2 白い少女、探索開始(2)

 木実は製菓研の部室に向かった。

 製菓研の主な活動場所は調理室で、部員からは部室とも呼ばれているのだった。校舎の三階、西側に位置するその部屋に向かうため、木実は階段を上る。

 三階に到達すると、ちょうど目の前の教室から樒が出てきた。木実は軽く会釈をする。

「こんにちは、出水先輩」

「こんにちは、焔さん。今日も製菓研に来てくださるんですか?」

「はい! 今日もよろしくお願いします」

 二人は並んで歩く。樒は今日も、綺麗な笑みを崩さない。

「ありがとうございます。入部手続きもしていきますか?」

「あっ、もうできるんですね。ぜひ!」

「分かりました。部室についたら入部届の用紙を出しますね」

「わ、ありがとうございます! そういえば、今日はどんな活動をするんですか?」

「今日は植物園に行きますよ」

「植物園? あ、一昨日行った果樹園のことですか?」

 木実は首を傾げる。樒は綺麗な笑みを浮かべ答えた。

「いいえ、別の場所です。寮の西側に、透明な建物があるでしょう、あれです。部の活動で使うハーブや、果樹園にない果物を分けてもらいに行くんですよ」

 木実は繰り返し頷く。調理室に到着し、樒が扉を開けて、中に入るよう木実を促す。

「こんにちは!」

「こんにちは。今日はどのくらい集まっていますか?」

 木実の挨拶に続けて、樒が部長に話しかける。

 部長の名は花綵はなづなかおる。背丈は木実と樒の丁度真ん中くらい。肩程までで真直ぐに切り揃えた髪は桜鼠、眼は鋭く、瞳は澄んだ水色。目元が少々きつい印象を受けるが、かなり整った顔立ちをしている。制服は白いブラウスとベージュのセーター、襟元には白いリボンタイ。ボトムスはスカート。足元は黒いハイソックスとローファー。三日月のブローチは腰元、赤い硝子が嵌っている。

 木実は部屋の中を見回す。どうやら、今日は全員揃っているようだ。それに、木実以外の一年生の姿も何人か見える。「ああそうだ」と、樒が木実に一枚の紙を差し出した。

「これが入部届です。必要事項を記入したら、それの左半分を切って、僕か部長に渡してください。残り半分は、担任の先生に。確か今年の一年は、逆巻先生が担当でしたね」

「はい、わかりました」

「……今日は、植物園に行きます。見学の一年生も、どうぞついてきて」

 木実は頷く。その様子を見て、薫が号令をかけた。木実は、取り敢えず机の上に畳んだローブと入部届を置くと、他の部員に続けて部室を出た。

 階段を下り、校舎の外に出る。寮の西側にある温室が、この学校で植物園と呼ばれる建物だ。学校の設立当時からある建物だが、透明な建材は劣化していない。硝子ではないのだろうか?

「この建物は、人工魔水晶の板と、白い象牙樹ぞうげじゅを組み合わせてできているらしいよ。きちんと手入れをしていれば、時間経過による劣化をほぼ防ぐことができるんだって」

 部員の一人がそう解説する。

 先頭に立っていた薫が扉を開ける。その音に気付いたか、植物の間から一人の女子生徒が進み出て来る。

「こんにちは。製菓研究部の皆さんですね?」

「はい。エピフィルムさん、よろしくお願いします」

 女子生徒……エピフィルムに、樒が頭を下げる。彼女は柔らかな笑みを浮かべた。

 エピフィルムは身長百七十センチほど。桜色の長い髪をツインテールにし、緩く巻いている。目は少々勝気に開き、鮮やかな青に輝く。左側の下には小さな泣き黒子がある。白いブラウス、ドレッシーな黒いベストを身に着け、ボトムスはスカート。襟元にはピンク色の硝子飾りで留めた白いリボン。足元は白いタイツと、白い丈の短いブーツ。上に着ているのは白衣かと思いきや、袖のある白いローブだ。黄色い硝子が嵌った三日月のブローチと、二本の細い金鎖で、ローブの前を軽く留めていた。

