1 白い少女の人探し(2)
荷解きに随分時間がかかってしまった。やっぱり荷物の個数が多すぎたかも知れないと、澄は軽く腕を組みつつ、もう一度部屋を眺める。
この部屋も、腰壁や床板はチェスナットブラウン、壁紙はアイボリー。どうやらこの建物は、どの場所もその組み合わせで統一されているらしい。チェスナットブラウンの机やベッド、一つの本棚とクローゼットは備え付けのものだ。窓枠も同じ色で、ベージュのカーテンと白いレースカーテンも学校の用意したものだ。机の上には小さなライトと、銀色のツインベルの目覚まし時計を置いた。机の棚には教材やノートが一そろい、引き出しには文房具の類が収まっている。寝具や、その黒いカバー類は実家から持ってきたもの、きちんとベッドメイクを終わらせた。クローゼットは七割弱、本棚は八割がた、澄の持ってきたもので埋まってしまった。インクとか、工具とか素材とかの趣味の道具は、机の引き出しには収まらないだろうと持ってきた、小さな木製のチェストにしまった。
一応これでも、本とか、趣味の道具とか、あと服とか、一応選んで持ってきたのだけれど。考えつつ、時計を確認する。そろそろ、昼食の時間……というか、少し遅すぎるくらいか。食堂はこの時間でも開いているらしいから、行ってみることにしよう。澄は靴の紐を結び直して、荷解きの間は脱いでいたローブを羽織る。帽子を一度手に取ってから、被らずにベッドの上に置く。もともと部屋にあった、アンティークな真鍮製の鍵を手に取ると、部屋の外に出て、施錠して食堂に向かった。
女子寮と男子寮の間の、小さな建物。交流館と呼ばれているそれの二階が、この学校の大食堂である。生徒だけでなく、教員や職員も利用する。少し昼食には遅い時間だが、いくらか生徒が集まって食事をしているようだった。
ここも、アイボリーの壁にチェスナットブラウンの腰壁と床。天井のシャンデリアは、寮の踊り場にあったものより一回り大きいのがいくつか。大きく長い木のテーブルが並んだ光景を、澄が見回していると。
「あれ、澄ちゃん!」
「あ、木実ちゃん」
たった今、澄が上ってきた階段を、木実が上ってきた。その後ろから、二人の男性も上ってきた。
「あれ、焔さん、知り合いですか?」
その内の一人、深い赤い髪を顔の横だけ少し長く伸ばした青年が問う。赤い細い縁の、オーバル型の眼鏡の奥には、少し細い垂れ目。瞳は青緑色だ。背の丈は木実よりも十五センチは高いだろう。白いシャツの上に着た黒いベストは前を開けていて、黒いスラックスと黒い革の紐靴を履いている。襟元には黒いクロスタイ。胸元に着けた三日月形のブローチは、上から二つ目の穴に黄色い石がはまっている。高等部普通科二年生の証だ。
「はい、
「よろしく、見抜さん。俺は出水
樒は目を細め、とても綺麗な笑みを浮かべる。彼に続いて、もう一人の男性も続けた。
「ふむ、『見抜』くんか。僕は
年の頃は五十代半ばといったところだろうか。銀鼠色の髪は緩いオールバック、鋭く細めた吊り目は灰色をしている。身長は樒より五、六センチほど低く、黒いシャツに、ネイビーブルーのベストとスラックスを身に着けている。襟元には紺色のネクタイを締めて、靴は黒い革の紐靴。少し眉根を寄せて、不機嫌そうな顔をしているが、声音にその様子は感じられなかった。
「よろしくお願いします、逆巻先生、出水先輩。見抜澄と言います」
澄は軽く頭を下げる。
「出水先輩は、製菓研究部の副部長さんなんだ」
「製菓研究部? そこに入るの?」
「うん。部活登録は入学式の後だから、今はまだ顔を出してるだけなんだけどね」
木実がそう教えてくれる。出水が綺麗な笑みを深めてから言った。
「さあ、お昼にしましょう。今日は何にしましょうかね」
「僕はいつも日替わりランチにしているんだ。君たちはどうする?」
逆巻が言う。少しだけ眉間の皺が緩んだ。
そのまま何となく、その四人で食事をとることになる。一つのテーブルの端に、向かい合って座る。澄は木実の盆を見て首を傾げた。
