白い魔女の探索記

朽葉陽々

第一幕 ぬいぐるみ少年編

1 白い少女の人探し(1)

 その少女は、校門の前に立っていた。

 その学校の名は、真明しんめい学院。この国で唯一の魔法学校である。

 彼女は今日から、この学校の生徒になる。正確には、ここの生徒寮に今日入るのだ。入学式は明後日である。

 少女の名は、見抜みぬきすみという。その印象は、一言で言うと、白黒。黒いキャスケットの下の純白の髪は一本の三つ編みにし、瞳は透明、その左側には銀縁のモノクルをかけている。肌も雪と同じくらいに白い。身長百五十センチに満たない身に纏った大きなローブは黒く、袖はない代わりに腕を出す切れ込みがある。ローブを胸の前で留める三日月形のブローチだけが、金色をしている。それは学年章でもあって、縁に並んだ六つの穴の、上から三番目にはまった青色の硝子が、高等部普通科一年を示す。この帽子とローブ、それからブローチは、真明学院の制服の一部であり、正装であった。

 そして彼女は小さなリュックサックを背負い、小さなキャリーケースを引いていた。それらの色も黒。彼女は校舎を一瞥したあと門をくぐり、寮までの道を歩いていく。校舎の裏、大きな校舎の陰にならないように、少しだけ標高の高い位置にあるそれは、折り目正しい洋館である。漆喰風の壁はアイボリー、屋根の洋瓦はチョコレートのような深い色合い。それが二つ、間にミニチュアのような建物を一つ挟んで並んでいる。内の東側が、生徒用の女子寮である。扉は大きな両開きのもの、屋根と同じ色をしている。澄はその片側を静かに開けた。

 チェスナットブラウンの階段を上って、寮の指定された部屋へ向かう。内壁や天井は漆喰風のアイボリー。腰壁や床板、部屋の扉はチェスナットブラウン。踊り場には、花型のシェードのシャンデリアが下がっていた。澄の部屋は二階の角だ。予め移動魔法で、寮の扉の前に荷物の大半を運んであるから、すぐに分かるはずだ。

 階段を上るときは、キャリーケースを持ちあげる必要がある。このことを鑑みて小さめの鞄にしてきたが、それでも非力な澄には少し堪える。二階までどうにか登り切って、鞄を置いて息を整える。

「はあ、はあ、……はあーっ」

「あれ、どうしたの?」

 そんな澄に、後ろから一人の女子生徒が話しかけた。

 髪は、前の方は飴色、後ろにいくにつれて栗色に変わっている。それを、耳の上の髪を少し取って、後ろまで編み込みにしていた。大きくて、少し垂れ気味の丸い目は、明るい黄緑色の瞳の中に、オレンジ色が炎のように揺らめく。身長は澄より十センチ以上高い。ひらひらした袖の白いブラウスに黒いベスト、黒いプリーツスカートに、黒いニーハイソックスとローファーを履いている。彼女のこれは、制服の一例である。

 澄もローブの下には制服をきちんと纏っている。カフス部分の大きい、黒い長袖ブラウスに、黒いベストを重ね、黒いスラックスとソックス、革の紐靴を履いている。

 二人の制服の組み合わせはかなり異なるが、どちらも校則に則ったものだ。シャツやブラウスは白か黒であれば式典のとき以外は形を指定されないし、黒いボトムスは皆スカートかスラックスを自由に選べる。帽子やローブも、式典のとき以外は着用を義務付けられるものではない。ベストやセーターの類には決まりがないし、ソックスは黒か白、靴は黒くてある程度きちんとしていればいいのだ。唯一、学年章のブローチは常に着けているよう決められている。その女子生徒も、ベストの胸元に学年章のブローチをつけていた。

「おはよう! あなたも新入生なんだね。部屋が分からないなら、私、少し前から寮に入ってるから案内できると思うよ」

「え、いや、ううん。部屋は分かるんだけど、階段を上ってくるのに少し疲れちゃって」

 澄が薄く笑むと、女子生徒はにこにこと快活に笑った。

「じゃあ手伝うよ! 部屋、どこ?」

「あ、に、二一五号室……」

「えっ、そうなの? 私、隣の二一四号室!」

 じゃあ行こう。彼女はそう言って、澄のキャリーケースを軽々と持った。

「い、いいのに。せめて引いたら?」

「引くよりこっちの方が早いからね。……ああそうだ、まだ名乗ってなかったね。あたしはほむら木実このみ。あなたは?」

 部屋に向かって足を進めながら、女子生徒……木実は問う。澄も少し後ろを歩きながら答えた。

「私は、見抜澄」

 部屋の扉はチェスナットブラウン。部屋番号の刻まれた、金色のプレートがついている。扉の間の壁に一つずつ設置された角型ランタン風の照明には、小さな色硝子がステンドグラスのようにあしらってある。それを眺めながら澄が名乗ると、木実が軽く首を傾げた。

「みぬき?」

「ええと、見抜く、と書いてみぬき。発見のけんに、選抜のばつって言えば良いのかな。すみは、さんずいに登る、のすみ」

 澄は少し速足になって木実に並ぶと、右手で宙に漢字を書きながら説明する。木実はうんうんと頷いて、

「なるほど、見抜さん……澄ちゃんって、呼んでもいいかな」

「うん。私も、木実ちゃんって呼んでいいかな」

「もちろん。よろしくね、澄ちゃん」

 そう言ったところで部屋の前に着く。澄の荷物は、無事扉の前に積み上げられていた。一つ一つの箱は小さいが、そのぶん数が多いのだ。

「凄い量だね……これじゃ、部屋に運び入れるのすら大変じゃない? また手伝ったほうがいい?」

「ううん、ここまでそれを運んでくれただけで凄く助かったよ。あとは自分でできるから、心配しないで」

「そう……? あたし、九時くらいまでは部屋にいるから、手伝いが欲しいときは声を掛けてね」

「うん、ありがとう」

 木実がキャリーケースを置く。自分の部屋に戻る彼女を、澄は軽く手を振って見送った。

「……さて、と」

 澄は呟くと、それよりも更に小さい声で、一言呪文を唱えた。ものを浮遊させる呪文である。澄は部屋のドアを開けると、浮遊した箱たちがきちんと列になって、部屋の中へとゆっくり飛んでいった。すべての箱が部屋に入ると、澄はキャリーケースを引いて、部屋に入ってドアを閉める。

 ついでに鍵も掛けて、澄は荷解きを開始した。

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