第2幕 式神契約―2



 凄まじい速さで走り出した虎鉄。

 周囲の風景を置き去りにするまでに加速した虎鉄の目には、見鬼の才が完全に覚醒した事により今までに見たことのないものが見えていた。


 空気中に漂う微かな呪力。

 自らが放出する、妖狐の青い呪力。

 幼馴染が発する、途切れかけた呪力。

 そして――――眼前に対峙する巨躯の怪物に循環する、荒々しい呪力と、その流れ。


 見鬼の才が、目が、感覚が教えてくれる。

 何処を切れば、それらを殺すことが出来るのかを。


 無意識に呪力を纏わせた足で加速した虎鉄は、物の数歩で鬼の眼前に迫った。



『ミイ”ィ”ィ”ィ”!!』



 それに反応して、赤黒い巨躯の怪物が再び咆哮を上げた。


 覚醒した虎鉄の速さになおも食らいつき、突進した虎鉄の頭上に鉄塊を降らす。鬼の腕力とそれ自身の重量により振り下ろされた凶器は空気を震わせ、落下とも表現できる速度で襲い掛かる。


 もはや回避することなどできない。


 迫りくる強烈な『死』。

 分泌されるアドレナリンが虎鉄の思考を加速させ、流れる時間が徐々に減速して行く――――


 引き延ばされた景色の中で、虎鉄は脳が得るよりも早く、脊髄で視界に入る情報を網羅し、処理して行った。


 人や妖、草木や大地、万物全てに流れる呪力。

 呪力とはいわば、生命の力。

 見鬼の才がなく、例えそれを知覚していない者であっても呪力はその身に宿る。そして、どんなモノ、場所、部位であっても、呪力の流れる強さは常に一定ではないと、教わっていた。


 一瞬の狭間、鉄塊に流れる、微弱な呪力の細まったを虎鉄は捉えた。

 虎鉄は構えていた刀を素早く薙ぎ、迫りくる鉄塊ごと――――



 ――――――――断ち切る!!



 青い光が煌々こうこうと輝き、空間を滑る。

 強烈に加速した体をその勢いのまま一回転させ、渾身の呪力を迫り来る鉄塊に向けて叩きつける。


 それは虎鉄が危機的状況で編み出した、物体に流れる微弱な呪力の繋がりを断つ、一閃。

 音速をも超える太刀筋は、迫りくる鉄塊をいとも簡単に先端から真っ二つに引き裂いた。


 青い呪力はなおも右手に持つ鉄パイプを介して放出され、長大な刀をかたどる。

 それは鬼の丈をはるかに超える斬撃へと変貌し、その巨躯を肩から腰にかけて切り裂き、突き抜けていく。


 切り口を滅茶苦茶に荒らされ、溢れ出した莫大な赤い鬼の呪力。虎鉄の振るった青い刀は、それらことごとくをまとめて行った。


 鉄塊と共に、ぐちゃぐちゃになった鬼の腕が地面に落下し、轟音となって青い世界の大地を揺らす。


 この世の元とは思えぬ叫び声を上げ、しかし震えながらも崩れ落ちぬ巨躯。

 失った呪力を取り戻さんと、残ったもう一対の角を宙に伸ばし、生きようと足掻く。


 その間に突進の勢いを殺さぬよう着地し、足元から背後に滑り込んだ虎鉄。

 なおも呪力を吸収し力を増していく刀を縦に構えながら、更なる一撃を眼前の巨躯へと叩き込むべく、虎鉄は地を蹴り、赤い月が輝く空へ獣の様に跳躍した。



「これで仕舞いだぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」



 ほとばしる、青い呪力。

 赤い月さえかき消すほどに煌々と輝くその光を、直立し咆哮する鬼の呪力の源に目掛けて、虎鉄は一気に叩き付けた。

 振り下ろされたのは、全てを殺す『殺生石せっしょうせき』の力を孕んだ青い刃。


 それは角を割り、眼球を砕き、体を引き裂く。

 周囲に飛散する赤い呪力の霧。その一滴さえも、まるで穴に落ちるかの様に呑み込まれて行く。


 そうして、虎鉄の振るった青い刀は赤黒い巨躯の持つ、そのすべてを喰らい尽くした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る