「……大丈夫? 多くない?」
「そうかな? 確かにちょっと人より食べる方かも知れないけど……澄ちゃんこそ、そんなに少なくて大丈夫? 夕飯までもつ?」
実際には、澄が小食気味で、木実が人より食べる方なのだ。樒はそれよりも食べる。逆巻は極々標準的だが、澄からしたら多く見える。箸を綺麗に持ったまま、木実はそれなりのスピードで食事を進めていく。
「大丈夫、いつもと同じくらい食べてるよ」
「そうなの……? 食べたりなくない? 腕も腰も細いし……ちゃんと毎日三食食べてる!?」
「だから大丈夫だって。一応、毎日食べてるよ。……たまに忘れちゃうことも、まあ、無くはないけど……私、燃費は良いほうだから、平気」
「そういうの良くないよ……顔色も悪いしさ」
木実が溜め息を吐く。逆巻がひとこと零した。
「……見抜くんは『魔女』だね? しかも、かなり早熟な」
「ああ、なるほど。彼女の際立った肌の白さは、透明な血液によるものですか」
樒が相変わらずの笑顔で相槌を打つと、逆巻は頷いた。
「魔女は、ひとによく似ているが、幻想種に近い生まれの種族だ。その特徴で一番分かりやすいのは、血液が透明であるということ。子どもの頃はひとと同じ赤色をしているが、十代前半から二十歳頃に掛けて、血液が徐々に透明になる。見抜くんは、血液の透明化が早めに進行したのだろう」
「はい。去年の夏くらいには、完全に透明になってました」
「へえー……魔女ってそういうものだったんだ」
澄が答える横で、木実がぽつりと呟く。逆巻はまた頷く。
「一年生の授業でも早いうちに扱う話題だが、先に知っておいて損はない。きちんと押さえておくように」
「はい、先生。……あ、もしかして、澄ちゃんの白い髪と目も、その血の色によるものですか?」
「いや、それはただ単に、彼女が取り込みやすい魔力の個性によるものだろう。……僕も『魔女』だが、少し違う色をしているだろう?」
「ああ、確かに……」
「ちなみにこれは、僕の地毛だ」
逆巻の言葉に、木実はくすりと笑う。
「……別にこの髪も目も、そこまで好きじゃないんですけどね。家族とも違う色ですし、今までは周りの子とも全然違ってたし……」
澄は微かに呟きながら俯くが、すぐに顔を上げて言った。
「そ、それより、木実ちゃん。そのブローチ、どうしたの? 朝会ったときは、つけてなかったよね」
そのまま澄は、木実が学年章のすぐ横に止めていたブローチを指し示した。キャンディの包みのような形の、硝子のように透明なものだ。光の加減で、きらきらと色が変わって見えた。その問いに、木実はにこにこと、
「うん、さっき貰ったものなんだ」
とだけ答える。
澄はモノクルの奥で、きゅうとすこしだけ目を細めてそのブローチを見つめた。しかし、澄の視界にちらと何かの姿が映ったところで、澄は(いけないいけない)と小さくかぶりを振った。それから何度か目を瞬かせて、視界を元に戻すと、食事を続けることにした。
そのあとは皆食事に集中してしまって、会話も少なくなる。しばらくして食事を終えると、出水は自室に、逆巻は職員室に戻ると言って席を立った。澄と木実は顔を見合わせる。
「これからどうする、澄ちゃん」
「どうしようかな……荷解きはもう終わったし」
「あ、じゃあ、どこか校内で行きたいところはある? あたしの知ってる場所で良ければ案内するけど」
「うーん、だったら、この建物と、あと図書館は気になるけれど。頼んでもいい?」
「この建物なら、割と案内できると思うよ? 図書館は、うーん、まだ入ったことないけど、場所は分かるから、澄ちゃんがそれでよければ行ってみようか」
「うん。ありがとう」
「よし、それじゃあ片付けよう」
木実が言うと、二人は立ち上がる。食器を片付けると、連れ立って階段を上って行った。
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