第2話 ラッキーワードは?
前回のあらすじ
10度転生して人生に飽き飽きしていた私は、徹底的に適当に生きるため、占いに従って行動することにしたよ。
受けに行った占いで言われた言葉は、『ラッキーアイテムはバール』の一言だけ。
とりあえず買ってみると、帰りに火災現場に遭遇。
買ったばかりのバールで少女の命が救われたよ。
うるさい!
私は爆音で目を覚ました。
時計を見ると夜の12時過ぎ。また上の階の住人がギターを弾いている。
最近のちょっとした悩みはこの爆音である。
私が住んでいるのは、築12年の2階建てアパートで、各階3部屋づつあり、
そのアパートの1階中央の部屋、102号室が私の部屋だ。
この爆音の主は、私の部屋の真上202号室の住人で、最近越してきたばかりなのだが、とにかくうるさい。
おそらく学生かミュージシャンなのだろう。
防音が完ぺきなアパートではないので、正直気が付いてほしい。
隣の部屋であれば、壁ドンするのだが上の階となると、直接文句を言いに行くほかない。
つい目がさえてしまい、そこからだらだらと携帯をいじりつつ、気が付けば眠っていた。
目を覚ますと、時計は13時を指していた。
とにかく気になるのはあの占い師の少女の占いが本物かどうかということだ。
『ラッキーアイテムはバール』という言葉を鵜呑みにして行動した結果、一人の命が救われた。
これはたまたまなのか、それとも予言なのか。
私はそれを確かめるため、翌日再び占い師の元を訪ねた。
昨日同様門を強めに押し、再び敷地内に入り、玄関扉をノックする。
「はーい。今行きまーす!」
ドタドタという足音が徐々に近づき、勢いよく扉が開いた。
「お待たせしました!ご用件は何でしょ……あ……」
出てきた少女は、近くの高校の学生服を着た昨日の占い師であった。
彼女は私を見つめたまま口を開き数秒固まった後、扉を勢いよく閉めた。
私もあっけに取られて数秒固まってしまったが、その後扉越しに声をかけた。
「あの、すみません。占いを受けに来たのですが。」
「少々お待ちください!今準備してきます!」
ドタドタという足音が遠ざかっていくのが扉越しに聞こえてくる。
私はとりあえず待つことにした。
すると再びドタドタという足音が近づき、
「すみません。あと10数えたら、昨日の部屋の前でお待ちください!」
言われるとおりに心の中で10数えてから、扉を開け昨日と同じ部屋の障子の前で待つことにした。
私が待ち始めてから10分が経ったころ中から声が聞こえた。
「お待たせしました。お入りください」
私は障子を開き中に入る。
昨日と同様に、白い着物を着た少女が部屋の中央で三つ指を立て座っていた。
私は彼女の前に置かれた座布団に正座し、お辞儀した。
そして顔を上げ、彼女が話し始める。
「昨日のラッキーアイテムは当たりましたか?」
微笑みながら彼女は尋ねてきた。
「はい。おかげ様で一人の命が救われました」
彼女は安堵した表情を見せた。
これは間違いない、彼女は本当に未来が見えるタイプの占い師だ。
私は核心に迫ることにした。
「単刀直入にお聞きしますが、先生は未来が見えるのですか?」
「私には何でもお見通しですから」
そう言った彼女の眼には自信が宿っていた。
しかしここで一つ疑問が浮かぶ。
本当にお見通しであれば、どうしてあの後私が火災現場に鉢合わせることをズバリ言わず、
あくまでラッキーアイテムとしてのみ私に伝えたのだろうか。
「しかしなぜ、ラッキーアイテムという形で私に伝えたのですか?直接言っていただいたほうが、より行動しやすかったと思うのですが」
彼女は少し困った顔をし、
「えっと……それは……」と言いよどんでいる。
私は彼女の言葉を待った。
「……それはともかく、今日はまた占いをご希望でよろしいですよね?」
あからさまにはぐらかされた。どういうことだ?理由を答えればそれで済むのではないのか?
