2 白い少女、探索開始(6)
午後二時過ぎ。製菓研の部員との昼食を終えた木実は、食堂で昴を見かけた。
「昴くん!」
「ん、ああ、焔か」
「木実で良いよ。これからお昼?」
「ああ。木実は?」
「あたしは食べ終わったとこ。そういえば、潤くんは?」
木実はきょろきょろと辺りを見る。昴の後ろに隠れているかとも思ったけれど、そういうわけでもないようだ。
「……あいつ、部屋から出てこないんだ」
「部屋から?」
「何度ノックしても、声を掛けても、何も返事が無くて。もしかしてもうこっちにいるんじゃと思って来たけど、見当たらないし……呼びに行くのが遅くなったから拗ねてんのかな」
「どうだろ……。もしかしたら、部屋で休んでるうちに寝ちゃったのかも知れないね」
昴が食堂の隅に視線を投げる。木実は反対の方を見たけれど、やはり潤の姿はない。……そういえば、澄の姿もない。
「取り敢えず、軽めに食べたらまたあいつの部屋に行ってみる。引き留めて悪かったな」
「別にいいよ、最初に声を掛けたのはあたしなんだし。それじゃあね」
木実は昴に手を振って、階段を下りていく。
(澄ちゃん、ちゃんとお昼食べたかな)
一昨日のやり取りを思い出す。
『一応、毎日食べてるよ。……たまに忘れちゃうことも、まあ、無くはないけど……私、燃費は良いほうだから、平気』
澄の言葉は、木実にとっては衝撃だったのだ。自分は食い意地が張っている方だとは思っているが、それにしたって、食事を抜いて平気なことがあるだなんて! うっかり寝てしまったときぐらいしか食事を抜いたことがない木実にとって、食べないということはかなりの一大事なのだった。そうでなくとも、澄はかなり華奢なのに!
おまけに澄は、図書館にいくと夢中になってしまうようだし。もしかして、調べものに集中しすぎて、お昼を食べ損ねていないだろうか。
そうだとしたら大変だ! 木実は慌てて、今まで下りてきた階段を駆け上がる。食堂でおにぎりを二つ買うと、また急いで階段を下りていく。
そのまま足を緩めることなく、図書館の扉を開く。館内は静かにしなきゃいけないからと、少しだけペースを落とすも、それでも早足ではあった。
本棚の間を一つずつ覗いていく。澄が何を調べているか知らない木実は、しかし一昨日の、どんなジャンルの本の前でも一旦足を止める澄を見ている。この方法は確実であった。……澄がもう、この館内にはいないということを知るのには。
(澄ちゃん、いないな……。どこに行ったんだろう。ちゃんとご飯食べてるといいけど……)
……もちろん、食べていなかった。
澄はこのとき、校舎の地下一階、下へと続く階段の前にいた。
そこには『立ち入り禁止』の立て看板があり、壁と手すりを繋ぐように鎖が渡してあった。おまけに、足を踏み入れたら弾かれるように、透明な壁が貼ってある。結界の類だ。
澄はその結界を見つめる。モノクルの奥で、水晶のような瞳がきゅうと細まった。そしてややあったのち、澄はモノクルを掛け直すと、小さな声で何かを唱えた。
澄は足を踏み出す。結界をすり抜けて、鎖の下をくぐって、階段を下りて行った。
(通り方がやけに簡単だったな……。形だけの封鎖、って感じだ。別に見られたくないものがあるってわけでもないのかな。ただ単に、使っていないし用もないから閉じているだけって感じ……)
澄は結界を見て、それを抜けるにはどうするべきか情報を読み取ったのだ。無理に破らなくとも、特定の呪文を使えば抜けられる類の簡単なものだった。情報を読み取るのも簡単だったし、大したものがあるようには思えない。
階段には、あまり埃が積もっていない。誰かが頻繁に出入りしているのだろうか。……出入りするものがいるから、封鎖が甘かったのか? 明かりが届かなくなってくる。澄は呪文を唱え、自分の前に光の球を浮かせた。
階段が終わる。目の前にあるのは、分厚い黒い扉。両開きで、丸いノブは真鍮。窓は嵌っていない。
澄は、冷たいノブを掴んで、その扉をそっと開いた。
明かりはついていない。澄は光の球を大きくし、いくつか増やす。光を扱うのは、澄にとってはお手の物だ。
(ここが、懲罰室)
壁は煉瓦。小さな部屋の一つひとつは壁で区切られているが、中央を通る廊下とは黒い鉄格子で隔てられている。格子の扉には鍵が掛けられるようになっており、いくつかの格子には、鎖と南京錠も掛かっていた。そして格子の奥には、壁に括りつけられた、枷のついた鎖。あるのはそれが一つだけで、鎖は短いから、手を括られてしまえばそこから動くことさえできないだろう。
(なるほど、確かにこれは、反省室でも指導室でもなく、『懲罰室』だ)
澄の顔は、無表情のまま変わらなかったが、血の気が引くのは止められなかった。
なんでこんなところが、学校の中に? どんな『問題』を起こせば、こんなところに閉じ込められてしまうのだろう。
誰かの泣き声が聞こえる気がする。澄には、かつてここにいた誰かの姿が、モノクル越しでさえ見えてしまうのだ。ローブの裾を握り締めて震える誰かが。或いは虚ろな目で何かを呟き続ける誰かが。はたまた天井を仰いでただ涙を流す誰かが――。澄は光の球をさらに増やす。暗いのも、きっと気が滅入る原因だ。
もう戻ることにしよう。ここは思った通り、祖父母の研究に纏わるものは置いていないだろうし。澄は急いで振り返る。しかしその目の前に。
「あれえ? ここに誰かがいるなんて珍しいね?」
たった今、扉を開いて入ってきたのだろう。一人の少年が、そこに立っていた。
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