2 白い少女、探索開始(4)
昴は山に踏み入った。
この学校は山間にあって、学校周辺は当然山に囲まれている。その一部も学校の敷地になっており、果樹園もその中にある。そして生徒には、その山の中を自由に散策することが許可されていた。
そしてこの山の中には、一つの洞窟がある。一応学校の施設の扱いで、魔力をよく含んだ珍しい石が採れるのだという。
石英昴は、地から生まれるものと光を扱う魔法が得意だ。特に、石占いと星占い。もちろん、他の基礎的な魔法もある程度は使えるが。それもあって、石には強い興味を示す。魔力を多く含む石を見ることは、今まではできなかったから、この学校に入ったのなら、真っ先に見たいと、あらかじめ調べていたのだ。
地図はもう頭に入っている。木漏れ日を浴びながら、昴はどんどん進んでいく。その間に考えるのは、潤のことだ。
(潤のやつ、拗ねてたな。……言い方が悪かったのか……?)
石英昴と湖池潤は、小学生の頃からの友人だ。
当時の昴は、端的に言って鬱屈していた。世を拗ねていた。……諦めていた。
昴は昔から、大抵のことは苦労せずにできてしまう子どもだった。他の子どもが四苦八苦するようなことでも、難なくこなして、大人たちの評価をかっさらった。髪と眼は奇抜な色をしているものの、顔立ちはその頃から酷く整っていたし、愛想は良かったから、家族以外の大人には受けが良かった。そしてそれは、周囲の子どもに妬まれる理由になった。
彼は、家族との折り合いも悪かった。一人だけ色が違うし、何でもできて愛想がいい分、何を考えているか分からないからと、親からも冷たい扱いを受けた。昴の方が何でもできて、先生にも褒められるから、姉と兄にも嫌われた。両親は上の子たちの方が好きだったから、それを理由に馬鹿にされることもあった。未だに、彼らとの折り合いは悪い。
周囲から嫌われ、妬まれ、疎まれ。それが分かってしまっていた昴は、自分はどうしようと、誰かに好かれることは無いのだと、誰かと一緒にいられることは無いのだと、そう思っていた。
でも、
「……もしかして、きみも……」
でも、おずおずと告げられたその言葉が、その諦念を打ち砕いた。
自分たちはきっと同類だと。嫌いになることなく、一緒にいられると。
潤のぎこちない笑みと、少し震えた声が、そう告げていた。
それから二人は、親しく付き合うようになった。
時間が許す限り一緒にいて、秘密を共有して。一緒に魔法について調べたり、魔法の練習をしたりした。真明学院について初めて知ったときは、高校は絶対ここに行こうと、二人で言い合った。
でも、昴と潤の能力には大きな差があった。
昴は、大抵のことは小器用にできるが、高レベルなことはできない。対して潤は、水の魔法に関して大きな才能を持っていた。それに類することなら、何だってできるくらいに。
(潤は凄いやつだから、きっと認めてくれるひとがいる。そうすれば、きっともっと才能を伸ばせる。俺みたいな、小さいことしかできないやつといるよりずっといいはずだ)
昴は小さく頷く。そろそろ洞窟に到着する頃合いだ。
入口は高さ二メートルくらい。唐突に木々の並びが途切れたところに、ぽっかりと開いていた。
足を踏み入れる。最初は二メートルくらいだった天井がどんどん高くなって、道幅も広くなってきた。そして岩壁には、ネオンのように様々な色に光る石が、ところどころのぞいていた。
(いいな、ここ。普通に凄く綺麗なところだし、潤にも見せてやりたいな、って、いや、駄目か。あいつ、ここに来るまでに疲れちまうだろうし。……俺の勝手に突き合わせても悪いしな)
昴は苦く笑む。
(……あいつは優しいやつだから、ここなら友達を作ることも簡単にできるだろ。なら、俺はもう、あいつから離れるべきなんだろうな)
足音が洞窟内に反響する。主な道は一本だけのようだけれど、時折曲がる。それに、少し登ったり下りたりしているような。
(うわ、耳鳴り。……標高が上がったせいか? そんなに高く登ってる気はしないけど……)
少しだけ頭痛もする。まあ、このくらいなら放っといても平気だろうと、昴はどんどん進んでいく。入口からはかなり離れたはずだが、光る石のおかげである程度の視界は確保されていた。
そのまま進んでいく。……一体どこまで続くのだろう。道が段々広くなってくるせいで、光量が足りない。昴は小さな声で呪文を唱え、立てた人差し指の先に光を灯した。
光を少し上に掲げる。まだまだ道が続いているのが分かる。と、向こう側で、明かりが揺れた。昴が光を少し下げると、それに応えるかのように、向こうの明かりがもう一度揺れた。
向こうから足音が、明かりが近付いてくる。少し早足なそれに、昴は少し身構える。……やがて、明かりの主が姿を現した。どうやら、真明の男子生徒のようだ。
「……なあ、今何時だ? と言うか、今日何日だ?」
「はっ?」
明かりの主が気の抜けた声で尋ねる。次いで、腹の虫の鳴る音がした。
(俺より少し目線が高いな。そういう相手に会うのは久しぶりだ)
昴が思った通り、彼は身長百九十センチ。しかし、体躯は細く薄い。端的に言ってひょろい。ミルクホワイトの髪は少しぼさっとしていて、それを一本にまとめている。瞳は炎のような赤、吊り気味の眼に対し、眉は少し自信なさげに垂れている。黒いシャツにベスト、スラックスを身に着けた上から、黒いケープと、しっかりした造りのブーツを履いている。三日月型のブローチを、ケープの留め具代わりにしていた。はまっているガラスは黄色い。肩からは黒のショルダーバッグを斜め掛けにし、右手には透明な多面体の中に火が入っているランタンを持っていた。
昴は戸惑いつつも、彼に日付を教える。それから、スラックスのポケットから時計を取り出した。
「うわ、やっぱりもう一日経ってたのか……」
「時刻は、……もう一時半かよ。全然気づかなかった……」
「この洞窟は、中に溜まってる魔力の影響で時間や空間が歪んでるから。ずっと歩いてても絶対に終わりに辿り着けないし、どのくらい時間が立っているかも分からないんだ。いつでも、来た道を逆に行けばすぐに出られるんだけどな……」
白い髪の彼は、ぼそぼそと低い声で喋る。おかげで昴は聞き取るのに苦労した。彼はそのまま、左手で額を押さえる。
「ああああああもう……! 結局入学式サボったし、
「……あのー、取り敢えず出ません? 先輩さっきから腹の音凄いし。先生に怒られるのは昼食とってからでいいでしょう」
「うあ、ああ。そうする……。きみも早く出た方が良いよ」
「あ、はい」
「……それじゃ」
白い髪の男子生徒は出て行った。昴も早足で洞窟を出る。上りも下りもなく、あまりにもあっけなく出られたものだから、昴は少しだけ目を見張る。
(取り敢えず、潤に声を掛けに行かないと。一緒に昼飯食べに行こうって言っちまったし。……もう少し、もう少しだけなら、まだ一緒にいてもいいよな)
昴はスピードを上げて、山を駆け下りていった。
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