「占いをしてもらいに来たのですが、先ほどの問いは……」
「今日のあなたのラッキーワードは桃太郎です。今日は団子を買って帰ってください」
「いえ、先生!どうしてラッキーワードなのですか?今日はいったい私の身に何が起こるのでしょうか?それに桃太郎とはいったい?」
彼女は少し俯きながら、
「えっと……あ!そのほうが楽しみが増えていいと思うので!とにかく団子を買って帰ってください!」
強気だ。そして確実に今思いついたであろう理由を私にぶつけてくる。しかも何が起こるのかは教えないが、団子を買って帰れという。しかしラッキーワードの桃太郎とはいったいなんなのだろうか。謎が謎を呼ぶが、しかしこんなに強気に言われてはもう何も言えない。
それに私は占いを全て信じて生きることに決めたのだ。聞きたいことは山ほどあるが、ここは引き下がろう。
「……わかりました」
そう言って私は財布から1万円を取り出した。
「ありがとうございます。でも今日は5千円で大丈夫です」
「あれ?一万円ではないのですか?」
彼女は少し得意な顔をして、
「リピーター割引です!」
そういうシステムがあるのか、と私は思いながら彼女に5千円手渡した。
「明日もお待ちしております」
彼女は笑顔でそう言った。
屋敷を後にした私は自転車に乗りながら先ほどの事を思い返していた。
彼女にはおそらく未来が見えている。しかし何が起きるのかは教えられない。これはいったいどういうことなのだ?そんな事を考えながら、商店街にある昔ながらの和菓子屋に立ち寄った。
中に入ると店番をしているおばあさんに話しかけ、団子をとりあえず6つ購入した。
流石にキビ団子は売っていなかった。
それから寄るところもないので、ひとまず家に戻る事にした。
部屋に戻り、先ほど購入した団子を一本頬張る。
すると上からまた例の爆音が聞こえてきた。
本当にうるさい。
私は連日の騒音でイライラがかなり溜まっていた。流石にこれは苦情を言った方がいいのではないかと思い部屋の外に出た。
すると隣の部屋の前に小学校低学年ほどの赤いランドセルを背負った少女が立ちすくんでいた。
少女は部屋から出てきた私に気が付き、困った顔をしていた。
私は心配になり、声をかけた。
「どうしたの?」
少女は俯きなにも答えない。
私はしゃがみ少女と目線を合わせて、
「何かあったの?」
少女は俯きなにも答えない。
「今学校から帰ってきたの?」
少女は俯きなにも答えない。
完全なる無視だ。私は幽霊を見ているのではないかとすら思った。
しかしピンときた私は、
「もしかして、知らない人とは話さないように言われてるの?」
少女は小さく頷いた。
最近の子供は教育が行き届いている。
それならばと、
「お兄さんはね、この部屋に住んでるんだ。だからお隣さんだね。これで知らない人じゃないよね」
少女は俯きながらなにも答えない。
確かに今のは無理があったと自分でも思う。
しかし一向に話す素振りすら見せないとは……
これはどうすればいいのだろうか。
私は名案を思いついた。
一度部屋に戻り団子を持って少女の元へ戻った。
「ねえ、お腹空いてないかな?よかったらさっき買ったばかりのお団子食べない?」
そう言って私は少女の目の前に団子を差し出した。
少女は目を輝かせて団子を見つめる。
「よかったら一つ食べる?」
少女は頷き、私の持っている団子を手に取り食べ始めた。
おいしそうに団子を頬張る少女に声をかけた。
「君はこの部屋に住んでるの?」
少女は団子を頬張りながら頷く。
「そっか。でもどうしてお家の前で立ってたの?」
少女は小さな声で答え始めた。
「あのね、お家のカギを無くしちゃって、中に入れなくなっちゃったの」
「そっか。お家の人は何時くらいに帰ってくるの?」
少女は暗い顔をして、
「7時にパパが帰ってくる」
そういうと少女は泣き出しそうな顔をしていた。
「そしたら、パパが帰るまでお兄ちゃんの部屋で待ってる?まだお団子もあるし」
少女の表情がぱっと明るくなった。
「うん!」
「そういえば、お名前はなんていうの?」
「犬飼葉月」
「葉月ちゃんか、よろしくね」
「うん!」
ここまでは良かったのだ、本当にうまくいっていた。
しかし、私は後ろから声をかけられた。
「なにしてるんですか?」
私が後ろを振り向くと、リクルートスーツをきた女性が立っていた。
彼女の表情はかなり険しく、まるで不審者を見ているような目だった。
「え?あの……葉月ちゃんがお家に入れなく……」
そこまで言ったところで、リクルートスーツの女性は葉月ちゃんに駆け寄り、
手を引いて私から遠ざけた。
