2 白い少女、探索開始(5)

 澄は図書館の扉を開いた。

 カウンターを横目に見る。昨日とは違う生徒が、中で座って本を読んでいた。澄はそこに置いてある館内案内図を確認すると、この学校に関する資料がある本棚へ向かった。

 見たいのは構内図。できるだけ詳細なものを、年度順に確認したい。澄は、今日は一日、この作業に専念するつもりでいた。

(今朝はちょっと多めにご飯食べたから、お昼は食べなくて平気だろうし)

 木実に注意されたのにも関わらず、食事をとらないつもりでいた。もっと言うと、忘れても仕方ないと思っているのだ。一回二回サボったところで、死にやしないし。

 何冊か開いて、目当てのものを発見する。昨年度末……つまり先月に編集したもののようだから、これが最新版だろう。それより前の年度のものもいくつか本棚から抜き出して、閲覧席に運んでいく。

 ……施設の位置は変わっていない。ここ五年くらいの記録だから、あまり大きな変化は確認できないのだろう。施設ごとに細かい図も確認する。

 澄は、校内に隠し部屋が無いか探しているのだ。

 数年前に亡くなった、祖父母の遺言のためだ。

 澄の祖父は、見抜とおるという。魔法はからっきしの人間だが、歯車機構の職人であり、天才とも呼ばれていた。そしてこの学校で歯車技師として働いていた。澄の祖母は、見抜きよという。橙の髪と紫の瞳を持つ魔女であり、長らくこの学校で教鞭を取っていた。二人はこの学校に勤めている間、ある研究に勤しんでいたらしい。

 しかし、それを完成させられないまま、二人は亡くなってしまった。

 二人は死ぬ直前まで研究に打ち込んでいた。途中になってしまったそれが、この学校にある。それを見つけて、研究を引き継いでほしいというのが、遺言の内容だった。

 しかし問題なのは、その研究がどういうもので、二人はそれをどこに保存しているのか、書かれていなかった、ということなのだ。真明学院にあるとは書かれていたし、その場所のものだという鍵もあったが、それが具体的にどこを示すのか、何も情報がなく、研究成果は未だに見つかっていないのだった。

 その遺言と鍵が見つかったとき、澄はまだ、真明への進学は決めていなかったのだが。祖父母の遺言には、研究の引継ぎは澄に頼みたいという記述もあったのだ。

 だから、真明に入学を決めた澄に、その鍵は託された。寮の部屋の鍵を少し小さくしたような、真鍮のシンプルな鍵。魔法の痕跡もどこにもない、ごくごく普通の鍵だ。

 祖父母の遺言だったから。そして何より、その研究がどんなものか見てみたかったから、澄は在学中にきっとそれを見つけてやろうと考えているのだった。

 その探索の準備として、今は構内図を確認している。明確に記載がある可能性は低いかもしれないが、例えば何も名前が付いていない部屋だとか、不自然に狭い部屋や広い部屋、謎のデッドスペースだとかがあれば、その辺りに隠された何かがあると考えられないか? 学校の施設でも、まだ知らない場所はあるし、それについても調べられたらいい。澄はそう考えていた。

 ……しかし最近の五年分では、あまり得られる情報もない。見つけたのは二つだけだ。

 一つは、交流館三階のレクリエーションルームの内、一つだけ番号が無い部屋。

 もう一つは、校舎の地下二階。何も名前が付いていないけれど、小さな部屋だけがいくつもある。

 澄は首を傾げる。それから、広げていた資料を閉じて、それより前のものと入れ替えてまた閲覧席へ持っていく。また五年分。そして……見つけた。

 七年前の構内図。校舎地下二階。小さな部屋ばかりがあったそこには、「懲罰室」と名がついていた。

 学校には、あまり似つかわしくない名前だ。澄は一度、ぱちりと瞬いて、それから一つ溜め息を吐く。少し驚いたけれど、もう大丈夫。同じ資料を捲って、その部屋についての記述を探す。

 反省室とか、指導室ではなく、懲罰室。なぜそんなものが、学校にあるのだろう。当時の生徒たちは、このことを知っていたのだろうか?

 ……記述は、少ない。一行だけだった。「問題を起こした生徒を収容」と、それだけ。

(問題って、何。収容して、どうする気なんだろう)

 前の年度のものも捲って、記述を探すが、どれも似たり寄ったりだ。どのような「問題」を起こした生徒が入ったのか、生徒はどのようにそこで扱われたのか、何も報告がない。

 澄はもう一度息を吐く。……部屋の中がどうなっているかとか、今はどう使われているかも、情報は掴めなかった。

(たぶん、おじい様とおばあ様の研究は、この部屋にはない)

 澄の祖父母は、三年前に亡くなった。その直前までここに勤めていた二人は、当然、懲罰室が使われている間もここで働いていて、その頃も、二人は研究をしていたはずだ。もし堂々と研究をしていたのなら、すでにその成果は発見されているだろうし、使われている部屋の一部を使っていたのだとしても、発見まで時間はかからないだろう。そのどちらでもなかったから、未だに見つかっていないのだし……。

 けれど澄は、遺言のこととは別に、この部屋のことが気になっていた。できれば、実際に見に行ってみたい。校舎の地下にはまだ行ったことが無いから、これを機に足を踏み入れてみたい。

 澄は立ち上がると、今まで開いていた本を全て本棚に戻す。そしてできる限り早足で図書館を出た。

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