第3話 ラッキーフレーズは?
前回のあらすじ
占い師の少女に言われるがまま、団子を買い、
騒音問題をアパートのほかの住人と協力して解決したよ!
私は転生を繰り返す中で心に決めていることがある。
それは、出会う人と親密にならないことだ。
これは経験則で学んだことで、悲しみを増やさないためには仲のいい友人や恋人、
まかり間違って結婚して子供を作ってしまうと、本当に後悔する。
人はいつか死ぬ。そして私以外の人々は転生をすることはない。
だからこそ、あえて自分から悲しみの種を作る必要はないのだ。
私の上の階に住む鬼澤さんは約束通り時間を守ってギターの演奏などをしてくれている。
みんなで言いに行ったかいがあったというものだ。
それにしても、あの占い師は本物かという疑いが、私の中で確信に変わった。
初めはまぐれの可能性もあったが、ここまで言い当てられるとさすがの私も信じざるを得ない。
しかし、なぜ彼女は間接的に伝えるのであろうか?
ラッキーアイテムやラッキーワード等でしか伝えてくれないというのは、理由がよくわからない。
そうだ、今日は彼女の開催している例の占い講座を受けてみよう。
そうすれば彼女の秘密が、少しは分かるのではないか。
そんなこんなで、私は彼女の住む屋敷へと向かった。
彼女の屋敷に着き、門を開け中に入る。
扉をノックすると、初めてここに来た時に私を案内してくれた老婆が出てきた。
「あら、いらっしゃい。今日も占いを受けに来たのですか?」
「いえ、今日はおばあさんと同じく講座を受けようと思い来ました」
老婆は笑顔になり答えた。
「やっぱりね。私はそうじゃないかと思っていたの。先生の占い講座を受けると、段々未来の事がわかるようになるんですよ」
「やはりそうなんですか。それは楽しみです。しかし突然講座を受けに来てしまって大丈夫でしょうか?先生がお忙しそうであればまた日を改めますが」
老婆は笑顔のまま答える。
「大丈夫よ。先生はいつでもウェルカムだって言っておられたから。ただ、今先客の方が占いを受けられているから、少しここで待っていてください」
そう老婆に促され、この場で少し待つことにした。
話さないのも気まずいので、私は老婆に話を振った。
「おばあさん、占い講座はどんなことをするのですか?」
「そうね、私は水晶で占いをするのが向いていると教えていただいたから、水晶を眺めていますよ。人それぞれあった占い方法があるみたいだから、そこは楽しみよね」
私は少しワクワクしてしまった。私には一体どんな占い方法があっているのだろうか。
しかし、あくまでも私の目的は、彼女の秘密を探るためだ。
そこからまた他愛のない会話をしていると、廊下の奥から足音が聞こえた。
20代前半頃の女性が現れた。おそらく、今しがた占いを受けた帰りなのだろう。
老婆が彼女に気が付き、出口へと促す。
「お疲れ様でした。こちらからお帰りください」
彼女は軽く会釈をして、玄関で靴を履いた。
老婆は私に、
「今先生に講座を受けられるか聞いてくるから、ここで少し待っててね」
そう言って、奥へと消えていった。
靴を履き替えた女性と目が合うと、彼女はとても驚いた顔をした。
そして彼女は私の顔をじっと見つめてくる。
彼女の切れ長の目に、長い黒髪。かなり綺麗な顔立ちをしている。
私は耐え切れなくなり、声をかけた。
「あの、どこかでお会いしたことありましたっけ?」
彼女は少しむっとした顔をして、
「忘れたんですか。先輩……」
そう私に言った。
私は思い出すため必死に記憶を呼び覚ました。
彼女は確か……そうだ!高校の後輩だ!
