2 白い少女、探索開始(1)

 入学式当日。

 初等部から高等部まで、全新入生の入学式であり、在校生の始業式も兼ねているから、全校生徒のほぼ全員が講堂に集まっている。とはいっても、大した人数にはならない。この学校は、高等部は一学年三十人程度だし、初等部や中等部に至っては、学年に二人いれば多い方で、誰もいない学年もあるからだ。

 普段はそれぞれ、好きに制服を着ている生徒たちも、今日のような日は特別だ。シャツやブラウスは指定された、カフスが大きめのデザインのものを着ているし、黒いローブとキャスケットもしっかりと身に着けている。学年章のブローチも、皆胸の前で光らせている。

 教員が開始のアナウンスをする。校長が壇上に上がった。

 フード付きの黒いマントを身に纏った校長は、一礼するとフードを脱ぐ。レーズンのような、黒ずんだ赤紫色の髪が零れ出る。

 思った以上に若い人だな、というのが、澄の感想だった。恐らく、三十手前といったところだろう。顔立ちは中性的、目は吊り気味、瞳の淡い青の中に虹色が揺れている。髪はどうやら、背中の中ほどまで伸ばしているようだ。

「みなさん、初めまして。校長の仄影ほのかげ絵空えそらです。入学おめでとうございます」

 その声は低いが、確かに女性のものだ。

「この学校には、魔法使い、魔術師、魔女が集まっています。自分の知らなかった魔法や魔術に触れることで、多くの知見を身に着けてください」

 彼女はその声で手短に挨拶を済ませ、早々に降壇していった。

 そのあと、生徒会長である錵の挨拶や、担当教員の紹介、新入生代表の挨拶などが済み、そう時間も経たない内に入学式は終了する。

 新入生は逆巻に先導され、階段を下りて教室に向かう。講堂は校舎の最上階、高等部一年生の教室は二階にあるからだ。生徒たちの中には、帽子やローブを脱ぎだすものもいた。

 廊下の壁は白い。腰壁の木の板も白く塗られている。床板はビスケットブラウン。天井は高く、照明についたファンが静かに回っている。窓も大きく、上部は半円形。白い格子状の枠がついた、両開きのものだ。教室の扉は壁と同じ色、円い磨り硝子が嵌っている。

 その内の一つを、逆巻が開く。一年生の教室だ。

 内部は、いわゆる階段教室の様式。机や椅子は床板と同じ色で、教壇と教卓も揃いの意匠だ。黒板は大きく、白い格子状の枠の窓は長方形。

「各自、自由に席に着くように」

 その号令を聞いて、澄は一番前の真ん中に座る。澄に少し遅れて入ってきた木実が、それを見つけてその左隣に座った。

「おはよう、澄ちゃん。席、ここで良いの?」

「うん。おはよう」

 他の生徒は教室の後方に座りたがるものが多いのに、澄は前に座ろうとするから、木実は少し不思議そうに問う。澄は言葉少なに答えた。

「おはよう、二人とも。ここ、いいか?」

 そう声を掛け、澄の右隣に昴が、更にその隣に潤が座る。

「どうぞ。おはよう」

「おはよう! 二人も、ここでいいの?」

「うん。昴、目が悪いから……」

「潤を一人にしておいたら、どうなってるか心配でしょうがないからな」

 昴は言いながら、潤の襟元に手を伸ばす。ローブの留め具を外すのに難儀しているらしい潤の手を除けて、六つ星のブローチと、それに掛かっていた鎖を外す。潤の肩にローブを乗せたまま、ベストにブローチと鎖を付ける。それからローブを取って軽く畳むと、潤の前の机の棚に入れた。

「うう……。ありがとう、昴」

「どういたしまして? これも、ちゃんと自分でできるように練習が必要だな」

「うん……全部昴がやってくれたらいいのに」

 潤は少し眉尻を下げて、拗ねたような顔になる。昴は苦笑する。その様子に、木実が小さく笑いながら訪ねた。

「昴くん、凄く潤くんに親切っていうか、甲斐甲斐しいよね。もともと知り合いだったの?」

「ああ。小学生の頃からの付き合いだな」

「昔から、昴しか友達がいなかったから。昴も、ぼくしか友達いなかったし」

「確かにその通りだけどさあ。……ま、ここならお前にも、俺以外に友達できるだろうし。これまでのことは、あんまり気にしないでやっていこうぜ」

「……そういう寂しい言い方は、嫌だよ……」

 綺麗な笑みを浮かべる昴に、潤は涙ぐむ。澄はそれを見て、僅かに目を細めていた。

「……全員、席に着いたな? それでは、ホームルームを始める」

 教壇に立った逆巻が宣言する。教室が一先ず静かになって、生徒たちはおおむね逆巻に注目した。

「今年度、きみたち一年生の担任を務めることになる逆巻一陣だ。また、各種歴史の授業も担当する。よろしく頼む。さて、では一人ずつ、自己紹介をしてもらおう。全員分終わったら、明日からの授業について、それから他にいくつか連絡事項を述べて、今日は解散となる。では、……僕から向かって右後方、端のきみから、自己紹介を始めてくれ」

 逆巻は自分で言った方向を手で示す。指名された男子生徒が立ち上がり、自己紹介を始めた。

 今年度の高等部一年生は二十七人。その内、特別科所属は二人。特別科の生徒も、基本的には他の生徒と同じ授業を受ける。澄は自己紹介をする生徒の方を振り返りつつ、その人数を数える。一瞬で物の数を数えるのは、澄の特技というか、習い性のようなものだ。今いる全員の名前と、その字面を一致させる。

(全員の顔を覚えるのはいつになるかな。そんなに人数多くないし、名前を覚えるのは早そうだけど)

 そのうち澄たちにも順番が回ってきて、一人ずつ自己紹介した。木実が席に着くと、逆巻がまた口を開いた。

「皆お疲れ様。きみたちはこれから三年間、この学校で共に学ぶことになる。最初から仲良くしてくれとは言わないが、協力し合えることを祈っている」

 そして、何枚かのプリントと、いくつかの連絡事項が渡されて、今日のホームルームは終了となる。一礼して教室を出ていく逆巻の肩に、白い栗鼠のような兎のような何かが乗っているのが見えた。

「ねえ、このあとどうする? お昼ご飯には、……ちょっと早いよね」

「潤はどうする? 俺は学校周りの山を散策に行こうかと思ってるんだけど」

「……ぼくは、部屋に戻るよ。ちょっと、疲れちゃったし……」

「そうか。じゃあ、昼には声を掛けに戻るよ。一緒に昼飯食べに行こう」

「うん」

 澄は少し考えて、それから胸に軽く手を当てる。そしてすぐ、木実の方を向いて言った。

「私は図書館に行くよ。調べものをしたいんだ」

「そっか。あたしは製菓研に行ってこようかな」

 木実はそう言って微笑む。そして真っ先に立ち上がった。

「それじゃ、また! 澄ちゃん、ちゃんとお昼食べるんだよ」

 澄は薄く微笑んで、教室を出ていく木実に手を振った。昴は潤のローブを持って立ち上がる。潤も立って、それを受け取った。

「それじゃあ、俺たちも行くか。潤、寮には自力で戻れるか?」

「う、うん、多分。じゃあね、澄さん。また」

 昴が軽く手を挙げると、潤も合わせて、少し手を振った。澄は彼らも、手を振って送り出す。

「……さて、それじゃあ私も」

 澄もゆっくりと立ち上がる。帽子を被り直すと、図書館に向かって歩き始めた。

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