第4幕 初めての御祓い―3



 そうして迎えた翌日の朝。


 虎鉄は出発の前に、必要な荷物を検めていた。着替えや日用品はもちろん、妖を祓う為に必要な武器、祓魔刀ふつまとうも用意している。流石に祓魔刀を裸のまま持ち出す事は出来ないので、つばがついたそのままの状態でも持ち運べるように改造した黒い竹刀袋に入れている。


 実家から今のアパートに引っ越す際に無理矢理渡された祓魔刀。『霧絶きりたち』の銘で御門家に代々伝わっており、特殊な金属に呪力を籠めながら打たれた物らしい。先祖達はこの刀を以て、霧の様に広がる悪しき妖を祓い続けて来たとされている。


 あの『青い世界』を除けば妖との実戦は今回が初めてであり、同時にこの祓魔刀を実家以外で扱うのも初めてだった。それでも刻まれている祓魔式はあくまでも付呪のみ。虎鉄でもきっと上手く扱えるだろう。


 そしてもう一つ忘れてはいけないものがある。妖狐から渡されている、鉄札凜の魂だ。

 大切な幼馴染の魂を持ち歩くと言うのも変な話だと思ってはいるが、家に置きっぱなしにする訳にもいかないので、あの日から首元に下げているのだった。


 今回の御祓いの目的は3つ。生活費を稼ぐ事、殺生石せっしょうせきに関する情報を集める事、そして妖狐の持つ呪力を扱う練習に取り掛かる為である。いつか来るであろう襲撃者に備え、虎鉄自身が成長する必要があるのだ。だからこそ遠く離れた地へとわざわざ向かい、人目につかぬ場所で妖を祓う事に決めたのだから。


 忘れ物の確認を終え、必要な物は揃っている。目的を再確認した虎鉄は前向きな気持ちを掲げ、立ち上がった。


「――――よし、じゃあ行くか!」


『参るのじゃ! いざ御岳峠みたけとうげなのじゃ!』


 こうして虎鉄達は、初めての御祓いの為に御岳峠へと向かうのであった。





 電車に揺られること3時間。途中、霊体化した妖狐が遥か後方に置いて行かれてしまうと言う珍事もあったが、なんとか無事御岳峠の最寄り駅まで到着することが出来た。


『――――で、でんしゃとは、速い物なのじゃな……まあ私なら追いつく事など余裕じゃったがのう……!』


「……嘘つけ、めっちゃ必死な顔になってたぞ最初」


『な、なっておらんわ! 私は偉くて強い妖なのじゃぞ!!』


「はいはい……分かりましたよ、玉藻前たまものまえ殿」


『……何か虚仮こけにされている気分じゃ』


 電車が動き出した瞬間『ぬしさまぁぁぁ!!!』と叫び散らしていた妖狐を適当に小声であしらいながら、虎鉄は無人駅の改札を抜ける。


 虎鉄の目に飛び込んで来るのは一面の緑と山、そして今にも折れそうな、錆び付いた観光案内板。人の住む家屋等は一切見当たらない。

 その他にあるのは蝉の鳴き声と土の香り、快晴の空から照り付ける夏の日差しだけだ。初めて来る場所ではあるが、かなりの僻地であることが一目で分かる程であった。


 ここ御岳峠は、峠と言う名前に合わずれっきとした山だ。観光地としての名は薄いが、比較的新しい信仰を持つ霊山として知られており、頂上付近には土地神をまつる神社も建てられている。


 そしてその神社の管理者である宮司ぐうじこそが、今回の依頼人。捜索の前に一度話を伺わせて貰う予定にもなっている。


 どうやら宮司は見鬼の才を持ってはいるものの祓魔式に明るくない人物であり、妖を自ら祓うことが出来ない。山や畑等が荒らされた付近で、妖の痕跡を感じ取ったはいいがどうする事も出来ず、陰陽師達に依頼を出したそうだ。


 駅から出た虎鉄達はこの後バスで中腹の宿泊施設へと向かい、一度荷物を預けてから依頼に取り掛かる手筈なので、スマートフォンの地図と受け取った依頼書を元に現地へと出発した。


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