第4幕 初めての御祓い―終幕
翌日。
虎鉄達は昨日と同じ様に呪力の訓練を終え、
月明りが何とか視界を照らしているが、木々の先が見通せない程に暗い。腰に下げられるようなランタンを持って来れば良かったと、つくづく実感している所だった。
既に日が暮れて2時間ほど探し回ってはいるが、やはり手掛かりは無い。また明日に繰り越して、学園にも欠席の連絡を入れようかなどと考えていたその時――――
「――――? あれは……」
唐突に、少し遠くの木の影がぼんやりと明るくなる。人の明かりか、妖か。確認の為に、虎鉄は祓魔刀に手を掛けながらゆっくりと近づいて行った。
そして恐る恐る自身も木の陰から顔だけでのぞき込む。
するとそこで、とある妖が姿を現していた。
淡白い光がゆらゆらと、木陰の間を彷徨う様に動いている。実体は持たず、空気中の微かな呪力を
虎鉄はようやく妖を見つけられた事に胸を撫で下ろす。これなら自分だけでも楽に祓えるはずだ。そしてそのまま陰火へと接近しようとして――――
――――しかし虎鉄のおぼろげな知識が、その間違いを正した。
陰火は、意思を持たない。言い換えるならばただの呪力の集合体。人に害を与える事は一切なく、宙に浮かぶだけの妖なのだ。
そしてそれは、別の妖が現れる予兆を示している。
「――――っ! 気をつけろ!」
『あい、分かったのじゃ!』
自身の間違いに気づいた瞬間、唐突に付近の呪力の濃さが増して行く。
虎鉄が送る日常では感じることの無い感覚。直感的に、敵対心を持った妖が近づいてきていることが分かった。
《急急如律令!》
戦闘を予感した虎鉄は祓魔刀を抜き、呪文と共に呪力を籠める。放たれる白い光がごく狭い範囲を明るく照らす。
見通しの利かない木々の隙間から、どんどんと妖の気配が増して行く。
そしてそれは、獣の匂いと共に一気に近づき――――
『主様! 来るのじゃ!!』
「くっ――――!?」
目では追い切れぬ程の速さで突進、虎鉄は何とか祓魔刀で攻撃を受けた。
――――噛みつかれている!?
祓魔刀に伝わるのは、実体のある重さ。虎鉄は渾身の力でそれを振り払い、襲い掛かる妖の正体を確かめる。
「この……離しやがれ――――!!」
振りぬくと同時に妖が祓魔刀を放し、距離を置いて着地する。
そこいたのは、四足歩行の獣。おぞましい唸り声を上げながら虎鉄を睨みつけている。逆立てた灰色の体毛と鋭い牙を震わせ、ぼたぼたと唾液にも似た濁った液体を滴らせる。その姿は縄張りを侵す侵入者を威嚇している様だ。
そして額には、赤い呪力を纏った角が生えていた。
「な――――何だってんだ……!?」
虎鉄に襲い掛かったのは、角の生えた狼型の妖だった。
眼前で低く唸りながらこちらを見つめる狼は、虎鉄の知らない妖だった。
ましてや角が生え、あの『青い世界』で対峙した怪物が纏っていた物と同じ、赤い呪力を周囲に振りまいている。
これは、異常。異質な存在。虎鉄の脳がそう告げている。虎鉄が知る限りでは、これ程までに命の危機を感じさせる妖は、通常存在しないのだから。
しかし虎鉄の闘志は消えない。例えどれだけ異質であっても、妖を祓うのが陰陽師の責務。
虎鉄は祓魔刀を前に構え直し、威嚇し返す様に狼を睨みつけた。
「――――あれ、なんなのか分かるか……?」
『私にも分からぬ。ただ、そこらにいるちんけな輩とは、ちょいとだけ話が違うようじゃ』
睨みあいながら、情報を妖狐から探ろうとする虎鉄。
そうしているとまたも気配が濃くなり、同じ姿をした狼が、周囲を取り囲むように集まって来た。
「……やばくなったら言う。そん時は力を貸してくれ。無理矢理にでも使ってやる」
「……良いじゃろう。私も加勢してやろうぞ。主様よ、自分の身は、自分で守るのじゃぞ?」
「言われなくてもだ……!」
霊体化を解きながら隣に立つのは、日常で見せる物とは一切違う射貫く様な視線と共に、口を吊り上げ妖しく嗤う妖狐。一目で妖たらしめる、妖艶な笑みだった。
