいけると思うんだけどなぁ」


「あはは……まあ、練習だね! 虎鉄は頑張り屋だし、きっとすぐ出来るようになるよ!」


「だと、良いけど……」


『主様はその集める、と言うのがヘタなのじゃ! 私の力も、結局あの日以来まともに扱えてはないではないか!』


 そうして話していると、虎鉄の横にふわふわと浮かんでいる妖狐が聞き飽きた言葉を発してきた。

 慣れた虎鉄は一瞬だけむすっとした視線を妖狐に向けて、すぐに凜に向き直した。


「まあ、俺は夏休みだろうが学校に来て訓練や御祓いをやる予定だから、何とかなるだろ」


「えー、夏休みまで学校行くの虎鉄? 他にやる事無いの?」


「うっせ、良いんだよ、俺はこれで!」


 にやにやと憐みの目を向けて来る凜。虎鉄はごく軽く頭を小突いた。


「ひゃっ! もーぶつことないじゃん!」


「俺に悲しい現実を思い出させた天罰だ」


「なにそれ! ひどー」


「言ってろ」


 こうしていつも通り、ころころと表情の変わる幼馴染との他愛ない会話をしながら、山道を進んで行く。


 虎鉄はそんな日常を守る為に、日々強くならなければならない。

 虎鉄を狙ったあの鬼達が、いつまた襲い掛かって来るかも分からない中、そうそう遊びに行くという思考には中々なれないのだ。炎鬼妃との戦いでも、家原が結界で守ってくれなければ、最悪命を落としていた可能性だってある。


 誰かを、いや、凜を守る為には、自身をも守れる強さがいる。

 そう思って、虎鉄は言葉を発したのだ。


「ねえ虎鉄、夏休み入ったら、海行かない?」


「――――は? う、海?」


「そう、海! 遊びに行こうよ、皆誘ってさ!」


 そうしていると、虎鉄の考えとは正反対の言葉を凜が発した。勿論凜はあの鬼の存在など知らない、いや、虎鉄が知らせていないので、全く不思議な提案では無いのだが。

 これを変に断るのも不自然だと思った虎鉄は、それとなくあやふやな答えを返してみた。


「うーん、まあ、行けたらな」


「うん! 行けたら行こ!」


 そうして歩いていると、陰陽寮の敷地に入る石畳の階段が見えて来た。

 無邪気な笑顔ではしゃぐ凜を追って、虎鉄もその階段を上って行った。


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