第8話 素直な気持ち

前回のあらすじ

月見里さんの師匠に合うことになり、倉橋さんに改めて告白されたよ!


目が覚め、時計を見ると時刻は午前8時になっていた。

私は大急ぎでシャワーを浴び身支度を整えた。

今日は月見里さんの師匠に会うことになっていたからだ。

準備を終え、私は月見里さんの家へと向かった。

向かう道中も昨日の倉橋さんとのことが頭から離れない。


月見里さんの家へ着くと、家の前で月見里さんがすでに待っていた。

慌てて腕時計を確認すると、時刻は8時55分。何とか間に合ったようだ。

私は自転車を止め、声をかける。

「お待たせしました。ギリギリになってしまってすみません」

彼女は私に気が付き、笑顔になった。

「いえ、約束の時間まではまだありますから大丈夫ですよ。それじゃあ早速行きましょうか」

彼女と私は自転車で、アマテラスの再来こと月見里さんの師匠のところへ向かった。


月見里さんの家から、自転車で30分ほど行った山の麓にある大きな鳥居の前に到着し自転車を止めた。

私は鳥居を見上げ、

「ここに月見里さんの師匠がいるんですか?」と聞いた。

「そうですよ。この神社の社務所に住まわれています」

私と月見里さんは鳥居をくぐり石段を登る。

あたりはとても静かで、遠くから鳥の鳴き声がする程度だった。

石段を上まで登り切り、再び鳥居をくぐる。

正面に大きな本殿があり、右手に小さな建物があった。おそらくあれが社務所だろう。

「神田さん。まずお参りしましょうか」

「わかりました。それにしても大きな神社ですね。近くに住んでいたはずなのにここに来たのは初めてです」

「ここは古くからある神社で、かなり由緒があるんですよ。だけどあんまり知られてないんですよね」

私と月見里さんは本殿の前に着き、賽銭箱に賽銭を投げ入れ、鈴を鳴らしてお参りした。

二礼二拍手一礼して本殿を見ると、突然本殿の扉が開いた。

そこには巫女装束を着た少女がこちらを笑顔で見ている。


私があっけに取られていると、月見里さんは、

「あ!お師匠様!」と言っていた。

この少女が月見里さんの師匠の様だ。

「やあ千歳よく来たね! そして神田くんはじめまして。悩んでる顔をしているね!昨日の夜の事が頭から離れないのかな?」

私は驚きを隠せない。どうしてこの少女は昨日の事を知っているのだ?