「いくぞ!!」
虎鉄は掛け声と共に走り出し、狼に迫る。
動きに反応した狼も、こちらに牙を向け、跳躍した。
刀と牙が交差する瞬間――――しかし虎鉄は足捌きを以て狼の大顎を鼻先に掠める。
すれ違い、空中で無防備に背中を向けた狼。
振りかぶった祓魔刀に力を籠め、白い閃光が暗い森を照らす。
そのまま額に突き刺さる様に生えた角を目掛けて、後ろから思いきり叩き付ける。
「おおぉらぁぁぁ!!!」
呪力の乱れを正確に捉えた打撃が狼の角に直撃し、そのまま大きく吹っ飛ばした。同時にガラスが砕ける様な高い音が辺りに響き、赤い呪力が飛び散った。
木に打ち付けられた狼は掠れた鳴き声と共に地に伏せ、そのまま空気中の呪力の流れへと還って行った。
あの『青い世界』で虎鉄は、鬼の呪力器官が角であることを感覚で悟っていた。そして同じものを持つ狼。弱点を狙った攻撃は、虎鉄の狙い通り効き目がある様だ。
仲間を殺された狼達は、尚も怯む事無く木を背にした虎鉄を睨みつけている。
その向こうでは、突っ立ったままの妖狐が5体ほどの狼に囲まれている状況が見えた。
「――――そっちは、大丈夫か……っ!?」
虎鉄の焦り声に、妖狐はあくびをしながら緊張感の一切ない声色で返答する。
「……私をだれじゃと思っておるのじゃ、主様よう? このような輩、私の前では虫けらにも及ばぬわ」
妖狐が言葉を発した瞬間、その意味を挑発と捉えたのか、囲っていた狼たちが一斉に襲い掛かる。
《立場の分からぬ痴れ者が。
妖狐が呆れたようにため息を吐きながら右手を前にゆっくりと上げ、二重に聞こえたと錯覚させる、鋭い呟きを発する。
行使される、妖の王の力。
直後、甲高い高周波と同時に、妖狐の周囲に青い呪力の波が放たれ、飛び掛かった狼達が草木と共に根こそぎ吹き飛ばされる。
青の呪力が持つ毒に
「す、すげえ……!」
開けた場所で立ちつくし、他の何物も寄せ付けぬその姿は、紛れも無く大妖怪。
妖狐が攻撃の為に呪力を扱うのを初めて見た虎鉄は、その圧倒的な風格に見惚れ、同時に畏怖した。あれほどまでに強力な攻撃も、きっと本気など一切出してはいないのであろう。
妖の王たる所以は、呪力の強さと同時に存在するその貫禄にあるのだと、虎鉄は今更ながらも肌で感じたのだった。
そうしている内に虎鉄を睨みつけていた狼がしびれを切らし、襲い来る。
虎鉄は冷静に動きを見極め、一体を体に沿わせた祓魔刀で逸らす様に
虎鉄と妖狐によってまき散らされた、血のように赤い呪力の残滓。
残された一体の狼が、その光景を目の当たりにして理性を取り戻したのか、弱々しい鳴き声を上げながら森の奥へと走り去る。
「逃がすか――――追うぞ!!」
『望むところじゃ。私に向かってきた罰を、しっかりと刻みつけてやらねばのう?』
虎鉄達もそれに続き、暗い森の中へ駆け出した。
◇
見通しの利かない森の中を、狼が残した赤い呪力の痕跡だけを頼りになんとか走り抜ける。
妖狐は再度霊体化している為、すいすいと舞う様に木々をすり抜けて虎鉄に追従している。
そうして追った先、少し開けた場所。
「きゃ――――!?」
不意に響く女性の叫び声。
――――誰か、襲われている!?
虎鉄は一気に加速し、狼と、座り込んだ人影を捉える。
そして気を取られている狼に向かい、白く輝く祓魔刀を一気に振り下ろした。
角と共に体を両断された狼は、身動き一つすることなく空気中に散って行く。
そしてその先、木に寄り掛かりながら座り込んだ人影が、
「――――み、御門、君!?」
座り込み、肩を震わせながら紙札を握りしめていたのは、虎鉄の見知った人物。
五芒学園の白い制服に身を包み、前髪の隙間から涙の滲んだ瞳で、怯えながら見つめ返してきた。
クラスメイトの、
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