「あ、高校の時の……」
少し拗ねた表情で彼女は答えた。
「そうです。高校の時に図書委員で一緒だった、倉橋です。やっと思い出してくれましたか?」
「ああ、思い出したよ。久しぶりだね。ずいぶん雰囲気が変わったから全然気が付かなかったよ。今何やってるの?」
「今は大学に通ってます。今3年生なので、来年就活なんです。それもあって今日は占いを受けてました」
彼女の名前は倉橋実(くらはしみのり)、私の一つ下の後輩で、当時はメガネをかけたかなり大人しい雰囲気の子だったのだが、今は過去のイメージとは全く違っていた。大学デビューというやつだろうか。
私はそんな彼女に一度告白され、彼女を振っていた。
彼女は私を見つめ、
「先輩は今何をしてるんですか?」と尋ねてきた。
「ああ、今は投資とかしながら生計を立ててるよ」
「……そうなんですね。」
何とも気まずい。おそらく彼女のこの態度は振ったときの事を根に持っているのではないかと思った。
そして、告白された時の事を思い出した。
私はその日図書委員会室に呼び出された。
委員会室に着くと、彼女は先に待っていて、顔を赤らめながら私にこう言った。
『あ、あの……先輩は、彼女とかいるんですか?』
『いや、いないけど。』
『……す、好きな人とかいるんですか?』
『いや、いないよ』
『……あ、あの!私、先輩の事が好きです。私と付き合ってください!』
ここでの回答を間違えたのだ。振るにしても、少し考えながら、
『ごめんね。今は勉強に集中したいから、気持ちはうれしいんだけど、その気持ちにはこたえられないよ』
とか、言っておけばよかった。しかし現実は、
『……あ、あの!私、先輩の事が好きです。私と付き合ってくだ』
『ごめん。無理』
私は当時、人との距離を絶対に近づけないと今よりも強く心に決めていたため、
完全に食い気味で返事をしてしまったのだ。
その時に彼女を傷つけてしまったのだろう。
それ以降彼女と会話することはなく、私は高校を卒業した。
彼女は焦ったように切り出す。
「それじゃ私急いでるんで。失礼します」
そういって足早に立ち去って行った。
それから老婆がやってきて、
「先生の準備ができたようなので、いつもの部屋でお待ちください」
と私に伝えた。
私は玄関を上がりいつもの部屋の前で待つ。
すると中から声をかけられた。
「中へお入りください」
障子をあけ中に入ると、簡易的な折りたたみ机を挟んで向かい側に、着物を着た彼女が座っていた。
彼女の前に置かれた椅子に腰かける。
彼女は笑顔で、
「今日は講座をご希望ということで、ありがとうございます。何かきっかけがあったんですか?」
と尋ねてきた。
「今まで見ていただいていて、先生の力が本物だと思ったので、受けてみようと思いました」
「ありがとうございます!今更ですが、自己紹介しますね。私は、月見里千歳(やまなしちとせ)と申します。占い師をしてます。」
「私は、神田宗介といいます。投資で生計を立てています」
投資で生計を立てているというと、大概の人は驚くのだが、彼女は驚くこともなく続けた。
やはり彼女には未来が見えているのだ。
「それでは神田さん。まずあなたに合った占い方法をお伝えしますね!」
そう言って彼女はおもむろにタロットカードを取り出した。
タロットカードか。なるほど、これを使って占うのが私には合っているのだな。
私の頭の中には、タロットカードを使い占いをしている自分の姿が浮かんだ。
すると彼女はにっこり微笑み、
「神田さんに合っているのは、タロットぶつけ占いです」
ん?タロットぶつけ占い?どういうことだ。
一般的なタロット占いは、タロットカードを混ぜ、それを引き、書かれている絵柄から占うのではないのか?
私はあっけにとられつつも、
「……先生!あの、タロットぶつけ占いとはいったい何なのでしょうか?タロットカードを引いて占う方法とは違うんですか?」
彼女はさらに笑顔のまま、
「タロットぶつけ占いは、カードを引いたりしません。これだけだとわからないと思いますので、実際にやって見せますね!」
そう言って彼女は立ち上がり、私にタロットカードの束を投げつけてきた。
痛い!なんなんだ、この占い方法は!ふざけているのか?
