第4話 ラッキーストーンは?
前回のあらすじ
タロットカードぶつけ占いを習い始めて、後輩に呼び出されたよ。
昼の12時から少し前、私は駅前の喫茶店に入っていた。
ひとまずアイスコーヒーを注文し倉橋さんを待つことにした。
アイスコーヒーが私の前に置かれると同時に、喫茶店の入り口から倉橋さんが入ってきた。
彼女は私を見つけると、軽く会釈をして、私の前に座りアイスティーを注文した。
彼女は私のほうを見て、話し始めた。
「すみません。今日は呼び出してしまって」
彼女は少しかしこまってそう言った。
「いや、どうせ暇だから大丈夫だよ。でも今日は突然どうしたの?」
彼女は少し顔を赤らめながら話し始めた。
「……先輩。あの……私変わりましたか?」
「……ああ、確かに高校のころとはだいぶ雰囲気が変わったと思うよ。眼鏡もしてなかったから、昨日会ったとき気が付かなかったし」
「そうですよね」
彼女は少し微笑み、少し間をおいてから話し始めた。
「先輩、私が初めて先輩と会ったときの事、覚えてますか?」
「えっと……」
私は思い出せず言葉に詰まってしまった。
彼女は少し遠い目をしながら、
「私、当時森野先生に目の敵にされていて、よく理不尽なことで怒られていたんです」と言った。
森野先生とは私と倉橋さんが通っていた高校の先生で、気に入らない生徒がいると何かにつけて怒り出すというとんでもない人だった。もちろん評判も悪く、怒られている生徒を助けたり、かばったりすると今度はその生徒が目を付けられるというあまりにも理不尽な人であった。
「その時に、先輩が私を助けてくれたんです。」
確かにそんなことがあった。私はその時の事を思い出した。
私が放課後帰宅するため、下駄箱で靴を履き替えようとしていると、森野先生が怒鳴る声が聞こえた。
正直、面倒ごとにかかわりたくなかったので、早々に帰宅しようと思っていたのだが、
怒鳴られている生徒の涙をすする声が聞こえ私はその場に戻った。
「お前は何で私が言ったことを守れないんだ!本当にどうしようもない奴だな!」
怒鳴り声と泣いているおとなしそうな眼鏡をかけた女子生徒がそこにはいた。
私は声をかけた。
「あの、彼女が何かしたんですか?」
森野先生は私のほうへ振り向き、私を睨みながら
「うるさい! お前には関係ないだろう。あっちに行ってろ!」
「でも、彼女泣いてますよ。そこまでして怒鳴るようなことがあったんですか?」
この時に森野先生の目つきが変わった。これは確実に私が次の標的になったようだ。
「なんだと……私のやることにケチをつけるのか? いいだろう。次はお前を徹底的に追い込んで、学校にこれなくしてやるからな! 覚えとけよ!」
そういうと森野先生は、階段を上りどこかへ行ってしまった。
私はため息をつくと、再び下駄箱に向かおうとした。
すると、森野先生に怒られていた女子生徒に呼び止められた。
「あの……ありがとうございました……」
私は彼女のほうを向き、
「別に気にしなくていいよ。あと、これ使って」
そういって私は彼女にハンカチを手渡した。
彼女は驚いたような表情をし、
「……ありがとうございました」と言った。
ちなみに、その後の森野先生との顛末はこうだ。
その時の会話を携帯で録音していた私は、翌日担任にその録音と森野先生のこれまでの行動を伝えた。
結果として、森野先生は数か月後には学校を去っていた。
「あの時、私先輩の事が……あの……好きになって……」
彼女は顔を真っ赤にしている。
なんだか改まってこう言われるとさすがに照れる。
しかし私は、誰かと親密な関係になることを避けている。
だから申し訳ないが、告白された時も断っているのだ。
そこから少し間をおいて彼女は意を決したように話し始めた。
「それで、一度断られてはいるのですが……でも、やっぱり私、先輩の事が好きなんです!」
