第6幕 神を蝕む悪意―7



「……すみません、御見苦しいところを、お見せしてしまいました」


 しばらくの静寂の後にさかきが口を開き、次の話題を虎鉄達に問いかけて来た。


「今回、あなた方を巻き込んでしまった事を、私達は本当に申し訳なく思っております。更に身勝手ではありますが、どうかこの事は内密にして頂ければと思います。本当に、御迷惑をおかけ致しますが……」


「い、いや、俺が勝手に首を突っ込んだだけですし、榊さんを助けられたって事だけで、俺は嬉しいくらいなんです……! 逆に迷惑かけたかもって思ってましたし……」


「そ、そうですよ! 私も、迷惑だなんて思っていません! それに、秘密にするって事も約束できます!」


 榊の言葉に虎鉄と家原が反応する。

 この事とは、呪術の存在と、恐らく大狗真神おおいぬのまがみ達の存在の事だろう。

 虎鉄は妖狐に視線を向けながら、先程同様の言葉を返した。


「……俺も、連れてる式神の事、あんまり詳しく話せないんです。だから、謝らないで下さい。むしろ俺がお願いしたい位なんですから」


「……御門さん、家原さん。本当に、ありがとうございます。そちらに関しての秘密も私たちの胸に秘め、決して口外致しませんので、どうか……」


「だ、大丈夫ですよ! 頭を上げて下さい……! 絶対誰にも言いませんから……!」


 再度深く頭を下げる榊と黒い狼。

 虎鉄は慌てて言葉を返し、今日の事はこの場にいる者以外には話さない秘密として、約束をした。



 そうしてしばらくした後、家原の治癒の紙札の効力によってあらかたの傷が癒えた虎鉄は立ち上がり、この場を後にしようとする。


「何とか動けるようになったので、俺達は帰ります。あ、一応あの赤い呪力の事について、何か分かったら教えてください。連絡先とか、交換した方が良いですよね?」


「……はい、お願いします……!」


 榊は白装束の裾からスマートフォンを取り出しながら、虎鉄の言葉に頷いた。

 一気に現実味のある物を持ち出され、虎鉄は少し苦笑いをする。


 虎鉄達は、なんとかおおいぬ様を鎮める事に成功したのだ。少し気が抜けた事により虎鉄はその事実を、改めて実感したのであった。


 そうして虎鉄達は最後に挨拶をしながら、この場を後にした。





 虎鉄が居たのは荒れ果てた神社の中で、唯一倒壊を免れていた場所の一角だったらしい。

 虎鉄達は境内を抜け、月明りだけが照らす薄暗い山道を歩いている。

 その途中で、家原が言葉を発した。


「あの、さっき、詳しくは話せないって言ってましたけど、結局そのきつねさんは一体……?」


 横を歩いていた妖狐はむっとした表情で家原を睨み、そのまま霊体化してしまった。


「わぁ……!? き、消えちゃいました……?」


『ふん! 主様、あのような失礼な物言いをする小娘などに、話す事など無いぞ!』


「あ、あのなぁ……!」


 虎鉄は頭を掻きながら妖狐の子供っぽさに呆れ、そして家原に視線を向けながら話せる事情だけ説明を始めた。


「こいつはその……多分、悪くない筈の妖なんだけど、今は俺の式神なんだ。色々あって契約を結んで、こうなった。その詳しい理由は、出来ればあんまり話したくないんだけど……」


 言いよどむ虎鉄を前に、家原は少し悩んだような顔をしてから言葉を続けた。


「……分かりました、聞きません! 御門君がそう言うなら、きっと悪い妖では無いですもんね!」


 そうして笑顔で返事をする家原。教室では見せない表情に、虎鉄は微笑みながら返す。



「……ありがとう。本当に助かるよ。あの戦いで命まで救って貰って、本当に感謝してるんだ」


「い、いいいいえいえ!! そそ、それほどでも、無いです……」



 虎鉄が話すと、急に視線を逸らし手をぶんぶんと振りながら答えた家原。

 虎鉄は怪訝な表情で前髪に隠れたその表情をのぞき込むが、あまりその意味は分からない。



「そ、それに、これは秘密にしなきゃダメなんですよね……?」



 俯いた家原が呟いたその言葉に、はっとした虎鉄は、腕を組みながら悩み始めた。

 榊とは違い、家原はこの事を秘密にしてくれる為の理由など無いのだ。


「そうなんだけど……そっか、家原はわざわざ秘密にしてくれる理由がないもんな……うーん、なんかその、見返りと言うか、何と言うか……最初に助けたお礼に? は違うよな……」


 そうして一人で唸り続ける虎鉄。

 それを見て、家原が顔を赤らめ見上げながら虎鉄の前に立ち、それについてを言及した。



「あ、あの、その事に、ついてなんですけど……一つだけ、お、お願いをしても、良い、ですか……?」


「ほ、本当か!? それでいいなら、本当に助かるよ! それでお願いって?」



 見つめながら家原の言葉を待つ虎鉄。

 どうしてか家原は言いにくそうにしている。

 そうして数秒待った後、家原は意を決した様に虎鉄に言葉を発した。



「そ、その……お、に! なって、下さい、ま……せん……か……?」


「えっ」



 どんどんと声が小さくなり、恥ずかしそうに視線を向ける家原。

 虎鉄は予想外の言葉につい呆けた声を出してしまった。


 その声を聴いた家原もまた、更に顔を赤らめながら俯いてしまった。


「と、友達になれば、秘密にしておいてくれるって事か……?」


「……は、はい…………」


 家原の真意はよく分からないが、虎鉄にとってはもちろん何も断る理由など無い。再度笑顔を浮かべながら、家原に答えを返した。


「家原がそれでいいなら、もちろんいいぞ? そもそもこんだけ話してりゃ、既に友達みたいなもんだろ?」


 その言葉を発した途端に、恥ずかしそうにしていた家原の表情が花開く様にして笑顔に変わり、嬉しそうに虎鉄を見上げて来た。


「ほ、本当に? あ、ありがとうございます……! えへへ……! じゃ、じゃあ、名前で呼んでもいいですか? 私、そういうのに憧れてて……!」


「えっ……いや、まあ、良いんじゃないの……?」


「じゃあ、こ、虎鉄、君……! わぁ……い、言っちゃった!!」


「……なんかテンションおかしくない? いつもそんなんだったっけ……?」


「それは、お友達だからです! ふふ……! お友達……!」


 虎鉄の疑問をよそに、嬉しそうに振り向き、短いツインテ―ルを揺らしながら早足で駆け出して行く家原。

 そして何故か頬を膨らませて黙ったままの妖狐。



 結局二人の真意は良く分からないままだったが、家原の嬉しそうな姿に頬を緩めながら、虎鉄も後を追いかけて行った。


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