第6話 探偵はだいたい雑居ビルにいる
前回のあらすじ
未来では神田君が、月見里さんにプロポーズするらしいよ。
それといろいろ問題が山積みなんだって!
私は翌日の15時少し前に月見里さんの高校の前にいた。
正確には、不審者に思われないよう学校の向かいにあるコンビニに入り、雑誌を読むふりをして、月見里さんが出てくるのを待った。
15時ちょうどにチャイムの音が鳴り、ぱらぱらと生徒たちが校門から出てきた。
私は月見里さんを見失わないよう、より一層注意深く校門から出てくる生徒たちを見ていた。
私は今朝1つだけアイデアを思いついた。
とは言ってもそのアイデアとは当たり前の事で、相手について知るということだ。
まずはどんな奴らが立ち退きを迫ってきているのか、相手の事がわからなければそもそも対策の打ちようがない。
孫子曰くの「彼を知り、己を知らば百戦して危うからずや」ということだ。
私は幾度も転生をしている中で、この世界の、あるルールに気が付いている。
それは、どの転生先にも毎回現れる人間というのが一定数いるのだ。
例えばテレビで見るような有名人もそうだし、身近な人物であってもそうだったりする。
ただし、必ず記憶はリセットされている。だから次の転生先で相手に会ったところで、私の事は覚えていないということだ。
それは、どれだけ仲を深めようが、愛し合おうが変わらなかった。
そしてもう一つ、この毎回現れる人間は、その人生においてほぼ同じ行動をするということだ。
だからこそ、相手の性格もほとんど変わらないし、趣味や嗜好、過去にした失敗や経験もほとんど変わらない。
つまり、相手と仲良くなることや、関係性を深めることもたやすいということだ。
今回はこれを有効に活用させてもらうことにした。
毎回登場する人物の中に、情報屋の様な探偵がいる。
私は午前中彼の事務所を訪ねることにした。
この街にある商店街のはずれに雑居ビルがあり、その3階に彼の事務所がある。
私は事務所の前まで行くと、今回も同じように表札がかかっていた。
表札は安っぽいプラスチック製の板で出来ていて、そこに【鞍馬探偵事務所】と書いてある。
私はドアをノックし中に入った。
事務所は10畳程度しかなく、入り口の正面に大きめのデスクと社長椅子が入口の方を向く形で置かれ、
椅子にはお目当てである、鞍馬正三郎が座っていた。
彼は私の6つ上で今年28歳になる。もともといいとこのお坊ちゃんだったが、小さい頃に読んだ探偵ものの小説に魅了され、ついには自分も探偵になってしまったという人物だ。
そして、なんといっても彼の強みは情報通だということだ、この街の事ならほとんどの情報を網羅していると言っても過言ではない。
前々回の人生では彼とタッグを組み様々な事件を解決した。
今ではいい思い出だ。
彼は突然入ってきた私のほうを見ると、不思議そうな顔をしてこう言った。
「はじめまして。よく来ましたね。今日は何の用ですか?」
毎回初めて会うときに言うこのセリフを聞いて、また別の人生が始まったのだと感じた。
私は軽く会釈すると、
「はじめまして。じ、実は……とても困っていて……うっ」
そして私は彼にばれないように全力で太ももをつねり、彼にアピールするように涙を流した。
「え……大丈夫!? とりあえずそこに座って! 今お茶入れてくるから!」
こういう所が彼の扱いやす……とてもいいところなのだ。
彼はいいとこのお坊ちゃんであるからこそ、人にやさしく情に厚い。
だから急に入ってきた青年が困っていると頼ってきて急に泣き出したらほっとけないというわけだ。
私は泣く振りを続け、下を向きながら思わずほくそえんでしまった。
アピールするようにわざとらしく鼻をすする。
彼が給湯室からお茶を淹れ戻ってきた。
入り口の右手には来客用のテーブルと椅子があり、お茶はそのテーブルに置かれた。
「ひとまずそこに座ってこれを飲んで。一回落ち着こう。そうしたら何があったか僕に教えてくれるね?」
「……はい。」
彼は心配そうに私のほうを見つめる。
私は、椅子に腰かけお茶を一口すすった。
「あの、私の大切な人が今立ち退きを迫られていて……何とかしてあげたいんです。でも非力な自分じゃ何とも出来なくて……」
嘘のような、本当のような話を彼にする。
すると彼は、
「立ち退きか……もしかして、町のはずれにある月見里さんのことかな?」と言った。
