2 白い少女、探索開始(3)
潤は自室で、水に包まれていた。
潤は、水を操る魔法が得意だ。その類の魔法なら、どんなものでも自由自在。だからこうして、自室を水で満たすことも、その中で呼吸をすることもできるのだ。しかし、それ意外の魔法となると、とたんにダメになってしまう。
おまけに、魔力耐性が魔力量とほぼ同じくらいしかないので、さらに魔力を受け入れようとすると躰に負担がかかってしまう。そのため、彼は特別科に所属することになったのだ。
潤は泡をひとつ吐くと、目を瞑る。そして、今日のホームルーム前のことを思い返した。
(昴以外の友達なんて、別にいらないのに。――昴はもう、ぼくと一緒にいるのは嫌になっちゃったのかな。ぼくとの過去なんていらないくらい。あんな寂しいことを言うくらい……)
体を横たえたまま、水の中を漂う。瞑った目の端に滲んだ涙が、すぐに周囲の水に混ざっていく。
(ぼくと昴は、ずっと一緒だったけど。もう、だめなのかな。一緒にいられないのかな)
――湖池潤と石英昴は、小学生の頃からの友人である。
青の髪に紫の瞳、不器用で内向的な潤。
オレンジ色の髪と瞳、何でもできて愛想の良い昴。
それぞれに周囲から浮いていた二人は、それぞれに嫌われた。他の子どもからも、家族からも。周囲の子どもたちは二人に様々な暴力を振るった。昴は家族と折り合いが悪かったらしいし、潤の両親も忙しいと理由をつけて、彼に構うことをしなかった。
(どっちも嫌われもので、どっちも仲間外れで)
どちらもひとりぼっちでいたから、二人は出会った。
二人が通っていた小学校。週に一度ある、朝のレクリエーションの時間。クラスごとに何をするか決められるその時間。二人は違うクラスだったが、その週は、たまたまどちらのクラスもケイドロをやっていて。そして二人は、泥棒役になっていた。しかし、誰からも追われず、当然捕まることもない。だったら走るのはしんどいし、動くのは面倒だと、隠れることもせずに、ただ校庭の隅で、終了を待っていようとした。
そこで、二人は出会ったのだ。
「……お前、ここにいていいのか? 今日の朝レク、何やってるんだ?」
「……ケイドロ。でも、ぼくは参加してないようなもの、だから」
「……ふーん。俺と同じだな」
二人とも、今よりずっと荒んだ表情をしていた。眼に光が無かった。声も低く沈んで、投げやりな口調で話した。
「もしかして、きみも泥棒?」
「そーだよ。誰も追っかけてこないけど」
「……もしかして、きみも……」
「そう言うってことは、もしかしてお前も?」
互いの容姿を見て、二人は思ったのだ。目の前にいる彼も、もしや自分と同じ、周囲から疎外されるものではないか、と。
だから彼らは、親しく付き合うようになった。
疎外されているもの同士だから、誰も二人の交友を邪魔しなかった。「変なものと変なものが一緒にいる」と、余計に嫌われはしたけれど。嫌われているから、関わりたくないと思われているから、二人が一緒にいても遠巻きにされていて。だから邪魔されなかっただけではあったけれど……二人には、そんなことは関係なかったのだ。
嫌うだけ嫌って、心無い言葉をぶつけてくる奴らより、好意と友誼を渡してくる相手の方が、楽しいし、楽だったから。
そして、一緒に過ごすうちに、二人は互いの秘密を知ることになった。
二人は、魔法が使えたのだ。
潤はその頃から、水を操ることが簡単にできた。昴は石を見るだけで、未来の一端を知ることができた。二人の家族は魔法使いでも魔術師でも魔女でもなかったけれど、二人は魔力をその身に取り込み、魔法を使うことができた。秘密を共有することで、新たな共通点を見つけたことで、二人はさらに仲良くなった。
でも、二人の能力は大きく違うものだった。
潤は、水に関する魔法なら何でも使えた。けれどそれ以外の魔法に関しては不器用で、今も他の魔法はほとんど使えない。
けれど昴は、魔法においても器用だった。主な魔法は苦も無く使えるようになった。魔法に関して調べることも、昴の方が得意だった。
(そもそも、昴は凄いやつなんだ。ぼくなんかとは、比べ物にならない)
明るくて、優しい昴。ずっと潤のことを助けて、支えてくれていた昴。その昴は、とても賢くて、何でもできるくらい器用で。
(水の魔法以外、何にもできないぼくなんかより、他の色んなことができる人といる方が、昴は楽しいんじゃないか? ぼくなんかに手を煩わせているより、そっちの方が、昴のためになるんじゃないか?)
部屋を満たす水の中に、泡が浮かんでいく。呼吸はできているけれど、何となく苦しい。耳の中に入った水が、音を遮断する。涙は全部水に溶けていくから、潤は、自分が泣いていることに気付いていないことにした。
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