第3幕 変わる日常―4
級友に
「あ、おはよー、鬼一君、御門君」
「おはよう」
「おっす! おはようさん!」
ドアの近くにいた生徒と軽く挨拶を交わしながら、窓に面した一番後ろ、朝日が照り付ける自分の席へと向かう。
とは言っても、このクラスには縦横6つずつに敷き詰められた机が埋まるほどの人数はいないので、基本的に座る席は自由なのだが。
単純に、虎鉄はこの席が気に入っていた。開けた校庭側から光が差し込む朝はその限りではないが、空調すらないこの古い校舎において、一番涼しいのは入り込む風が良く当たる窓際の席だからだ。それ故に誰かに座られぬよう、いつもこの席に自分の荷物を置きっぱなしにしている。
『ここが主様の言う、がっこう、とやらか! 珍妙な物でたくさんじゃのう……!』
先程からのことではあったが、周りから姿を隠している妖狐は虎鉄の周りをふよふよと回りながら、物珍しそうにあたりを見渡している。長く生きている割には世間知らずなのか、純粋に初めて見るものに興味を示しているようだ。
今現在の限りでは妖狐の言う『霊体化』は上手く働いており、皆が見鬼の才を持つこの
「……あんまり動き回るなよ、何かあったら大変だからな」
虎鉄はごく小さな声で妖狐に声を掛けながら、教科書類がみっしりと詰まった自分の席に腰かけた。
あまり物の入っていないリュックサックを机の横にかけながら、ふと、教室の景色に目をやると、先程またも怒りながら去って行った凜が虎鉄とは正反対に位置する廊下側の最前列の席で、姿勢正しく本を読んでいるのが見える。
視線に気づいたのか、凜もこちらを一瞬だけちらりと睨み付け、また正面に姿勢を戻した。
――――今日中にでも収まってくれればいいけどなあ……
大きな悩みの種を二つ抱えたまま、今日これから過ごしていくことに対して、虎鉄は耐え難い不安を感じていた。
時刻は8:30分。陰陽寮は9時が始業なので、まだ少し時間はある。それを知ってか、自らも適当な席に荷物を下ろした吉春が、再度虎鉄の元へ歩いてきた。
「御門、結局お前何やったんだよ? ここまで怒ってる倉橋ちゃん、あんま見ねえぞ?」
「いや――――」
虎鉄はどう伝えるべきか迷った。吉春が信用できる人物であることは明白なのだが、流石にあの『青い世界』で起こった出来事を話すわけにはいかないからだ。
存在しない筈の古い妖、鬼の出現。そして、あの異様な空間の存在。
ここまでなら、目の前の吉春に限らず、生徒、教師、そして各地で働く全陰陽師に大々的に伝えるべきであったのだろうが――――
思い悩む虎鉄の目の前で、妖狐が吉春の巨体とその特徴的なスキンヘッドを珍獣を見るかのような表情で見物している。
そう、目の前にいるのは――自称ではあるが――大妖怪・玉藻前。あまつさえ、虎鉄はその主となってしまったのだ。こんな事を公表してしまったら最後、どうなってしまうのか分かったものではない。
虎鉄には最早ちんちくりんの少女にしか見えない妖狐も、正しく言い換えてしまえば妖の王。そして、そんな大それた『力』を虎鉄は文字通り手に入れてしまった。
もしそれが各地に散らばる一流の陰陽師達にバレてしまったならば、監視下に置かれるか、最悪虎鉄ごと妖狐を祓おうとする可能性だってある。
そうなれば、凜の魂、命も危ない。
凜を守る。その為に虎鉄は、この妖狐と式神契約を結んだのだ。
例え吉春がどれ程信用できる人物であっても、伝えるべきではないのだろう。きっと吉春ならば秘密を守ってくれるだろうが、後々彼自身を危険に巻き込んでしまう可能性だってあるのだから――――
「――――実は……」
結局虎鉄は、凜が目覚めてから起きてしまった事件だけを、少しだけ脚色しながら吉春に語った。
◇
「……なるほどなぁ、まあ、そんなだろうとは思ってはいたが……」
「だから、凜は多分、その……ハダカを見られて怒ってるんだよ」
凜の具合が悪そうだったので、いったん虎鉄の部屋に連れ帰った。そして、凜がベッドで寝ている際に自分で服を脱ぎ、目覚めた際に虎鉄があらぬことをしようとしていると勘違いしてしまった…………と言うことにして、虎鉄は吉春に凜の怒りの原因を話した。
「まあそれもあるとは思うがよ……」
「どういう意味だよ?」
「お前なあ……」
何か他の事を気にしている様子の吉春に虎鉄は尋ねる。その姿を見た吉春は、その巨体から大量の息を吐きだしながら級友の鈍さに呆れた。
その意味を、虎鉄が知ることはまだ無い。
「御門。お前は勉強はできるが、自頭はバカだな」
「なっ!? いきなり何言うんだよ吉春!」
急に毒づく吉春に虎鉄は反論する。
吉春は何も分かっていない虎鉄ではなく別の誰かに向けるような
「いきなりバカは無いだろ、バカは!」
「いいや御門、お前はバカだ」
「なっなんでだよ!!」
「お前なあ……ちったあ倉橋ちゃんの事も考えてやれよ? 見てて可哀そうになって来るぞ……」
「だから、それはどういう……」
「さあな、自分で考える事だな! あー青春だねぇ……」
そして何かを意味深に小声で呟いた後、吉春は自分の席に戻って行った。
言葉の意味を虎鉄は追求しようとするが、それを遮る様に鳴り響いた始業のチャイムに合わせて教師が廊下から顔を覗かせたので、立ち上がりかけていた席に諦めて再度腰かける。
「……自分で考えるって言ってもなあ」
『……今の主様は、思っておった以上に
――――うっせえわ。
と、先程の会話を盗み聞きし、意地の悪げな表情を浮かべる妖狐に心の中で反抗した。
こうして結局凜の怒りの本当の理由を虎鉄は何も分からないまま、いつもと少し違う日常は進んで行く。
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