高校を卒業してから早4年、それだけ会っていなくても私の事を思い続けてくれていたのだと思うと本当に嬉しい。
だが、それと同時に申し訳ない気持ちになる。おそらく1度目の人生であれば、このまま彼女と付き合っていただろう。
しかし私は幾度も転生を繰り返す中で、親密な間柄の人との別れを何度も経験してきた。
だからこそ、誰かと一緒にいるということは必ず別れがつきまとうのだ。
私は今回の人生で、親とも縁を切っているほど徹底してきた。
だから申し訳ないが、彼女の気持ちにはこたえられない。
……断ろう。彼女が傷つかず、さらに次の人を見つけられるように。
「あの……」
そこまで言うと、彼女は私の言葉を遮った。
「わかってます。だから今、答えはいらないです」
彼女は下を向きながらそう言った。
そして私のほうを向き、見つめながらこういった。
「だから、友達から始めてください。友達から始めて、私の事を少しでも好きになってくれたら、その時私と付き合ってください」
「でも、好きになるかどうかは……」
彼女は微笑みながら、
「大丈夫です。好きにさせてみせます! そのために私、高校のころからいろいろ勉強して、少しでもかわいくなれるように頑張ってきたんです! これからはもっと頑張りますよ!」と言った。
彼女のその笑顔を、私はとても可愛らしいと思った。
それと……と彼女が続けた。
「もし先輩に恋人ができたら、私は先輩の事をきっぱり諦めます。だから……だからそれまでよろしくお願いしますね!」
彼女の表情は笑っていたが、目には少し涙がにじんでいた。
その後倉橋さんと別れた私は、占い講座までまだ少し時間があるため、商店街をブラついていた。
すると前から近くの高校の制服を着た、女子高生2人組が歩いてきた。
そういえば、月見里さんも同じ高校の制服を着ていたなと思いつつも、何の気なしに彼女のほうを見ると、
右側を歩いていた女子高生と目が合った。
目があった瞬間、お互い立ち止まり「あ……」と言ってしまった。
それもそのはず、目が合った女子高生は月見里さんだったからだ。
すると、月見里さんの左隣にいたクラスメイトであろう少女が話し始めた。
「千歳、どうしたの?この人は知り合い?」
「えっと……あの……」
明らかに挙動がおかしくなる月見里さん。彼女の様子から察するに、占い師をしていることは秘密にしているのであろう。
そう悟った私は、何とか弁解しようとすると、クラスメイトの少女がニヤッとして、
「ほうほう、なるほどなるほど」と言い始め、
月見里さんのほうを向いて、
「千歳もおとなしそうなわりに、隅に置けませんなあ」と言った。
月見里さんは顔を真っ赤にしながら弁解する。
「悠里、違うの!そうじゃなくて……この人は、えっと……その……」と口ごもってしまった。
クラスメイトの少女は、再びニヤッとして、
「わかったわかった。私はお邪魔みたいだから退散するね。後はお二人さん仲良くしてね!」
と言って去ってしまった。
その背中に向かって、
「悠里! 違うの! 待って……」と言う月見里さんの背中がいつもよりも小さく見えた。
うつむいている月見里さんが、いたたまれなくなり声をかけた。
「あの……月見里さん。なんかすみません。勘違いさせてしまったみたいで」
彼女はうつむきながら答えた。
「いえ、神田さんが悪いわけではないんです……明日どうしよう……」
そういって落ち込む月見里さんが見ていられなくなり、
「と、とりあえず、お茶でもしませんか?おいしいコーヒーを出す喫茶店が近くにあるので」
と声をかけた。
月見里さんは小さな声で、「はい……」と答えた。
ひとまず喫茶店に来た私たちは、アイスコーヒーを頼んだ。
アイスコーヒーが到着するまでは、気まずい沈黙が流れていたが、何か話さなくてはと私は声をかけた。
「あの……月見里さんは学校で占いの事を秘密にしているんですか?」
