第5幕 妖しき襲撃者―2
突如現れた、人型の妖。
いや、人型の鬼と表しても良いのだろう。
今もなお虎鉄の感覚に突き刺さる異物感は、あの『青い世界』で対峙した巨躯の鬼が放っていた物と、全く同じ物だった。
あの時の仲間なのか、それとも違う何かなのか。虎鉄はただ眼前の妖を見上げ、無言で思考を回転させていた。
「あァ……感じる……感じるよォ!! オマエから見える!! 感じル!! 見えるよォ!? 『器』の気配がビンビン伝わって来テるゥ!!! あははハハハハハハハ!!!」
不快な声で嗤い、開けた空から虎鉄達を見下ろす人型の鬼。
その様子は
「――――あハ? いいじゃんいいじゃん!! 暇してたんだヨ!? ちょっと遊ぶくらいイいじゃん!? なあ!?」
唐突に虚空に振り向き、誰に話しかけるでもなく叫び続ける人型の鬼。
その言葉が誰に向けた物なのか、そして言い放った『器』が何を意味するのかも、何も分からない。
だが、一つだけ分かる事が虎鉄にはあった。直感で、理解できた。
この敵対者は、虎鉄達を狙っている。間違いなく、この後戦闘になる。
そしてこの妖は、自分だけの力では絶対に敵わない相手であると。
「あはハ! 来いよクソ人間共。来イよ、なぁ……あハ!? なァんて顔してんだよォ!? ちゃあンとぴーぴー鳴イてェ、楽シませてくれよォッはははハハハハハハ!!!」
「――――っ!!」
思考を巡らせる虎鉄の後ろでは、眼前に浮かぶ『死』の象徴を目の当たりにして、恐怖に表情を歪ませた家原が、声も無くへたり込んでいる。
もはやこの状況で、代償も無くあの脅威から逃げ切る事などできないだろう。
覚悟を決め、虎鉄は一切迷う事無く前に出て、祓魔刀を上段に構えた。
自分が強く、力がある人間だと思ってはいない。祓魔式もまともに扱えず、ずっと落ちこぼれの烙印を押されてきたのだ。
強大な敵を前に出来る事と言えば、かじった程度の剣術と、簡単な付呪のみ。今までの虎鉄であれば、このままみっともなく打ち砕かれ、土に塗れ、何も成すことは出来なかっただろう。
しかし今の自分には、力を貸してくれる存在が居る。
凜を守ると誓い、授かった秘密の力だ。
だからと言って、目の前で震える、家原を見殺しにして逃げられるわけが無い。
虎鉄は誰かを守りたいがために、力を授かったのだから。
――――俺が、守るんだ――――っ!!
《はあああああああああぁぁぁぁぁ!!!》
虎鉄の咆哮と共に、汎用呪文を唱えるまでも無く祓魔刀が白く輝きだす。
「――――力を――――貸してくれ!!」
主の覚悟を魂を通じて悟った妖狐が、呪力を虎鉄に流し込む。
白が暗く、暗く濁り、そして放たれる、妖狐の青い呪力。
髪は逆立ち、妖狐の呪力に侵され白く透き通って行く。
そして体内から溢れた呪力が狐尾を模しながら、虎鉄の背後に放出される。
体内に駆け巡る強大な呪力の奔流は、高まる虎鉄の感情に呼応して右手に集約されて行き、切っ先から滝の様に溢れ出す。そのまま形を成し、祓魔刀を介して長大な青い刀を象って行った。
あれ程までに制御しきれなかった妖狐の呪力。何故か今の虎鉄には、完全とは呼べない物の扱える、そんな気がしていた。なぜ今、そう思えたのかは分からない。だが、そんな事はどうでもいい。
ここに居るのは、どす黒い青を纏った、白獣の守護者。
この力は、妖狐を殺す為の力だ。だがその時までは、誰かを守る為に虎鉄は戦う。
「アは。あははハ!! いいじゃーン!!! 『器』ってそぉンな事も出来ンの!? すげーじゃン!! 面白れェー!!!」