流石だ。やはり彼を頼ってよかった。
「そ、そうです!どうして知っているんですか?」
と、私はあたかも彼の返答に驚くように答えた。
彼は自慢げに、
「ふふ、まあこの街は僕の庭みたいなものだからね」と言った。
毎回このセリフを聞くことにはなるのだが、正直鬱陶しい。
私は目を輝かせるように彼を見つめ、
「いったい誰がこんなひどいことをしているのでしょうか?」と尋ねた。
彼はさらに自慢げに話しだす。
「あの辺りには、大型マンションの開発の話が出ていて、大手の不動産会社が絡んでるんだよ。九重地所って聞いたことあるだろ?そこが主に進めているんだけど、どうしても月見里さんのところが家を手放さなくてね。そこで地元の団体に頼んで地上げをしているみたいだ。ああ、もちろんこっち系の人ね」
と彼は、自分の頬を人差し指で斜めになぞった。
なるほど。やはりそっち系か。
しかしそうなると厄介だ。正直あの手合いは金や面子のためなら何でもやる。
私は前回の人生でそのあたりの人間と色々あったため、厄介さは身にしみて感じている。
「残念だけど、今君にできることはないかもしれない。何か事件が起きる前に、その子に話してあげて何とか引き下がるように言ったほうがいいと思うよ」
彼は、しかたがなさそうに言った。
ひとまず情報は引き出せたので、もう彼に用はない。
「……ありがとうございました。そうですよね。彼女にそう伝えてみます……」
と力なく微笑み、席を立った。
そのまま、軽くお辞儀をして、ドアのほうへ向かう。
すると後ろから勢いよく立ち上がった彼は、私にこう言い放った。
「ちょっと待ってくれ!君の大切な人に何かあってはいけない。だから君が彼女を説得するまで、私が彼女の身辺を警護しよう」
本当に彼はいいやつなのだ。ただいつも芝居じみた、セリフを読んでいるような話し方は、慣れるまで大分イライラする。
そして私と鞍馬は月見里さんの通う高校の向かいのコンビニで彼女を待っていた。
時計が15時15分を指す頃彼女が校門から出てきた。
私は鞍馬と事前に打ち合わせをした通りに、
私がコンビニから出て彼女に話しかけ、
鞍馬は影からひっそりと彼女を見守り何か起きれば出ていき彼女を守る事にしていた。
私は後ろから月見里さんに声をかける。
月見里さんは突然のことで驚いていたが、私を見るなり笑顔になった。
「神田さん。突然どうしたんですか?」
「月見里さんが心配で…ご迷惑でしたよね?」
彼女は慌てたように、
「いえ、そんなことはないです!心強いですよ」
と言った。
月見里さんと私は彼女の家まで歩いて帰った。
道中立ち退きの話をする。
「あれから色々調べてみたんですが、どうやらちょっと厄介な連中が絡んでいるみたいです」
そう言って私は先程鞍馬に聞いた話を月見里さんにした。
彼女は怯えたような表情になり、黙ってしまった。
私は励ますように、
「月見里さんに何も起きないように私が守りますから、安心してください」
そう言うのが精一杯だった。
彼女は特に返事をしなかったが、仕方がない。
大事な人との思い出がつまった場所を一方的に奪われようとしているのだ。
小さな彼女から辛さがひしひしと伝わってくる。
そこから特に話もせず、月見山さんの家に着いた。
すると門の前に昭和のチンピラを彷彿とさせるどぎつい赤色の柄シャツを着た男が貼り紙を貼っていた。
私は少し離れた塀の角に月見里さんを待たせ、男に声をかけた。
「何してるんですか?」
男はこちらを睨みつけ、「ああ?」と言った。
男の顔を見て私は驚いてしまった。
この男は、私と倉橋さんの通っていた高校の問題教師、森野先生だったのだ。
以前は倉橋さんに嫌がらせをしているとこを私が止めに入り、彼の暴言を録音したものを提出して彼は学校からいなくなっていた。おそらく再就職先もうまく見つからなかったのだろう。こんなことをしているとは、人生は残酷なものだ。
森野もこちらに気がついたようで、ゆっくりと私に歩み寄り、
「おお、誰かと思えば神田じゃねえか。久しぶりだな。元気にしてたか!」というと、私の肩を突き飛ばした。
さらに森野は私の胸ぐらを掴み怒鳴った。
「お前のせいで俺の人生はめちゃくちゃだ!お前にはいつかお礼に行こうと思ってたけどよ、ちょうどよかった。ここでしこたまお礼してやるよ!」
森野が腕を振り上げ、私を殴ろうとする。
そこへ私の後ろから声がかかった。