彼女は私のほうを向き、
「そうなんです。学校では占いの事を話していません。占いの事を話して、変な子だと思われちゃうのが怖くて……」
やはり彼女は年相応の女の子なのだなと思った。
「そうだったんですね。それだと確かに、私と月見里さんの関係性はなんと言っていいかわかりませんね」
「はい……」
再び沈黙が流れる。
この間を埋めようと、私は話題を変え話しかけた。
「でも、こうやって話すのもなんだか新鮮ですね。いつも月見里さんは着物ですし」
月見里さんは少し微笑み、
「確かにそうですね。私の家でもないですし」と言った。
「そういえば、あの家はすごく大きいですけどご家族と一緒に住んでいるんですか?」
「いえ、私の両親は、私が小さいころに事故で亡くなってしまって。それからおばあちゃんと一緒にあの家で暮らしていたんです。まあ、そのおばあちゃんも私が高校に入るころ亡くなってしまったんですけどね」
これは、まずいことを聞いたかもしれない。
私は再び話題を変えることにした。
「そうなんですね……ところで、占いはいつから始められたんですか?」
「もともとおばあちゃんが占い師をしていて、それを真似して私も始めたんです。始めてみるとすごく楽しくって、ハマっちゃいました」
月見里さんはやっと笑顔を見せてくれた。
「そうなんですか。でも本当によく当たりますよね。先生の占いは」
「先生はやめてくださいよ。私なんてまだまだ修行中の身ですから」
「月見里さんでもまだ修行中なんですか!あんなに当たるのに!」
私は少し大げさにリアクションをとった。
すると月見里さんは嬉しそうに話し始めた。
「私とおばあちゃんの師匠がいるんですけど、その人なんてもっとすごいんですよ!私はまだ断片的な未来とちょっとした過去しか見えないんですけど、その人は全部見えてしまうんです!」
今サラッとものすごい事を言っているが、話の腰を折るのをこらえた。
そしてやはり月見里さんは断片的とはいえ、未来が見えているのだ。
「アマテラスの再来って呼ばれてるんですけど、私の事も可愛がってくれていて、よく気にかけてくれるんです。本当に優しい人なんです!」
アマテラスの再来?人間が生きているうちになかなか得られない肩書を持っている人がいることに驚きを隠せないが、月見里さんが楽しそうに話しているのでとりあえず今はスルーしておこう。
「月見里さんは、本当に占いとその人の事が好きなんですね」
彼女はいい笑顔で、「はい!」と答えた。
私はさらに質問した。
「そういえば、私はタロットぶつけ占いでしたが、月見里さんは普段どういう方法で占いをしているんですか?」
「えっと、私はほぼ何でもできるんですが、一番得意なのは……」
そう言って彼女は、机の上に置いた私の手に触れ、
「こうやって直接相手に触れることで相手の事を見るのが得意なんです」
突然のことで少しドキッとしたが、私は悟られないよう、
「そ、そうなんですね…… ちなみに私の今日の運勢はいかがでしょうか?」と尋ねた。
月見里さんはほぼノータイムで、
「今日のラッキーストーンは、手ごろなサイズの石です!」と言った。
普通に占いを受けに行ってこの返答であればおそらく客は信用しないであろう。
そして石の種類ではなくサイズとは……
だが言っているのはあの月見里さんなので、今日は下を見ながら帰ろうと思った。
それからお互いの話をし楽しい時間が流れた。
日が傾き始めたころ私と月見里さんは喫茶店を後にした。
「あ!」と月見里さんが言い、私の方を見た。
「そういえば今日、講座の予定でしたね……すみません。話に夢中になってしまって……」
と申し訳なさそうに彼女は言った。
「いえ、大丈夫ですよ。私も今日は楽しかったですし。明日また受けに伺ってもいいですか?」
そう言うと彼女は、
「はい! お待ちしております!」と笑顔で言った。