私は顔を引きつらせながら、

「は、はじめまして。お師匠様……何のことでしょうか?」

ふと隣を見ると、月見里さんが私のほうを見て不思議そうな顔をしている。

するとお師匠様は悪い笑みを浮かべ、

「ほほう。私には何でもお見通しだよ。君が昨日の夜後輩と家の近くの公園で……」

そこまで言うのを聞いて私はお師匠様の元へ駆け出し、口を押さえた。

まずい。こいつ本当に過去が見えてるやつだ。

お師匠様はまだもごもご喋っている。

「神田さん!お師匠様になんてことをするんですか!」

月見里さんが慌てた様子で止めに入る。

私は我に返り、お師匠様の口から手を放して、

「すみません。つい取り乱しました。お師匠様がいろいろと見えているのはわかりましたので、それは黙っていてください」

お師匠様は再びニヤッと笑って、

「まあいいだろう。モテる男はつらいねぇ~」とちゃかしてきた。

このやり取りを見ていた月見里さんが心配そうに、

「神田さん、何かあったんですか? もし困っていることがあれば私に相談してくださいね……」と言ってきた。

本当に月見里さんはいい子なのだなと思った。

「いえ、気にしないでください。大丈夫ですから」

「そうそう、大丈夫だよ!そっちは明日中に片が付くから」

こいつは本当に過去も未来も見えているようだ。

「さて、千歳と神田くん社務所にいらっしゃい。お茶を用意しているから」

そう言われ、私たちは社務所へと向かった。


社務所の玄関を上がり、正面にある客間に通された私たちは横並びで座布団へ腰かけた。

そこにはちょうどいい温度になったお茶が用意されていた。

お師匠様が向かいに座り話し出す。

「いやーそれにしても、神田君この間はありがとうね。千歳も喜んでたよ」

私はこの間の立ち退きの件だとピンと来て答える。

「いえ、月見里さんの大事なものを守れてよかったです」

すると月見里さんも改まって、

「本当にありがとうございました」とお辞儀をしながら言った。

少し照れくさかった。

「それで、今日はデートってことでいいんだよね?千歳」

「ち、違います!今日はお師匠様が神田さんに会いたがっていたのでお連れしただけです!」

月見里さんは顔を真っ赤にして言い返した。

「あはは!千歳はウブだなあ」といってお師匠様が笑い出す。

この完全に人を食ったような態度は、確実に過去と未来が見えるからこそなのだろう。


この世の中には常識を超越した存在がいる。

私もそうだが、この師匠もまたそうなのだ。

人生を繰り返す中で、このタイプの人間に何度かあったことがあるが、この手合いと話すと本当に調子が狂う。

だがしかし、この人なら私の転生の件を打ち明けても大丈夫なのではないだろうか?

そんなことが頭をよぎった。


お師匠様が急に真面目な顔をして、

「それじゃあ本題。神田、お前は何者だ?」

この場の空気が一気に変わり、私はドキッとしてしまった。

お師匠様が続ける。

「私は未来の事と過去の事が見える。これは冗談ではなく事実だ。それは先ほどお前も理解したところだろう。しかし、ごく稀に見えないものがある。特にお前の過去がよく見えない。お前は何者なんだ?」

あまりの変貌ぶりに驚いてしまったが、私は月見里さんが聞いているこの場で言うべきではないと判断した。

それを悟ったのか、師匠が「ついて来い」といって玄関から出ていこうとした。

私も後を追うようにする。

お師匠様は急に元の顔に戻り、

「千歳はここで待ってるんだぞ! あ!冷凍庫に千歳が好きなアイスがあるからそれ食べて待っててね!」

と言った。

月見里さんは、少し不思議そうな顔をしてから、「……はい」と言った。


お師匠様はそのまま本殿の扉を開け、中へ入った。

私も後を追い中へ入る。

中には座布団が敷いてあり私たちは向かい合って座った。

お師匠様は相変わらず真剣な表情で話し始めた。

「神田、私の予想を聞いてくれないか?」

「はい」

「お前の過去をさっきはよく見えないと表現したが、正確には違う。お前の過去を見ようとすると、いろんな情報が多すぎて判断がつかないというのが正直なところだ。そして、お前の未来を見ようとすると急に断片的になるんだ。そこで私はいろいろ考えてみたんだが、……お前転生してないか?」

私はズバリ言い当てられドキッとしてしまった。

ここまで見えてしまう人ではもう隠しても仕方がないだろう。

私は観念したように打ち明けた。


「……流石ですね。そうです。私は過去の記憶を持ったまま何度も転生しています」

するとお師匠様は普段の顔に戻り、

「やっぱなー!さすが私!なんでもお見通しだな! 大昔に一度だけ転生者を見たことがあるんだ。その時と同じ感覚だったんだよ。ただ、その時以上に情報が多いから、何者かわからなくて警戒していたんだ」

