第6幕 神を蝕む悪意―6
誰かが自分を呼ぶ声がする。
誰かは分からないが、とても心配している声だ。
同時に、何か温かいものに包まれている気がする。
何処かで、こうして貰っていたような、不思議な感覚。
何故かは分からない。けれども、懐かしい思い出が蘇ってくるような――――
◇
「御門君……! 御門君……!!」
目を覚ました虎鉄の視界に最初に入って来たのは、覆いかぶさる様に心配そうな表情を向ける家原と、和室と思われる低めの天井。
「――――いえ、はら……?」
「御門君!! 良かった……目覚めないかと思いました……!」
覚醒しきっていない意識を無理矢理動かしながら、虎鉄は起き上がろうとした。
「いっ……つう……」
「ま、まだ無理に体を動かさないで下さい! 全身傷だらけで、今、簡単にですが治していますから……」
しかし起き上がろうとした体に激痛が走った。なんとか体だけを起こして視線を自身に向けると、剥かれた上半身と傷だらけの脚に大量の紙札が貼り付けられ、淡白く光っている。
今虎鉄が起きた場所は、蝋燭だけが照らす狭い和室に敷かれた布団の上だった。家原が貼り付けてくれたのであろう、治癒の祓魔式が刻まれた紙札が、温かさにも似た呪力で傷口を癒している。
「だから言ったであろう? そのうち目が覚めると。私の主様がそう簡単に死ぬわけが無かろうに?」
周りを
ようやく虎鉄は、自身に何が起こったのかを思い出した。
先程榊に変わり呪術の人柱になり、妖狐の呪力を以て無理矢理起動させたのだ。
無我夢中で振るった、あの藍色の呪力。虎鉄はその後の顛末を聞くために、口を開いた。
「――――あの後、どうなったんだ……?」
「それは――――えっと……」
「――――私が、お話いたします」
家原の言葉を遮る様に、榊が口を開いた。
「御門さんのお陰で、おおいぬ様は、無事あちらへと還られました。しばらく経てば、またこの地に戻り、御守り頂けるようになるでしょう」
「……なんとか、成功したんだな……良かった……」
あちらとは、恐らく
「何故、おおいぬ様があのような御姿になられたのかは分かりません。私はこのまま、父にまでその魔手が伸びないよう、十分に気をつけさせて頂こうと思います」
「それは……」
虎鉄はあの人型の鬼について、説明しても良い物なのか迷った。しかし、ここにいる全員は先程の戦いで協力し合い、そして了承を得られるのであれば様々な秘密を共有する仲になるのだ。
虎鉄は意を決し、あの鬼について分かる範囲で説明を始めた。
「……ここに来る前に、人型の鬼に会ったんです。そいつは俺の事を『器』って呼んで、襲い掛かってきました。二人の助けもあってなんとか祓えたんですけど、そいつは死に際に、置き土産がどうとかって……」
「……器……置き土産、ですか」
「はい。確証はないですけど、その、おおいぬ様や、その周りを走っていた狼もみんな、赤い角が生えていましたよね? もしかしたら、それの事なのかもしれないと……」
榊が口に手を当て、何かを考える様に口を閉ざした。
そして少しの静寂の後、僅かな微笑みと共に虎鉄に言葉を返した。
「……分かりました。私たちも、その件について調べさせていただきます。御門さん、今回の御勤め、本当に、ありがとうございました」
そして榊は両手を前に出しながら、深々と頭を下げた。
それと同時に倣うようにして、黒い狼もその頭を地へと下す。
「い、いやいや! そんな大したことしてないですよ俺……! ほんと、勝手にやらせてもらったって言うか……!」
「謙遜などせずともよいのだ、少年よ。お陰で我は、娘を殺さずに済んだ」
そして黒い狼は顔を上げながら、慌てて言葉を返す虎鉄に、威厳と優しさを含んだ声色で感謝を告げた。
虎鉄は先程聞けなかった疑問を、黒い狼に投げかけてみた。
「……そういえば、さっきお父さんって……」
「
「捨て子……」
「古くから人柱を立てて来た故、榊家は途絶えた。しかしいずれ来る厄災の為に、人の子が必要であったのだ」
「そ、そんなのって……」
虎鉄はその話に驚くと共に、怒りを感じていた。
呪術で用いる人柱。その為だけに育てられた榊。
あまりにも無情な事実を告げられ、虎鉄は絶句してしまう。そんな虎鉄の気持ちを代弁するかのように、妖狐がぽつりと呟いた。
「……神が身勝手で人を殺めるとは、やっている事はそこらの妖と一緒じゃのう」
妖しく嗤いながら黒い狼へと話す妖狐。
黒い狼は低く唸りながら、その言葉に答えた。
「……しかし我は明子を育てて行くにつれ、人柱になど出来ぬと、思ってしまったのだ。この子を、死なせたくは無いと。これは、人間が持つ、愛にも近しいものなのだろうと、今になって我は思う」
その言葉に榊が反応し、黒い狼はそちらに視線を向けながら話を続ける。
「お父さん……」
「古き習わしには、我も逆らえぬ。今日まで真実を告げなかったことを、本当に罪であるとも思っておる。明子、どうか、許してくれ……」
そして黒い狼は榊へと近づき、ゆっくりと頭を下げた。榊は少しだけ迷いながらも、その頭に手を乗せ、ただ俯いていた。
榊は、この習わしを知らなかったのだ。そして今日おおいぬ様が現れて、父の口から初めて知らされたのだろう。
その時と、今。榊が一体何を思ったのかは、虎鉄には想像もつかない事だった。
この会話に、自分が何かを言うべきではないのだろう。
その考えは、家原や妖狐にも浮かんでいたようだった。
虎鉄達は口を閉じたまま、ただ黙って二人を見つめ続けていた。
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