2、死ねない狐と蠢く悪意

第4幕

第4幕 初めての御祓い―1



 陰陽寮おんようりょうの校舎に併設された、小さめの木造建築。

 エアコンの効いた屋内にある、受付横に掲げられた木製の掲示板の前で、虎鉄は一人頭を悩ませていた。


「……うーん……こっちのが近いし、割が良いか……?」


 数枚程張り出されたコピー用紙の依頼書には、場所や被害内容、推測される妖などが詳細に記されており、当然それぞれ受け取る事の出来る報酬金額も違う。明日明後日の2日間の土日休みを利用して行ける中で、一番条件が良い物を吟味しているのだった。



 虎鉄が今いるこの場所は、陰陽立業務連絡所おんようりつぎょうむれんらくじょ口入くちい屋五芒学園出張所やごぼうがくえんしゅっちょうじょ。異様に長く読み辛いので、『連絡屋』の愛称で呼ばれている。


 妖の被害を捜索、または関係者から依頼を直接受け取り、それらを陰陽師に紹介する施設だ。日本各地に同様の物が数か所設置されており、様々な場所から寄せられる妖関連の依頼を仲介している。


 そうして紹介された依頼をこなすことは『御祓おはらい』と呼ばれ、在野で活躍する陰陽師達の、一番の収入源となっている。


 わざわざ出張所の名を冠して設置されたこの連絡屋は、もちろん生徒達にも開放されている。一人は訓練として、また一人は報酬を得る為と、様々な理由を持って自主的に御祓いに向かうことが出来るのだ。



「……よし、これだな……」


 そうして見つけた一枚の依頼書。電車で3時間程の場所で報酬も十分、交通費や宿泊手当もつく。依頼内容も見た限りでは簡単な部類で、妖の捜索、及び退治のみの物だ。

 虎鉄はピンで留められた依頼書を掲示板から外し、受付札が置いている縦開きのガラス戸を軽く叩いて声を掛けた。


「すいません!」


「……はいはい……ちょっと待ってね~……」


 中からくぐもった声が聴こえる。数秒待つとガラス戸が開き、ぼさぼさ頭に丸眼鏡を光らせ、更によれよれの甚平姿と言う、いかにもと言った雰囲気の長身の男性が顔を出しながら、虎鉄にしゃがれた声で話しかけて来た。


「はい……学生さん。見かけない顔だけど、依頼受けるのかな?」


「あの、初めてなんですけど……」


「はいはい……じゃあ学生証見せてね、登録があるからね」


 指示通り学生証を渡すと、見るからに散らかった狭い事務所の奥に体を折りたたみながら、受付の男性はひっこんで行った。



 虎鉄は今日、初めて御祓いの依頼を受ける。妖狐が生活費を圧迫している事と、殺生石せっしょうせき集めに関する情報収集、そして妖狐の力の訓練の為、人のいない場所に向かう必要があるからだ。

 今までは見鬼の才が発現していなかった為、利用しようと思ってもいなかった施設だが、意を決し昼休憩の時間を利用して足を運んだのであった。


『あの男、なにやら胡散臭い雰囲気じゃが……問題ないのかのう?』


「……あんま失礼なこと言うなよ……俺もちょっと思っちゃったけど……」


 周りに人がいないのを言い事に妖狐が失礼な言葉を発したので、ごく小さな声で返す虎鉄。当然妖狐の霊体化の効力で、誰にもその声は聞こえないのだが。



 そうして数分後、受付の男性が再度顔を出し、虎鉄の学生証を手渡しながら説明を始めた。


「はい、御門クン。これで登録は出来たから、いつでも依頼を紹介できるよ」


「分かりました。さっき渡した紙のやつなんですけど、すぐ受けちゃって大丈夫ですかね……?」


「うん。特別危険って訳でも無いと思うし、このまま紹介するよ……保険とかも込み込みの金額だから、ちょっと報酬は少ないけどね~」


「あ、ありがとうございます、お願いします」


 わざわざ登録が必要と言う事は当然審査の様な物もあり、落ちこぼれの虎鉄に簡単に依頼を紹介してくれるかどうか不安だったが、杞憂だったようだ。

 胸を撫で下ろす虎鉄に、受付の男性は言葉を続ける。


「山や畑を妖が荒らしたって可能性があるんだよね。だから基本的には探すことがメインで、もし本当に見つけたら祓ってもらう事になるからね」


「はい。後はこの紙を見てね。宿なんかもここに書いてあるからね。今時ごめんね? ここ設備古いから紙になっちゃうんだよね」


「ああ、後、最後にもう一つだけ。もし無理だと思ったらすぐにここに連絡してね。怪我だけには気を付けて、いってらっしゃい」


「は、はい! ありがとうございます!」


 そう言って受付の男性は、数枚のA4サイズの紙がまとめられたクリアファイルを手渡してきた。場所や報酬の内訳など、詳細な情報が記載されている。

 受け取った虎鉄は挨拶を言い残し、連絡屋を後にした。





 校舎に戻る途中、虎鉄は隣をふよふよと浮かぶ同伴者に問いを投げかける。


「……夜も言った事だけど、お前はいいんだよな? その……」


『よ、夜の事を思い出させる出ないぞ! 主様の助平すけべ……』


「いつの話だよ! ったく……妖を祓いに行くんだから、その、同士討ちみたいな感じになっちゃうだろ。その事だよ」


 一応、妖狐はあくまでも妖なのだ。仲間同士で殺し合う事に抵抗があるかと思い、昨晩にも念の為、確認をしていたのだった。そんな虎鉄の問いに、きょとんとした表情で妖狐が返答する。


『なんじゃ、その事か。言ったであろう? そのような事を主様が気にする必要は無いのじゃ。私以外の妖なぞ、ただの有象無象にすぎぬ。思う存分に祓うがよい』


「それなら良いんだ。お前の『力』も貸して貰う予定だから、よろしく頼むな」


『任せるのじゃ! 主様の為に死力を尽くして見せようぞ!』


「そ、そこまで気合入れなくても、多分大丈夫だよ……」


 今回引き受けた御祓いは、あくまでも捜索が主だ。見つけた場合のみ妖との戦闘になる可能性はあるが、被害の規模から見ても弱い妖の仕業であり、気張り過ぎる程の物とは言えない。

 ただ万が一にも危険な状況に遭遇する可能性はあるのだ。用心に越した事は無いだろう。


『……して主様。昼飯は食わぬのか?』


「……節約だよ、お前も夜まで我慢しろよ?」


『なんとっ……!? 妖である私に、主様は我慢をしろとぬかすのじゃな!?』


「そうだよ!! 金ないんだから……俺も我慢だ……」


 今にも暴れ出しそうな程に嫌がる妖狐。最早これでは大妖怪の威厳などあったものでは無い。食いしん坊のペットのようだ……と、虎鉄は適当にかわしながらため息を吐いた。


 人里離れた御岳峠みたけとうげでの、初めての御祓い。

 虎鉄の2度目となる、妖退治が幕を開ける。


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