まずい。確実に不審者だと思われている。
私は弁解した。
「あの、私はこの部屋に住んでいるもので、部屋を出たところ葉月ちゃんが家の前で立ち止まっていたので、心配になって声をかけたんです。ですから怪しいものではありません」
女性は険しい表情を保ちながら、
「じゃあ、このお団子は何なんですか?このお団子を餌に家に連れ込もうとしていたじゃないですか!」
そこを聞かれていたのか……
「いえ、お団子はたまたま買ってきたもので、それに葉月ちゃんのお父さんが帰ってくるのが夜の7時だというので、ただ単純に私の部屋で待っていたらどうかといっただけです!」
「誘拐犯はみんなそう言うんです!それに本当かどうかも信用できません!とにかく警察に通報します!」
彼女はカバンからスマートフォンを取り出し電話をかけようとする。
私の頭の中に、翌日の朝刊のイメージが浮かんできた。
『お手柄女子大生!誘拐を未然に防ぐ!』
そんな見出しとともに、私の顔写真と氏名が公表され、氏名の横には容疑者と書かれている。
ああ……終わった……
そんな時、1階のもう一つのドアが開いた。
そこから70代頃のおばあさんが現れた。
このおばあさんはこのアパートの大家さんで木島さんという。
大家さんはリクルートスーツの女性に向かって、
「まあ、お嬢さんお待ちなさい。彼が言っていたことは本当ですよ」
リクルートスーツの女性は少し戸惑った顔をして、
「でも、この人はこの女の子に声をかけて家に連れ込もうとしていたんですよ。これは完全に声かけ事案です」
大家さんは表情を緩めつつ、
「でもね、このお兄さんは困っていたこの子を心配して声をかけていたのよ。優しい人じゃないの。お嬢さんがこの子を守りたい気持ちもわかるけれど、少しは話を聞いてあげてもいいじゃない」
大家さんに諭され、リクルートスーツの女性はスマートフォンをカバンにしまった。
私は肩の力が抜け、ほっとした。
リクルートスーツの女性は、
「わかりました。通報はしません」
と言い、葉月ちゃんに向かって、
「葉月ちゃんだっけ?ごめんね、お姉さん少し取り乱しちゃって」
すると大家さんが笑いながら、
「そうだ、葉月ちゃん。おばあちゃんの家で、お父さんが帰って来るまで待っていたらどうだい?」
葉月ちゃんは少し戸惑いながらも、頷いた。
「よかったら2人も家でお茶でもしていかないかい。親戚からいいお茶をもらったんだよ」
私とリクルートスーツの女性は目を合わせ、はい、と答えた。
おばあさんの家でお茶をごちそうになり、私は先ほど買ってきた団子を皆にふるまった。
「さっきはすみませんでした。私、てっきり誘拐犯が女の子に声をかけているものだとばかり思ってしまって……」
リクルートスーツの女性はバツが悪そうにそう言った。
「いえ、確かにあなたの言う通りです。はたから見たら不審者だと思いますよ」
私はそう言って、少し笑って見せた。
少し間をおいて私はリクルートスーツの女性に尋ねた。
「そういえば、あなたは?」
「私はここの201号室に住んでいる、猿橋育美です。今は大学4年生です」
「それでリクルートスーツなんですね」
「はい。絶賛就職活動中です。あなたは……」
「私は神田宗介です。102号室に住んでいます。投資などをしながら生活しています」
猿橋さんは少し驚いた顔をして、
「投資で稼いでるんですね!若そうなのにすごい。おいくつなんですか?」
「今年22歳なので、おそらく猿橋さんと同い年です」
そんな会話をしていると、再び2回から爆音が響いた。
私は顔をしかめながら、
「最近本当にうるさいですよね、この音」と言った。
猿橋さんもうんざりした顔をして、
「そうなんですよ。私の隣の部屋から毎日毎日、昼夜問わず……大家さん、本当に何とかならないですかね?」
大家さんも困った顔をして答える。
「私もね、何度か注意してるんだけど、鬼澤さん一向にやめてくれなくて困ってるのよ。何とかならないかしらね」
私は一つ提案することにした。
「そうだ、今から鬼澤さんにやめるように言いに行きましょう。大家さんだけだとダメかもしれませんが、これだけ住人がそれっていれば少しは聞き入れてくれるかもしれません」
猿橋さんが目を輝かせて、
「そうですよ!言いに行きましょうよ!これだけいれば何とかなるかもしれませんし!」
この言葉に大家さんも、
「そうね、みんなで言いに行ってみましょうか」
すると、お団子をおいしそうに頬張る葉月ちゃんが、
「葉月も行く!」と言い出した。
苦情を言いに行くのに子供を連れていくのははばかられるので、私は、
「葉月ちゃんはここで待っていた方がいいんじゃないかな?」