「やめて!その人を離して!」
私と森野は驚き、声がする方を見る。
そこには、遠目から見ても震えているのがわかる、怯えた様子の月見里さんがいた。
森野が驚いた瞬間、私は森野の手をほどき距離を取った。
森野は月見里さんの方を見ながら、
「おやおや、これは月見里さんのお嬢さんじゃないですか。そろそろここを立ち退いてくれませんかね?」
月見里さんは怯えて何も言えない。
すると森野の怒号が響いた。
「聞いてんのかこら!とっととここから出てかねえとさらっちまうぞこの野郎!」
月見里さんの表情は恐怖に固まり、泣き出してしまった。
まずい。このまま彼女に被害があってはいけない。
そこで私は、森野の標的を私にするべく、
彼を睨みつけながら、
「おい、いい加減にしろよ。先生をクビになったと思ったらこんなことをやってるのか。本当にどうしようもない奴だな」
と言った。
森野は私を睨みつけ、
「クソガキが。生意気な口きいてんじゃねえぞ!」
ここまではうまくいったが、森野は再び私に歩み寄り、
「そのへらず口が二度と聞けないようにしてやるよ!」
といい森野は私を殴った。
私の左頬に衝撃が走る。
私が後ろに少しよろけると、彼は私の胸ぐらをつかみもう一発殴ろうとした。
この後この場をどう収めようか必死に考えていると、次の瞬間、大きなクラクションが鳴り、黒塗りのクラウンが現れた。
森野はクラウンの方を向き、
「うるせえ!邪魔するんじゃねえ!」と怒鳴った。
するとクラウンから、大柄な体格でスキンヘッドにサングラスをした男性と、
長身で時代錯誤なパンチパーマを当てた男性が降りてきた。
私は、別の組の人間が現れたのだと思った。
スキンヘッドの男性は、私と森野の元へ駆け寄り、私の胸ぐらをつかんでいる森野の手を引きはがすと、そのまま地面へと叩きつけた。
私があっけに取られていると、男性は私のほうを見てにっこり微笑み、
「これで、借りは返したからな。」といった。
私はこの男性に見覚えがある。何を隠そうこの男性は、隣の部屋に住む葉月ちゃんのパパだったのだ。
しかし私はあまりの驚きで、あわあわしてしまった。
地面に叩きつけられた森野は、逃げようとするも、もう一人のパンチパーマの男性によって押さえつけられた。
そうこうしているうちにパトカーのサイレンが近づいてきた。
私は葉月ちゃんのパパに尋ねた。
「あなたはいったい何者なんですか?」
すると葉月ちゃんのパパは優しく微笑み、ジャケットの内ポケットから警察手帳を取り出して、私に見せながらこう言った。
「俺は警察官だよ。マルボウだ」
全てがつながった感覚がした。
それから葉月ちゃんのパパは今回の事を話し始めた。
「もともとは葉月から聞いたんだ。兄ちゃんが落ち込んでるってな。それで話を聞いてみたら、立ち退きの話をしたんだ」
私の頭の中に、機能の葉月ちゃんとの会話が蘇った。
『大丈夫!葉月が何とかしてあげる!』
月見里さんの占いはよく当たる。
葉月ちゃんは本当に私のラッキーヒューマンだった。
葉月ちゃんのパパは話しを続けた。
「うちが今追ってるのがちょうどこの月見里家の地上げの件でな、面倒な連中が絡んでるって話が上がってたんだが、こいつらも頭を使いやがるから、どうにも現場を押さえられなかったんだよ」
「……そうだったんですね。でもどうしてここがわかったんですか?」
「実はついさっき、近所の男性から交番に通報があってな、ヤクザに襲われてる人がいるって」
私は電話の主が鞍馬だと気が付いた。
「それで、もともと警戒のためにこのあたりをパトロールしてたんだ。だからすぐに駆け付けられた。ただ一発もらってるみたいだな……すまんな」
「いえ。それは全然大丈夫です。見た目ほど痛くないですし」
少し離れたところから森野の怒鳴る声が聞こえた。
「俺が何をしたってんだ!証拠はあんのか!」
相変わらず往々際の悪い奴だ。
そこへ鞍馬が現れ、
「あるよ。君の犯行は一部始終録画しておいた。こいつでな」
といってスマホを取り出した。
流石は鞍馬だ。抜かりがない。
こういう所はきちんと探偵らしいと思うが、やはり言い方が相変わらず鬱陶しい。
そして彼は、葉月ちゃんのパパへそれを見せた。
「さっき通報してくれたのはあんただな? おお、よく撮れてるじゃねえか!」
と葉月ちゃんのパパは言い、森野に近づいて彼の胸ぐらをつかむと、
「これで証拠は十分だな。使用者責任で一気にトップまでパクってやっから楽しみにしとけよ!」