私はお師匠様が明るい表情になり少しほっとした。

そして私以外にも転生者がいたことに驚きを隠せなかった。


「神田君、ちょっと手を出してくれ」

私は右手を彼女の前に出した。

「私も千歳もこのやり方が得意なんだ」

そう言ってお師匠様は私の右手に触れた。


すると同時にお師匠様が前のめりに倒れる。

私は思わずお師匠様を抱きかかえた。

数秒したのち、お師匠様はむくりと起き上がり額に汗をかいている。

「大丈夫ですか?」

「……神田君。君はすごいね。あまりの情報の多さに、さすがの私でもクラっとしてしまったよ……君、何回転生している?」

「今回の人生で10度目です」

「……そうか、いやー軽く時間旅行をした気分だよ」

そうか10度も転生しているとなると、数百年分の情報をお師匠様は一気に見てこられたのだ。

それは、倒れそうにもなるはずだ。


お師匠様は一息ついてから話し始めた。

「しかし、これなら何とかなるかもしれない」

「どういうことですか?」

「君なら千歳を救えるかもしれない」

お師匠様は真剣なまなざしで私を見つめた。

「それはいったいどういう……」

私が言いかけると本殿の扉がノックされた。

扉の方を見ると、そこには月見里さんがいた。

お師匠様は立ち上がり、本殿の扉を開けた。


「千歳どうした?アイスを食べ終わったからもう一個欲しいのか?千歳は食いしん坊だなー」

「ち、違います!二人が遅いので心配になってきたんです!」

月見里さんは、顔を赤らめて言った。

「神田さん、大丈夫ですか?暗い顔してますけど」

彼女は私を心配そうに見つめた。

「ん?いや大丈夫だよ。なんでもない」

私は先ほどのお師匠様の言葉が引っかかっていたが、平静を装い答えた。


「いやーしかし今日は得るものが多い一日だったな!」

お師匠様はあっけらかんと言う。

「お師匠様が楽しそうでよかったです」

月見里さんがそう続けた。

「しかし、少し疲れてしまったから私は今から寝る!だから二人とも気をつけて帰るようにな」

こうして私たちは帰ることになった。


別れ際にお師匠様が私にこう告げた。

「そうだ!神田君明日の喫茶店での件だがな、素直に今思っていることを言えばいい。それで解決するから。大事なのは、自分はこんなことがあったからこうしちゃいけないと決めつけることじゃなくて、今自分はどうしたいのか。本心の自分に聞いて行動することだ」

