第3幕 変わる日常―7
校庭の端、校舎の壁に寄りかかる様にして、弓削は煙草を
「――――めんどくせー……」
肺に入れた煙と共に、感情を吐き出す。
この状況を作った弓削に、先程一人の女子生徒が喧嘩を止めさせて欲しい、と懇願して来たが、あのバカ二人が言って収まるとは思えなかったので断った。面倒だからだ。
しかし本当に面倒な事になった。『1年クラスのテストをしろ』という、理由の説明も無しに唐突に渡された不可解な指示ではあるが、つい感情的になってほっぽり出してしまった。この後の報告やら処理がまた面倒だ。
だがそれを差し置いても、今の弓削には確かめたいことがあった。
先程、虎鉄を呼びに行った際に感じていた、見たことの無い呪力の残滓。
現役の陰陽師として、これほど興味を持たせてくれるものは無かったのだ。
それならば――――
「……考えてみりゃー……こっちのが楽しそーじゃん♡」
――――それならば、逆に今の状況の方が好都合だった事に気づく弓削。
煙草を携帯灰皿に適当に突っ込みながら
◇
陽の照り付ける校庭の中央、開けた場所で、虎鉄は宇佐美と距離を開き向かい合っていた。
虎鉄は吉春に先程用意して貰った、訓練用の
青々しい木々と静寂に包まれた校庭に一陣の突風が吹き、土埃を舞わせている。
周りには、その決闘じみた異様な光景を固唾を飲んで見守る生徒達。視界の端では、虎鉄に下がる様に言われた凜が、心配そうに視線を向けている。
先程の宇佐美の言葉で、弓削の意図に遅れて虎鉄は気づいた。
呪力、祓魔式を用いた戦い。即ち、
二人の胸元に張り付けられた、呪力に反応するという紙札。これを先に破いた方の勝ち。殴り合いの醜い喧嘩では無く、陰陽師らしく呪力で雌雄を決するよう、弓削は二人に諭したのだ。
昨日までであれば絶対と言える程に勝ち目のない勝負。だが見鬼の才が覚醒した今、虎鉄がこの勝負を避ける理由は存在しない。
知らない祓魔式、予想だにしない攻撃が襲い掛かって来るだろう。
しかし、今なら見える。見えるのなら、避けられる。
そして避けられるのなら、近づける。剣が届く。
虎鉄は尚も激しく燃え盛る、闘志を再確認した――――
『さあ主様、
虎鉄の耳に元気の良い
その物々しい妖狐の言葉に、虎鉄は先ほどの
文字通り跡形もなく消し飛ばす程の強力な青い呪力。そしてそんな力が人間に向かえばどうなってしまうのかは容易に想像できてしまう。
虎鉄は周りに聞こえない様、小声で妖狐の提案をきっぱりと却下する。
「いや、使わねえよ……さっき言ったろ、人前で使う訳にはいかねえの!」
『分かっておる……分かっておるが、私の気が収まらぬ! 主様があのような輩に虚仮にされるのは嫌なのじゃ……!』
「……ありがとう、でも大丈夫。気持ちだけで十分だ」
「それにこれは――――」
――――これは、俺の戦いだ。
妖狐の力に頼っても意味がないのだ。
虎鉄自身の力で、自分が落ちこぼれでない事を証明する。
その為の勝負なのだから。
「――――とにかく、お前の力は使わない。絶対だからな!」
『……ぬう、分かったのじゃ……』
いかにも不服そうな妖狐が、虎鉄の決意に本気で悔しそうに頷いた。
「何をブツブツ言ってるのかは分からないけど、降参した方が身のためだと思うよ、御門!」
唐突に校庭を包んでいた静寂が破られる。宇佐美はこの場にいる全員に話しかける様に喋り始めた。
「僕も冷静になれたよ。いまなら謝れば許してやろうと思っているんだがどうかな? この勝負、既に結果は決まっていると僕は思うが?」
「お前に謝る必要なんかねえ。さっさと始めるぞ」
虎鉄の鋭い言葉に、宇佐美は大げさに手を広げながら落胆を示した。
「……はぁ。まだ、ハッタリを押し通すつもりかい? その程度で僕は怖気づかないぞ!」
「……そうだ御門! 出来損ないの君に、僕からハンデをあげようと思うんだ! 僕はここから一歩も動かない。逆に一歩でも動いたら君の勝ちだ! どうかな? これでもまだ足りないとは思うけどね!」
「ぐちゃぐちゃうるせえんだよ……相変わらず舐めやがって……!」
感情をを逆撫でするかの様に口元を歪ませる宇佐美。
対抗する様に、虎鉄は祓魔刀を右手上段に振りかぶる我流の構えを取り、敵対心を全身で表した。
「行くぞ……宇佐美!」
「いいだろう御門。前々からこうして君をぶちのめしてやりたいと思っていたんだよ……! 先生には感謝しないとな!」
「……奇遇だな、俺も同じこと思ってたみたいだ……!」
一瞬にして場に緊張が満ち、そして二人同時に呪文を唱えた。
《急急如律令!!》
虎鉄の呪力に反応し、構えた木刀が白い光を纏う。
同時に宇佐美も手に持つ触媒に呪力を込め、自身の周りにごく細い呪力の線を展開していた。
「さあ、どこからでもかかって来い! 僕に近づくだけで、お前の負けだ!!」
「――――っ!」
虎鉄にとっての、初めての呪い勝負が始まった。
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