とほくそえみながら言った。
森野の顔はみるみる青くなっていく。
これで森野も終わりだろう。
すると突然背後から衝撃を感じた。
そちらを振り向くと、月見里さんが泣きながら私に抱き着いていた。
私は突然のことで慌ててしまった。
彼女に声をかける。
「あ、あの……大丈夫ですか?」
彼女は私に抱き着いたまま顔をこちらに向け、
「だ、大丈夫ですかはこっちのセリフです! なんて無茶するんですか!」
そしてボロボロと大粒の涙を流しながら、
「……本当に。本当に心配したんですから……神田さんが死んじゃうんじゃないかって……」
そこまで言うと、彼女は再び私に顔をうずめ泣き出した。
そこへ警官が来て、
「あの……お取込み中すみません……後で調書を取りたいので、署のほうへ来ていただけますか?」
「わかりました。あの、一応これ病院とか行ったたほうがいいですよね?」
「そうですね。病院に行っていただいて、調書は明日でもいいので、よろしくお願いします」
そういって警官は立ち去って行った。
ひとまず私は月見里さんを引きはがし、葉月ちゃんのパパと鞍馬にお礼を言い、
月見里さんの手をひいて家に入った。
玄関を上がり、突き当りを今日は右に曲がり今まで入ったことがない洋室についた。
大きめのテーブルに二人掛けのソファー、テレビなどが置かれており、どうやらここがリビングの様だ。
私は月見里さんを中央に置かれたソファーに座らせた。
やっと落ち着いてきたのか、彼女は泣き止んでいた。
彼女は立っている私を見上げると、自分の隣の席をとんとんと叩き、ここに座れとアピールしてきた。
言われるがまま、私は隣に座った。
そして彼女は話し始めた。
「あの……さっきはありがとうございました」
彼女はうつむきながらそう言った。
「いえ、月見里さんが心配だったからつい……逆に心配させちゃいましたね」
と私は微笑みながら言う。
「本当ですよ……まったく。本当にすごく心配したんですからね。もうあんな無茶はしないって誓ってください」
そう言って彼女は私に右手の小指を突き出した。私は、自分の小指を彼女の小指に絡め、指切りをした。
すると彼女は少しいたずらな笑みを浮かべ、
「約束ですからね」と言った。
私はその表情にドキッとしてしまった。
気を取り直し、私は彼女に話し始めた。
「多分ですけど、これで立ち退きの話はなくなったと思いますよ。それにもしまた何かあれば、警察も動いてくれると思います。それに私が一緒にいますから安心してください」
彼女は顔を赤らめて、
「……ありがとうございます」
と小さく言った。
そこから少しの間、私たちは黙ったままだった。
しかしこの沈黙は気まずくなかった。
ふと時計を見ると、16時40分を指していた。
私は彼女に、
「そろそろ病院が閉まってしまうので行きますね。また明日来ますから、よろしくお願いします」
と言った。
彼女は「お待ちしてます」といい、私をソファーから見送った。
私はそれから急いで病院に行き全治二週間の診断書をもらった。
病院の隣にあるコンビニで、葉月ちゃんと葉月ちゃんのパパへのお礼のお菓子を買い家へと向かった。
家に帰りながら、今日の事が頭の中を駆け巡り、私は気が付いてしまった。
私は月見里さんの事が気になり始めているようだ。
占い師としての能力ではなく、一人の女性として彼女が気になり始めている。
しかしそれと同時に今までの人生で起きたことがよみがえってくる。
私は1度目の人生の、妻の事を思い出した。
彼女とは高校の同級生で、同じ大学に進み大学2年生の時に付き合い始めた。
生まれて初めてする告白は、えらく緊張しぎこちないものだった。
お互いに大学を出て、就職しそれから二年ほど経って同棲をはじめ結婚した。
25歳の時の事だった。
それから子宝にも恵まれ、大変だったが幸せな時間を過ごした。
それでも終わりは必ず訪れるのだ。
私はそれが恐ろしくて仕方がない。
だからこそ、それ以降は、人との距離には特に気を使っていた。
別れるのがつらいのなら、はじめから近づかなければいい。
それが私の答えだった。
しかし、今その答えが揺らぎ始めている。
私は彼女の事が好きなのだろうか?
答えはまだ見つからなかった。
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