お師匠様は明日の倉橋さんとのことを言っているのだ。

「……ありがとうございます。肝に銘じておきます」

「今日はいろいろ楽しかったからサービスだ!」

そう言ってお師匠様は社務所へと戻っていった。


私と月見里さんは自転車に乗りその場を後にした。

道中月見里さんが、今日は付き合ってもらって悪いからと私を昼食に誘った。

私はその誘いに乗り、二人で商店街へと向かった。


私は少し落ち着きたかったので、あまり人が来ない洋食屋さんを提案し、そこでお昼を食べることになった。

私はハンバーグ定食、月見里さんはオムライスを注文した。

「今日は付き合っていただいてありがとうございました。お師匠様、何かよけいなことを言っていませんでしたか?」

月見里さんは少し不安そうに私を見つめる。

「いえ、大丈夫ですよ。でもお師匠様は本当に未来も過去も見えるんですね」

「そうなんです!お師匠様はすごいんですよ!」

そう言って彼女はお師匠様との思い出を楽しそうに話し始めた。

彼女が好きなものの事を話しているときの表情は何とも無邪気でかわいらしい。

私は今この時間がもっと続けばいいと思った。

「あの……神田さん?」

「ん?どうしたの?」

彼女は恥ずかしそうに、

「見つめすぎです……」

といってうつむいてしまった。

私は気が付かないうちに、彼女の顔をじっと見つめてしまっていたようだ。


そしてこのタイミングで、料理が運ばれてきた。

月見里さんは料理を見て、「おいしそう!」と笑顔になった。

私たちは、いただきますと言い食事を始めた。

ここのハンバーグはやはりおいしい。

ふと前を見ると、月見里さんが私のハンバーグを見つめている。

「一口食べる?」

「いいんですか!」

彼女は嬉しそうに言った。

彼女は私の皿からハンバーグを一口分取り、笑顔でほおばった。

この幸せそうな笑顔がとても愛らしい。

食事を終え、私たちは店の外に出た。


すると突然声をかけられた。

「あ、先輩!」

振り向くとそこには倉橋さんがいた。

私は少し気まずくなり、「おお……」と言った。

倉橋さんは、私と隣にいる月見里さんを見ると表情が一瞬曇った。

「あの、そちらの方は?」

と倉橋さんが聞いてきた。

私は答えに困ってしまったが、何とか言葉を絞り出した。

「えっと……先生、ですかね?」

絞りだした言葉はおそらく間違っていたのだろう。

倉橋さんは一気に怪訝な顔つきになった。

その空気を感じたのか、月見里さんが私に問いかける。

「神田さん。この方はどなたですか?」

「えっと、高校の時の後輩の倉橋さんです。ほら、月見里さんのところに占いを受けに来ていた」

月見里さんは一瞬間をおいてハッとしてから、

「思い出しました。その節はありがとうございました」

といってお辞儀をした。

倉橋さんもそれを聞いて思い出したようで、

「こちらこそ、ありがとうございました。着物を着てなかったから気が付かなかったです!そういえば先輩と久々に会ったのもを占いの時ですよね……先生ということは、今先輩は占いを習われているんですか?」

と尋ねてきた。

「そうそう。今先生に習ってるんだよ。それで今日ちょっと食事をしに来たんだ」

倉橋さんは驚いた様子で、

「そうなんですね。今度私も占ってくださいよ!でも、どんな占い方をするんですか?」

一番聞かれたくない質問が来た。しかしここでごまかしては、どちらにも角が立つ。

「えっと……タロットカードぶつけ占いなんだけど……」

倉橋さんの頭上に大きなクエスチョンマークが見えた。

それを感じ取ったのか月見里さんがタロットぶつけ占いのルーツを話し始めた。

なんだろうこのカオスな状況は。

説明を聞き終えると倉橋さんは引っかかるところはあるが、理解したような絶妙な表情を見せていた。

私は話題を変えようと倉橋さんに話しかけた。


「そういえば倉橋さんはどうしたの?」

倉橋さんはハッとなって、

「いけない!私バイトに向かう途中でした!急ぎますので、これで失礼します」そう言って彼女は立ち去ろうとした。

私は内心明日の待ち合わせの件が彼女から出てこなくて少しほっとした。

去り際倉橋さんは、

「先輩!明日のお昼に駅前の喫茶店で集合ですからね!」と言ってかけていった。

私は固まってしまった。

当然のように月見里さんが私に聞いてくる。

「神田さん。お師匠様も言われていた、明日の喫茶店の件というのは先ほどの女性との件ですか?」

「え?あ……はい。そうです」

月見里さんは今まで見たことがない表情で、

「ふーん……そうなんですか。ちなみにあの女性と昨日公園で何があったんですか?」

それも覚えていたか。

「いえ、ちょっと……あの、いろいろと、ね……」

なんだか浮気をとがめられているような気分になった。

「へー……いろいろですか……ふーん……」

それから月見里さんはすねた表情をしてしまった。

お師匠様、いや、あいつはこれも見据えたうえでいろいろ話を振ってやがったんだな。

私はお師匠様の実力を身をもって感じた。

いてもたってもいられなくなり、

「明日用事がすんだらまた講座を受けに伺います!それでは、今日はありがとうございました!失礼します!」

そういって私は逃げるようにその場を後にした。


その後家に着き私は明日自分がどうすればいいのか考えた。

お師匠様には、自分はどうしたいのか、自分の気持ちに素直になるということが大事と言われた。

私は1度目の妻との別れがトラウマになっている。

本当に仲が良く、ケンカもしたが幸せだった。それを失うのは本当に恐ろしい。

だが、今私はどうしたいのか。


私は考え事で頭の中がいっぱいになっていた。

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