 何者だろうと、一年生たちが首を傾げる。

「彼女は植物園や果樹園の管理をしている、植物管理委員会の副委員長であるエピフィルムさんです。今日、俺たちの案内をしてくれます」

「初めまして、皆さん。カヴァンシス王国の王女、ミリナリア・カヴァンシ・エピフィルムといいます。よろしくお願いします」

 樒の紹介に応えて、ミリナリアは深々と頭を下げる。知らない国だ、と木実は思った。どうやら他の一年生もそう思ったようで、少しばかり訝しげな顔をする。ミリナリアはそれを見て、少しだけその柳眉を下げるも、すぐに微笑みを湛えて、

「それでは、依頼の通り、ベリーのエリアと、ハーブのエリアのそれぞれを案内します。ついてきてください」

 製菓研のメンバーは、薫の指示に従って二つのグループに分かれる。一年生を入れても、そう人数は多くないから、すぐに終わる。木実の入ったグループは、ベリーのエリアに案内された。薫が口を開いた。

「今日は苺を収穫します」

「摘んでいいのは、ここからここまで。白い部分が半分以上ある実は、まだ収穫しないでください」

 ミリナリアが手で示す。部員たちは指示された通りに、苺の収穫を始めた。

 木実は指定された範囲の端の方で、苺を摘み始めた。作業中、ふと、隣の苺が気にかかった。ミリナリアに指定されたエリアのすぐ外だ。そちらに植わっている苺の実が、やたらときらきらしているように見えたのだった。

「その苺が気になるのですか?」

 いつの間にかそばに来ていたミリナリアが問いかけた。

「えっ、あ、はい! 何だか、きらきらしているように見えたから」

「……ごめんなさい。その苺はあげられません。わたしが、今、研究しているものだから」

 ミリナリアが頭を下げる。姿勢がとても綺麗だ。木実は慌てて首を横に振る。

「ああいえ、少し気になっていただけで、欲しい訳ではないんです。最初にも指示されたことですし……」

「そうなのですか?」

「はい。そうだ、何の研究をしているのか、良かったら教えてもらえませんか?」

 その言葉に、ミリナリアはぱっと目を見開いて、それから、とても嬉しそうに笑った。

「はい。私は鉱樹について研究していまして、これはその一環です。この苺は、実や花など、一部だけが鉱物様に変化するものなのです。そもそも今の植物は、鉱物様だったものが、魔力を取り込めなくとも成長できるように進化したものです。しかし、最初から鉱物様の部分を持たなかったものや、この苺のように一部だけが鉱物様になるものは、どのような理由でその形態になったのか、まだ判明していません。形態が変化したということは、そうすることに利点があったからでしょう。また、一部だけが鉱物様になる場合、どのように物質の構成が変化しているのかということについても調べています。どうやら、組織が一つ、現代の一般的な植物より多いようなのです」

 ミリナリアがどんどん早口になっていく。頬が綺麗に紅潮していくのが、もともと色白だからとても分かりやすかった。

(……この先輩は、多分魔女じゃないんだろうなぁ……)

 この意味は頭の片隅で、そんなことを考えた。

「……はっ。ごめんなさい、わたし、つい夢中になってしまいましたね」

 はにかんだミリナリアが、そっと口元に手を当てる。

「いえ。何だか面白そうだなって思いました」

「もしもっと聞いてもいいと思ったら、植物園に来てください。わたしは、ここにいることが多いから」

「はい、ありがとうございます!」

 木実がにこにこと礼を言うと、ミリナリアも微笑んだ。

「ではわたしは、これからハーブのエリアを見に行きます。お話を聞いてくれてありがとう。それでは!」

「はい! それでは!」

 ミリナリアが軽く手を振って立ち去る。木実も手を振り返した。

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