虎鉄が青い呪力を開放する様を見た人型の鬼が、腹を抱えて嗤っている。それは余裕の表れか、虎鉄にはもちろん分からない。
だからこそ、虎鉄は青い刀を掲げながら精一杯の虚栄を含め、見上げながら鋭く睨みつけた。
「――――何が目的か知らねえが、来るなら叩っ切ってやる!!」
「へェー……威勢イいじゃン……あハ」
その瞬間、世界が反転した。
あの日と同じ、『青い世界』だ。周囲の光がことごとく消え去り、夜よりも暗い
そして見下ろす人型の鬼の背後、
「あは、アはは、あははハハハハハハハハハハハハ!!!!」
妖の壊れた嗤い声と共に、完全に異空間へと連れ込まれた虎鉄達。
虎鉄は振り返り、目まぐるしく変わる数々の光景を声も無く見続けていた家原に向かって、無理矢理に笑顔を作りながら呟いた。
「……家原。後で色々説明するから、大丈夫だ。ちょっと怖いかもだけど、俺達が守る。安心してくれ」
「――――わ、分かり……ました……?」
虎鉄の言葉に少しだけ正気を取り戻した家原は、その大きな瞳で見つめ返してくる。
その表情は恐怖と共に、
『――――主様よぅ、一人でやるつもりか?』
不意にそう言いながら、妖狐が虎鉄の横に歩み寄る。今に限り、虎鉄にとっての最大の相棒。
そして虎鉄は最大限の誠意と敬意を込めて、妖狐に返答した。
「ああ、お前が家原を守ってくれ……俺が、あいつを祓う……!!」
「……全く、あれ程バレるなと申しておったくせに、簡単に使いおって……しかも妖である私に、小娘一匹を守れとはのう……主様は妖使いが荒いわ」
「……頼んだぞ……!!」
「――――!? なに!? き、きつね、さん!?」
霊体化を解いた妖狐が突然現れたように見えたのだろう、家原の驚きの声が背後から聞こえて来る。
妖狐は呆れる様に虎鉄に頷き、そして家原の元へと戻って行った。
すれ違いざまに見せた表情も、何とも妖らしいふてぶてしい嗤い顔だ。
そして背後から戦いに臨む虎鉄に向けて、妖狐はぼそりと一言呟いた。
「……私が力を貸しておるのじゃ。精々踏ん張れよ?」
小馬鹿にする様な声色。だがその言葉に、虎鉄は勇気を貰えた気がした。
「言われるまでもねえ……! 任せろ!!」
自然と口元が緩んだ虎鉄は、不敵な笑みを浮かべて見せた。
家原はきっと、この力の説明を求めるだろう。
それを、秘密にしてもらえる保証など何もない。それでもいい。
誰にも負けない程にもっと強くなって、迫り来る全てから友達を、そして凜を守る。その覚悟を虎鉄は胸に刻み込み、宙に浮かぶ人型の妖を睨みつけた。
「ねェーえー。もうお話終わっタ? 一体何を喋ってンのか知んないけド? 長イから殺しちゃおうかと思っテたよ? てか何ソイツ? 誰?」
「……すまねえな、話し込んじまったよ! 簡単に倒せそうなもんだから、誰が行くか決めてたんだ! 三人いっぺんに行くのは可哀そうだと思ってなあ!!」
「――――もちろん、一番弱い俺で十分だって結論だ……!!」
怪訝な顔で見下ろしていた人型の妖に、虎鉄はわざと挑発するかの言葉を放ち、口元を歪ませて見せた。
恐怖が無いと言えば嘘になる。だが、今の虎鉄には溢れんばかりの闘志が、胸の内で燃え盛っている。
――――負けない。そして、守るんだ。
虎鉄の挑発に反応した人型の鬼が、その眼光を更に鋭く光らせ、敵対心を全身であらわにする。
「へェー…………クソ如きが言ってくれンじゃん!? クソ人間がよォ――――!!!」
そしてそれが赤い呪力をまき散らすと同時に、虎鉄は地を蹴り空へ跳躍した。
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