第4幕 初めての御祓い―2
教室の自分の机に戻ると、虎鉄が連絡屋から校舎に帰る姿を見ていたらしい吉春が、その巨体とスキンヘッドを揺らしながら声を掛けてきた。
「おう御門、連絡屋に行ってたろ! お前も遂に
「まぁ、そんな所だな。明日から行って来るよ」
「いいねえ! なんなら新米陰陽師クンの為に、俺もついて行ってやってもいいんだぜ?」
吉春の提案はありがたい事だった。しかし今回の一番の目的は報酬の為ではなく、あくまでも殺生石に関する情報の収集と、妖狐の力を扱う練習の為なのだ。他人に見られる訳にはいかないので、虎鉄はそれをやんわりと断った。
「……ありがたい話だけど、大丈夫だよ。俺一人でやってみたいんだ」
「なんだよ、つれねえなあ……まあいいけどよ、見えるようになったんなら大丈夫だろ! 頑張れよ!!」
「いってえよ! いちいち叩くなっての!!」
「あっはっはっは!!」
そう言いながら吉春は、席に座る虎鉄の肩を思いきり叩いて来た。入学から3ヶ月も繰り返していれば、この物理的コミュニケーションには虎鉄としても慣れてきた物である。
数日前に起こった宇佐美との
砂塵により、途中からは虎鉄達がどのように戦っていたのかを周りの生徒達は見ることは出来なかったらしい。それでも、虎鉄が宇佐美を後一歩の所まで追い詰めていた姿を見て、虎鉄が本当に見えているという認識が生徒達の間では既に広まっている。
あれから宇佐美は大人しくなり、ここ何日かの授業においては虎鉄に突っかかっては来ていない。どのような理由からそうしているのかは分からないが、虎鉄にとっては面倒事が少なくなって喜ばしい事なのであった。
「
そうして男二人、人の少ない教室で話をしていると、二人の様子を見た凜が遠くから会話に参加してきた。
「おう倉橋ちゃん。こいつ遂に、御祓いデビューするんだってよ!」
「えっ!? 本当に!?」
先程の会話を、虎鉄の説明も無しに伝える吉春。当然凜は驚きの表情で虎鉄に向かって来る。
「本当だよ。明日、
「あ、危ないよ虎鉄! だってまだ、付呪の祓魔式しか使えないんだよ? もっと色々、練習してからの方が良いよ……」
虎鉄達の言葉に、本気で心配そうに虎鉄を見つめる凜。彼女の言う事はもっともであり、遠くから妖を祓う
しかし吉春が虎鉄より先に、凜の心配を一蹴する言葉を笑いながら返した。
「大丈夫だろ倉橋ちゃん! だって御門が貰えるような依頼だぜ? 御門に任せられるような仕事なら、めっちゃ簡単なんだろうからなぁ! あっはっはっは!!」
「た、確かに……そうかもね……」
「お前らなぁ……!」
吉春の一言で納得してしまう凜を見て、虎鉄は苦笑いを以て二人に抗議した。実際に簡単そうな依頼をわざと選んだのだが、こうも言われては否定せざるを得ない。
ただ、それでも凜は心配な様で、吉春と同じ様に同行の意を示した。
「それでもやっぱり心配だよ! よかったら私手伝うけど……」
「い、いやいいよ、本当に俺一人で大丈夫だから!」
「でも……」
「いいって! 俺一人でも何とかなるから!」
「……なんでそんなに一人で行きたがるのかな? 虎鉄、隠し事でもしてるの?」
「なっ……!」
虎鉄が言葉を遮ろうとした時、凜から鋭い指摘が飛んで来た。
流石は十年来の幼馴染、虎鉄が嘘を吐く時の癖や雰囲気で、それを見抜いて見せたのだ。たまらず虎鉄は何とか誤魔化そうと試みる。
「な、なに言ってんだよ? 隠し事なんかしてねえって……!」
「……ホントかなぁ……? あやしいー……」
そうして虎鉄に顔を近づけ睨みつける凜と、それを遮る虎鉄。そんな二人の様子を見て、吉春が何かを閃いたという表情で呟く。
「なるほどなぁ……御門、『特訓』てとこだろ?」
「えっ!? あぁまあ、そうとも言えるけど……」
特訓という言葉を持ち出した吉春に、若干驚きながら虎鉄は返事をする。すると自分の予想通りであったことが嬉しかったのか、吉春が急に持ち前の熱い性格を発揮し始めた。
「やっぱそうか! あれだな! 宇佐美に負けた、悔しい! ってな訳で、自分磨きの戦いをしたくなったって事だな! 蝋燭一本消せなかった御門が、たった一人で秘密の特訓……くぅー! 男じゃねえか御門!!」
「いや、そこまで悔しがってる訳じゃねえけど……」
実際に虎鉄はそこまで悔しいと言う感情は持ってはいなかったのだが、『特訓』が目的である事は確かなので、そのまま頷いた。それを見て、吉春は更に熱く凜にまで語り続ける。
「倉橋ちゃん! 男ってのはな、一人になんなきゃ恥ずかしくて出来ねえ事ってのもあるんだ……察してやるのも、女の愛嬌ってやつだぜ……」
「そ、そう言うものなんだね……! 分かったよ虎鉄! 私、邪魔しないね!」
「いや、まあ、うん…………そうね……」
「恥ずかしがる事なんてないんだよ虎鉄……! 虎鉄の頑張りは、きっと神様も見ててくれるからね……!」
こうして無駄に盛り上がる吉春と凜。二人のテンションに着いて行けない虎鉄は、居たたまれない気持ちで更なる苦笑いを浮かべる他無かった。
「っと、いけねえ、授業始まるんだったな! さあ行こうぜ、御門にゃ負けてらんねえ! 俺達も特訓だ!」
「はーい! 分かりましたであります、鬼一隊長!」
「変なテンションを続けないでくれ!!」
そして唐突に熱く駆け出した吉春と、それに乗って謎の掛け声と共に敬礼する凜。虎鉄も焦りながらその後を追った。
『……主様は、恥ずかしいと思うた故に、妖退治に行くのかの?』
――――違うわ!
と返したかったが、人前で妖狐に反論することも出来ず、虎鉄は何とか首を振って無言の否定を表した。
結果二人がついて来る事は無くなったので、虎鉄としては喜ばしい事なのだが、どうも釈然としない感情のまま、午後の授業をこなして行った。
結局蝋燭の火はまだ消せなかった。
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