幕間 昔話―2



 都に着いたその日に側室に入った娘は、他の者とは一線を画すかの如き美貌と聡明そうめいさによりひときわ目立ち、皇室中の話題になるほどでした。


 娘は上皇様の寵愛ちょうあいをその一身に受け、やがては子を身籠ることになりました。



 幾年もの歳月が過ぎた後、上皇様が突如病に伏せます。


 元々体が弱かったことが祟ったのか、日に日に病に侵されて行く上皇様。

 そして、上皇様は遂に逝去されます。

 瞬く間に上皇様が崩御あらせられたという報せが都中に広まり、人々の不安と悲しみを駆り立てます。


 そして翌日。満月の夜でした。

 上皇様の通夜が行われる最中、突如として、娘は巨大な狐の妖怪へと姿を変え、都を襲い始めたのです。


 九つの尾が生えた巨大な狐は毒気を振りまきながら、周囲のあらゆる命を奪って行きます。

 現在では玉藻前たまものまえと呼ばれる、大妖怪です。


 皇室の寝殿造りの屋敷は瞬く間に崩れ去り、大混乱の都に大妖怪は降り立ちます。

 振りまく毒気は人も家屋も残さず喰らいつくし、後には何も残らなかったと伝えられます。

 そんな中、狐を討たんとする者が現れます。

 天命を占い、術をもって妖を祓う、陰陽師と呼ばれる者達です。


 陰陽師たちはこれに対抗し、辛くも大妖怪を弱らせることが出来たのです。

 しかし力尽き行く大妖怪は死の間際、額に持つ毒の結晶を天に放ち、方々へと散らせて行きました。


 かくして大妖怪は祓われました。

 しかし各地に落ちた毒の結晶の欠片は、なおも周りのすべての命を奪う毒気を放ち続けます。

 そして以後誰もが近づく事の出来ない呪いを、人の世に残して行ったのでした。


 何故、娘が妖怪へ姿を変えたのかは、今でも分かってはおりません。

 敬愛する者の死に気がふれたのか、もともと呪い殺すためだったのか。

 それは、娘のみが知ることなのでしょう。



 残された、人命を奪う結晶。



 のちの人々はこれに『殺生石せっしょうせき』と言う名を与えました。


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