第4幕 初めての御祓い―6
『主様ぁ……? これはどういう事じゃ……?』
「…………はは……」
自分の分が用意されていないであろう事に気づいた妖狐が、完全に怒りモードで虎鉄を睨みつけている。こうも強く訴えられたら、虎鉄は聞き入れるしかない。
「あ、あの、すみません……! 俺、お腹減っちゃったんで、もう一人分、いや二人分頂けますか……!」
「はぁ、構いませんが……? お持ちいたしますので、お待ちください――――」
女将が怪訝な顔を向けて来るが、この際自費でも仕方ない。昼も節約のために食事をしなかったツケが回ってきたのだろう。
いつもあんなに美味しそうに食事をする妖狐に、晩飯まで抜きなどと伝えることは、虎鉄には出来なかった。
決して高くは無い報酬から、更にこれからの生活費となる筈だった額が引かれていく。虎鉄は表で笑い、心で泣いた。
◇
そうして待つこと十数分、運ばれてきた料理に合わせて、ようやく虎鉄も飯にありつく事が出来た。
「んむー! 主様の作る飯とは違うが、これはこれで美味なのじゃー!」
「あっそーかい……」
腑に落ちない虎鉄だったが、せっかくほぼ無料で高そうな宿に泊まれているのだからと気持ちを鼓舞し、自分も会席料理を食べ始める。
久々に食べる高級な食材たちは、どれも涙の味がした。
「そう落ち込むでないぞ主様! このような飯も美味じゃが、主様のはそれよりもびみゅいむぐ」
「だから食いながら話すな! それにそんな事で落ち込んでんじゃねえんだよ!! ったく……」
相変わらずの図々しさに呆れる虎鉄。微妙に虎鉄を慰めているのであろう、姿勢はありがたいが完全に的外れだった。
確かに想定外の出費も痛いが、他にも虎鉄が気を落とす理由はある。昼に
何度あの青い呪力を押さえつけようとしても、全く上手くいかなかった。
祓魔刀の切っ先から放たれる光一つ取っても、あの『青い世界』での戦闘を覚えている限りでは今日の様にどろどろとした物では無く、もっと真っ直ぐに長大な刀を象れていたはずなのだ。
――――理由はさっぱり分からないが、何かコツや条件などもあるのだろうか……
そんな事を考えていると、少ないだろうと気を利かせて二人分用意して貰った料理をあっさりと食べ終えた妖狐が急に妖艶な表情になり、虎鉄の悩みを見透かすように
「……昼間のあれじゃが、それこそ気を落とす事ではないのじゃぞ? 私の呪力は人間なぞには相当危うい。簡単に扱いきれる物ではないのじゃ」
「……別に、俺だってすぐに扱えるようになるとは思ってねえよ」
唐突に妖らしい雰囲気と共に放たれた妖狐の言葉に、虎鉄はぞくりとしながら本心で言葉を返した。あの並外れた異質な呪力を、落ちこぼれであった虎鉄がいとも簡単に扱えるようになる事など、少し考えれば土台難しい話だと理解できてしまう。
それでも、おぼろげな鬼との戦いで染みついた感覚だけは、いまだ右手に鮮明に残っている。あの日に比べても扱い切れていなかったのは確かだった。
「でもさ、鬼と戦ってた時より駄目になってるって言うか……なんだろうなぁ」
「そんなもの、主様の心意気しだいじゃ。そのうち扱えるようになるじゃろう」
茶を飲みながら、当たり前と言わんばかりの声色で話す妖狐。
当然の疑問にするりと返された心意気という言葉を聞き、虎鉄は少しだけ納得できる点があった。
訓練と実戦では臨む姿勢や心構えが大きく違い、どうあがいてもその差を縮めることは出来ない。実戦で発揮される闘志こそが、呪力を扱う鍵となる可能性も否定はできないのだ。
だが、そんな都合の良すぎる話があるものだろうかと、虎鉄は更に悩ましくなるばかりなのであった。
「まあとにかく私を殺すためにも、主様には強くなって貰わねばならぬからのう! 精進するのじゃぞ?」
「いや、まあそうなんだけどさ……」
またも平然と発した言葉に、虎鉄はどうしても引っかかってしまう。
虎鉄は凜を守るために、力を授かった。
だがそれはあくまでも副次的な物で、結局は妖狐を殺す為の契約を結んだに過ぎないのだ――――
「難しい事は考えるでないぞ? 私も
「ああ……分かってるよ」
「じめじめした話は終わりじゃ、私は湯浴みに参るぞ! 先程見た広々とした浴室……! あのしゃわーとやらも主様の物とはえらい違う、らぐじゅありーな物じゃったからなあ……!」
「……だから、どこで覚えて来たんだよそんな言葉……」
虎鉄が複雑な表情で悩んでいたのを見てか、妖狐はまた明るい表情に戻り、部屋に備え付けの風呂を利用したいと申しつけて来た。
今の沈んだ気分の虎鉄にとっては、この明るい話題はありがたかった。気持ちを入れ替え、努めて笑顔で話しかける。
「……ご自由にどうぞ。ただ、今も霊体化解いてるんだろうし、前みたいに変な声出すなよ? 怪しまれるからな」
「分かっておるわ……主様、覗くでないぞ……?」
「の、覗かねーよ!! 俺にそういう趣味はねえの!!」
「かっかっか! では失礼するのじゃ!」
そう言って妖狐は浴室へと駆け出して行った。
一瞬だけ高い叫び声が聞こえてきたが、これくらいなら外に響かないだろう。妖狐のどことなく感じる子供っぽさに虎鉄は微笑む。
そしてちょうど話が途切れてタイミングも良いだろうと考え、先程運んでもらった料理の代金を払う為に、受付へと足を運んだ。
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