と諭すように言った。
「いや!葉月も一緒に行く!葉月もこの音嫌いだからついてく!」
仕方がなく、私たちは4人で202号室に向かった。
202号室の前に着き、インターホンを鳴らす。
数秒後住人が出てきた。
「はい。なんですか?」
鬼澤は金髪のロングヘアーで、いかにもロックミュージシャンっぽい、20代中盤ふうの男だった。
鬼澤はこの人数に驚きつつも、少しけだるそうにそう言った。
私はあくまでもめごとにならないように、落ち着いた口調で、
「私は下の階に住んでいるものなのですが、あなたの部屋から聞こえる音楽が少しうるさいので、できれば控えていただけないでしょうか?それをお願いしに大家さんと、ほかの部屋の住人と一緒に来ました」
男ははあからさまに嫌な顔をして、
「いや、別にうるさくないでしょ。それに俺の部屋にだって隣の部屋の音とか聞こえてるし、お互い様じゃん」
猿橋さんが少しカチンときた顔をしながら、
「いや、それとこれとは話が違うでしょ。あなたみたいに四六時中訳の分からない音楽とか、へたくそなギターの音とか出してないしですし」
鬼澤もカチンとした顔をしながら、
「別に自由でしょそんなの。あんたには関係ないじゃん。それに俺は音楽で食ってるから、趣味じゃなくて仕事として音楽をやってるんだよね。あんたみたいに仕事を探してるわけじゃないし」
それを聞き猿橋さんがさらにヒートアップして、
「それは関係ないでしょ!とにかくあなたの部屋から聞こえる音がうるさいから、いいかげんやめて欲しいって言ってるの!」
まずい、口論になってしまっている。
「まあ、二人とも落ち着いてください。落ち着いて話し合いましょう」
大人が声を荒げて口論しているのを見て、葉月ちゃんは少し涙目になっていた。
男はさらに声を荒げて、
「うるせえな!いつ音楽を聴こうが、ギターを弾こうが俺の勝手だろ!ごちゃごちゃうるせえこと言ってると警察呼ぶからな!」
そんな時階段を上る音が聞こえた。
階段の方を見ると、スキンヘッドにサングラスをした体格のものすごくいい男性が現れた。
私たちは一瞬固まり、これは完全にあっち系の人だと肌で感じた。
その男性を見て、葉月ちゃんが、
「あ!パパ!」と言って駆け寄っていった。
私たちはぽかんとしてしてしまう。
葉月ちゃんの行動から察するに、この人は葉月ちゃんのパパの様だ。
葉月ちゃんのパパは葉月ちゃんを抱きかかえると、私たちのほうに近づいてきて、
「これはいったい、どうしたんですか?」と尋ねてきた。
大家さんが答える。
「ギターの音があまりにもうるさくて、やめてくれるようにお願いしに来たんですよ」
葉月ちゃんのパパは、男のほうを向き、
「確かに夜中やられるのは困るなあ。兄ちゃん、やめてくれねーかな?ギター弾くの」
鬼澤は固まりながら小さな声で答えた。
「……で、でも、ギターは弾きたいです。あの……」
葉月ちゃんのパパはサングラスを外し、
「え?なに?」
とよくとおる低い声で言った。
「いえ!な、なんでもないです。すみませんでした……」
はたから見ていても怖い。私は少し鬼澤に同情してしまった。
そこで一つ私から提案することにした。
「あの、鬼澤さんもお仕事でギターを弾かれているようなので、時間を決めて弾くのはどうでしょうか?」
葉月ちゃんのパパはこちらに目を向け、
「それならいいんじゃないか!……大家さんどうですか?」
大家さんは微笑みながら、
「そうね。それならみんな納得するんじゃないかしら」
大家さんは猿橋さんに、
「猿橋さんはどう?それでいいかしら」と尋ねた。
猿橋さんは二つ返事で、
「そうしましょう。それなら納得です」と言った。
その場で、ギターを弾くのは朝10時から夜19時までということになった。
話し合いも終わり、各々部屋に戻っていく。
帰り際葉月ちゃんのパパに話しかけられた。
「兄ちゃん、娘が困っていたのを助けてくれたんだってな。それにお団子ももらっちゃったみたいで」
「いえ、困っているのを放っておけなかったので」
「ありがとうな。この恩は何かの時に必ず返すから、楽しみにしててな」
この見た目の人が恩返しと言うと妙な感じがするが笑顔で受け取っておこうと思った。
私は自分の部屋に戻り、今日あったことを思いだした。
やはり占い師の少女の言うとおりだった。
桃太郎の様に団子で?仲間を集め鬼退治をした形となった。
明日もまた占い師の元に行ってみよう。
私は柄にもなく少しワクワクしていた。
これも占いの効果なのだろうか。
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