私に投げつけられたタロットカードは、私をバウンドし、ひらひらと床に散らばった。
その中に1枚だけ表向きになったカードがあった。
彼女はそれを手に取り、
「なるほど。愚者のカードですね」
と、真剣な顔をして考え始めた。
え?これ本当にこの占い方なのか?占い師が商売道具であるタロットカードを客にぶつけて占う方法など聞いたこともない。
「今日のあなたのラッキーフレーズは、『おまかせで』です。それと、誘いには必ず応じてください」
「……あの!先生!すみませんが、まだ理解が追い付きません!少し説明していただいてもよろしいでしょうか!」
彼女ははっとした顔をしてから、
「あ!すみません。突然で驚きましたよね。それではタロットぶつけ占いについてお教えしますね」
そう言って彼女は、タロットぶつけ占いの説明を始めた。
「タロットぶつけ占いは、中世ヨーロッパで流行った占い方法で、由緒ある占い方法なんです。ただ、カードの消耗が激しい、カードを無くす可能性が高い、お客さんとのもめごとに発展しやすいなどの理由から衰退し、現在ではあまり知られてはいません」
流石にこんなコストとリスクのある占い方法は厳しい。実際にやるとしても、もめごと覚悟でやらなくてはいけないというのは、いかがなものだろうか。もしほかの方法があるならそっちに切り替えたい。
「……あの、すみません。私はこの占い方法でないとダメなのでしょうか?」
「ダメです。これ以外の占い方法は神田さんには向いていません。やっても当たりませんよ」
彼女はきっぱりと私の申し出を断った。これで、私にはタロットカードぶつけ占い以外の選択肢がなくなったのであった。
「じゃあ、一度やってみましょうか!」
そう言って彼女は、床に散らばったカードを拾い集め、私に手渡した。
「それでは、そのカードを良くシャッフルしてください」
言われるがまま、私はカードをシャッフルした。
「次に、相手が占って欲しいことを聞きます」
私は戸惑いながらも、
「……えっと、先生が占って欲しいことは何でしょうか?」
そう尋ねた。
彼女は、んーと右手の人差し指を顎に当てながら、
「今日の私の晩御飯は何か占ってください!」
変化球すぎる!普通、今悩んでいることがあり占いを受けるはずだ。
確かに一人暮らしをしていると、晩御飯はどうしようか迷うのはわかるが、
果たしてそれをタロットカードで占うことができるのだろうか?
「……わ、わかりました。あの、このタロットカードを先生にぶつけるんですよね?」
「はい!躊躇はいりませんので、思いっきりぶつけてください!」
私は右手にタロットカードを持ち、腕を振り上げた。
……いや、無理だろ!なんなんだこの状況は!
着物を着た小柄な女子高生占い師に、22歳男性がタロットカードの束をぶつけるという異様な状況だ。
しかし、先生は目を輝かせながら私がタロットカードをぶつけるのを待っている。
……もう仕方がない。思いっきりではないまでも、軽くぶつけることにしよう。
「では、行きますよ」
「はい!ばっちこいです!」
私は彼女にタロットカードをぶつけた。
そして彼女を肩付近をバウンドして床にカードが散らばった。
彼女はカードがぶつかった瞬間小声で「いたっ」っと言っていた。
罪悪感が半端ない。
そして彼女は、散らばったカードの中から、表向きになった1枚のカードを拾い上げた。
そしてそれを私に見せ、
「このカードを見て思い浮かぶ、私の今日の晩御飯を言ってください」
見せられたカードには、ランプと杖を持ち、紫色のローブをかぶる老人の絵が描かれていた。
いやいや、これで何と言えばいいんだ?正直分からない。
しかし彼女は変わらず嬉々とした表情を浮かべ、私の返答を待っている。
仕方なく私は、
「……えっと、煮物?」と答えた。
彼女は笑顔になり、
「煮物ですか!やった!私、煮物大好きなんです!」
と答えた。
もうこの状況への理解が完全に追いつかない。
しかし彼女が喜んでいるので、それでいいと思った。
彼女は再び床に散らばったカードを拾い集め、私にタロットカードを手渡した。