その時突然悲鳴が聞こえた。
私と月見里さんは、悲鳴のする方を見た。
するとそこには、倒れたおばあさんと、おばあさんのカバンらしきものを持ち走り去ろうとする男の姿があった。
私は呆然としてしまった。
すると隣にいる月見里さんに、
「これ!」といって、野球ボールぐらいの大きさの手ごろな石を渡された。
それを握りしめた時、私は以前の人生のことを思い出した。
私は4回目の人生でプロ野球選手になった。
当時私はピッチャーをしていて、精密機械北別府の再来と呼ばれていたほどコントロールには自信があった。
1度目の人生の時、子供の頃なりたい夢はプロ野球選手だった。
そのためにひたすら努力してプロ野球選手という夢を叶えた。だからこそ気が遠くなるほどの投げ込みで培ったコントロールには自信があるのだ。
私はワインドアップから大きく振りかぶり、オバースローで力一杯ひったくり犯に向けて手頃な石を投げつけた。
見事な直線を描き、ひったくり犯の背中に直撃する石。速度は落ちていたが、体に染み込んだコントロールは落ちていなかった。
ひったくり犯の男は、直撃した石の衝撃でその場に倒れ込み、周りの人が取り押さえた。
私はもう一方の倒れたおばあさんを助けに向かった。
おばあさんは転んだ拍子に右手をつき、痛みから右手の手首を押さえていた。
声をかけながら、おばあさんの手を見ると、その手首は変形していた。明らかにコーレス骨折を起こしている。
このままでは危険だと判断した私は、近くにいた月見里さんに、
「おばあさんは手首を骨折してるみたいだ。今からこれを戻すから、月見里さんはおばあさんの腕を押さえつけていて欲しい」
と言った。
月見里さんは戸惑いながらも、「わかりました」と承諾した。
私は両手でおばあさんの手首を持ち、手順通りに手首を元の位置の戻す。
おばあさんの悲鳴を耳で感じ、ぐしゃりとも、じゃりじゃりとも言えない骨折を戻す軋轢音を手で感じた。
その時私は2度目と3度目の人生のことを思い出した。
私は2度目と3度目の人生の際、とある理由から医師になっていた。
後半は研究に没頭していたが、まだ現場で外来を見ていた頃、高齢者に多いこのコーレス骨折を何度も治していた。
当時の感覚と知識でなんとか元に戻すことができた。
近くにいた人に声をかけて救急車を呼ぶように伝えた。
一息つくと隣にいた月見里さんが、唖然として私を見ていた。完全に固まっている彼女に声をかける。
「あの、月見里さん大丈夫?」
反応はない。
「おーい。月見里さーん」
はっとなって気がついた月見里さんは私の目を見て、
「あなたは…… あなたは何者なんですか?」
「えっと……」
私は口ごもってしまった。
彼女が学校で占いの話をしないように、私も人には転生の話をしていない。昔それで痛い目を見たことがあるからだ。
そうこうしていると救急車が到着しおばあさんが運ばれていった。
変わらず月見里さんからの目線が厳しい。
彼女は疑うような、信じられないような表情をしていた。
私は気まずくなり、
「えっと、明日また昨日と同じ時間に伺います。失礼します!」と言って逃げるようにその場から立ち去った。
「行っちゃた……」
私は小さく呟くと、家へ帰る事にしました。
家に帰ってからというもの神田さんのことが頭から離れません。
あの人はいったい何者なのでしょうか?
15mは離れたひったくりに、まぐれかもしれないけど、あれだけ的確に石をぶつけられて、その上おばあさんの骨折の処置まで完璧にこなしていました。
それに、私が初めてあの人に触れた時に流れ込んできたあの断片的な未来の映像。びっくりして思わずうずくまってしまったけど、私が見た未来に今のところハズレはないのです。
ということはあの人と私は……
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