「それでは、このタロットカードはお渡ししますので、肌身離さず持っていてください」
「……わかりました」
「今日はこの辺にしておきましょう。次回からは、タロットカードの絵柄や意味などをお伝えしていきますのでお楽しみに」
占い方はさておき、習い事というのは楽しいものかもしれないと私は思った。
「次回なんですけど、いつ空いてますか?」
私は、スマホを取り出しスケジュールを確認した。といってもほぼ毎日暇なようなものだ。
「いつでも大丈夫です」と答えた。
すると彼女もスマホを取り出し、
「……それじゃあ、明日でいいですか?明日の同じ時間にまた来てください!」
「わかりました」
これで次回の予約が確定した。
続けて彼女は、
「そしたら連絡先交換しましょう!わからないこととか、予約の変更とかあればこれでやり取りできるので」
「そうですね。わかりました」
そして、私と彼女は連絡先を交換した。
「先生、今回のお代はいくらになりますか?」
「んー……タロット代含めて1万円です!」
今思いついたように彼女は答えた。
不思議なもので、タロットカード込みだとちょっとお得な感じすらする。
そして私は、言われるがまま財布から一万円取り出し彼女に渡した。
彼女は笑顔で、
「ありがとうございます!」と答えた。
彼女は、はっとした顔をして、
「そうだ、神田さんの今日のラッキーフレーズは『おまかせで』です。それと、誘いには必ず乗ってくださいね!」
「わかりました。占いまでしていただいてありがとうございます」
そういって彼女と別れた私は、部屋を出て玄関まで歩いていく。
その途中、とてもいい匂いがした。
そして奥から月見里さんの声が聞こえた。
「あー!キヨさんありがとう!今日も晩御飯作ってくれたの?」
私は先ほどの占いの結果が気になり、少し聞き耳を立てた。
「いえいえ、先生にはいつも良くしてもらってるから、これぐらいさせてください」
キヨという女性は、おそらくいつも出迎えてくれる老婆の事だと声から判断した。
「今日の晩御飯は……やっぱり!煮物だ!」
私の初タロットカードぶつけ占いは見事に成功したようであった。
屋敷を後にして私は晩御飯を買うため商店街へとやってきた。
不思議と私も煮物が食べたくなっていたからだ。
商店街の総菜屋で煮物を買い、私は家へと戻った。
家に戻り、私はご飯を炊いて夕食を済ませた。
シャワーを浴びて出てくると、スマホに連絡の通知が来ていた。
占い師の月見里さんからだった。
『こんばんは!今日は講座を受けていただいてありがとうございました!神田さんに占っていただいた通り、なんと!晩御飯は私の大好きな煮物でした!神田さんには占いの才能があるみたいです!明日もお待ちしております!』
私は思わず微笑んでしまった。
そして軽く返事を済ませて、受け取ったタロットカードを眺めながら、今日あったことを思い返していた。
すると再びスマホが鳴った。
月見里さんかと思い、携帯をみると、今日久々に再会した、後輩の倉橋さんからだった。
『先輩お久しぶりです。少しお話がありますので明日お時間ありますでしょうか?』
久々に再開したばかりだというのに、いったい何の話だろうか。
適当な理由をつけて断ろうかと思っていたが、月見里さんに言われた今日の占いを思い出した。
『神田さんの今日のラッキーフレーズは『おまかせで』です。それと、誘いには必ず乗ってくださいね!』
私は占いに従って『おまかせで』と送信した。
返事としては、間違っている気もするが。
するとすぐに返事が来た。
『わかりました。そうしましたら、明日の12時駅前の喫茶店に来てください。それでは失礼いたします』
それにしても倉橋さんは私に会ってどうするつもりなのだろうか?
そこまで仲が良かったわけでもなく、たまたま委員会が一緒だっただけの先輩を呼びつける理由が、私には思い当たらなかった。
悶々としたまま、私は眠りについた。
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