10度目の転生なので全部占いに従ってみた

ハシダスガヲ

第1話 ラッキーアイテムは?

私は10度転生している。冗談の様だが事実である。

転生と言うと異世界やらなんやらが流行っているようだが、実際はそんなにいいものではない。


私のしてきた転生は、同じような微妙に違う世界、いわゆるパラレルワールドのような世界を転々としている。


初めは良かったのだ、もう一度人生をやり直せる。それによってなりたかった職業や、夢を叶えることもできた。


ただ10度も繰り返すといい加減飽きている。もう夢も何もない。

ここまでくると逆に苦痛でしかない。手塚治虫の「火の鳥」未来編の主人公の様に死にたくても死ねないような感覚である。


前回の時は徹底的に悪の道に染まってみようと、限界まで残虐に生きてみた。

私の心のどこかには、これだけ悪事を重ねれば次に転生することはないのではないか、という淡い希望があったのだろう。


しかし実際は違った。また同じような世界に転生してしまったのだ。

この世界では正直やりたいことも何もない。悟りを開いたような感覚で、すでに21年を積み重ねてきた。


そして今日22回目の誕生日を迎えた。それと同時にある名案が頭に浮かんだ。

徹底的に適当に生きてみようと。


翌日私は占い師が住んでいるという町はずれの屋敷に向かうことにした。


自宅から自転車で20分ほどかけ到着したその屋敷は、大きな門と瓦葺きの平屋という、いかにも昔の地主が住んでいそうな建物で、あたりに人気はなく昼間だというのに静まり返っていた。


呼び鈴も見当たらなかったため、ひとまず門をノックしてみた。

反応はない。どこかほかに入り口があるのでは、家の周りをぐるっと一周回ってみたが、他に入口らしきものは見つからなかった。


そこで今度は門を押してみることにした。

門を押すと以外にもすんなり開き、中にある大きな瓦葺きの平屋が目の前に広がった。


私は小声で失礼しますと言いながら中に入り、10歩ほど先の正面にある、すりガラスのはめられた引き戸をノックした。

すると引き戸がゆっくりと開き、中から80代ぐらいの着物を着た老婆が現れた。


「いらっしゃいませ。よくこられましたな」

そう言うと老婆は、

「ご用件は、占いでよろしいですかな」

と言った。


この老婆が占いをするのか、これは期待できそうだ。私は少し心が躍った。

「はい。今回は占いをしていただきたくやってまいりました。あなたが占い師の先生でしょうか」この問いに対して老婆は苦笑いを浮かべながら、


「いえいえ、私はあくまで先生の門弟。まだまだひよっこの修行の身。

私が皆さまを占えるようになるまではあと20年はかかりますよ」


もう今回の人生では間に合わないのではないか?という思いが頭をよぎった。

しかしこれほどの老婆であれば少なくとも数十年修行をしてきているはず。

そしてこの中の占い師はきっとこの老婆よりも老婆であると思われる。

それほどまでに修行を重ねた者の占いとはかなり期待ができそうだ。


しかしどうしても気になり老婆に質問を投げかける。

「これは失礼しました。おばあ様はどれほど修行を重ねてこられたのですか」

老婆ははにかみながら答えた。

「先週の金曜からですので、約1週間ですかな。先週の木曜に老人会の集まりで公民館に行ったときに、張り紙を見たのです」

すると老婆が懐から四つ折りの紙を取り出し、それを開いて私に見せてきた。


開かれたA4のチラシには、ポップな字体とカラフルな色調でこう書かれていた。

『あなたも占い師になりませんか?優しく教える占い師入門講座!未経験大大大歓迎!!!』

老婆は目を輝かせながら続けた。


「これを見た時に思い出したのです。私がまだ幼かったころ、疎開先で流行っていた占い遊びの事を。これはと思い先週の金曜から、週3回各1時間の講座を受け占い師を目指しているのです」

もう私に何も言えることはない。


「すみません。先生の元へお願いいたします」

老婆の話を遮り、先生の元への案内を頼んだ。

老婆について玄関を上がり、玄関から5歩程度の距離にある正面の壁を左に曲がって廊下を少し歩く。

そして廊下の突き当りにある部屋の前に来た。


「ここで少しお待ちください」

老婆はそう言って、今来た廊下を戻っていった。

突き当りの部屋は左右両引きの障子で閉ざされており、右側の障子には先ほど老婆に見せられたチラシが貼ってあった。

その横に同じ大きさの紙が並べて貼られており、手書きの文字で、『講習会場♡』と書かれていた。


ハートの意味は全く分からないが、ここが講習会場の様だ。何なのだこの異様なアンバランスさは。

そして私は別に講習を受けに来たわけではないのだが。

そんなことを考えていると中から、か細い女性の声が聞こえた。


「お待たせいたしました。中へお入りください」


いよいよ対面だ。果たしてこの屋敷の主はいったいどんな人物なのだろうか。

これだけの豪邸に住む占い師で、あの老婆よりも老婆で、ポップなチラシで講習会の案内を公民館に貼るような人物。

自分でも何を言っているのかよくわからないが、私は右の障子に手をかけ開いた。


障子の奥には、20畳ほどの広い板張りの部屋が広がっており、部屋の中央に白い着物を羽織り三つ指を立て深々とお辞儀をしている小柄な女性がいた。

この人が例の占い師らしい。

はやる気持ちを抑えつつも、占い師の前に用意された座布団へ私は向かった。


座布団に正座で座り、

「先生、今日はよろしくお願いいたします」と言いながら、私も同じように深々とお辞儀をした。私が頭を上げると、先生も頭を上げた。


先生は私の目を見ると、

「今回はどのようなことでお悩みですか」と尋ねてきた。

驚いた、先生はおそらく10代後半ぐらいの小柄な女性で、少し垂れ目の可愛らしい顔をしていた。

全然ばあさんではない、それにこの若さで先生だと……本当に大丈夫なのか?

確かにあのポップなチラシを書いたというのもうなずけるが……そうか、これは大分若く見えるだけなのだ。

実際はもっと年を食っている、いわゆるロリババアというやつだ。

そうだ、そうに違いない。


私は驚きで一瞬固まってしまったが、我に返り先生の問いに答えた。

「私は今年22歳になったのですが、何事にもやる気が持てず困っています。どうすればいいのでしょうか」

先生は顎に右手の人差し指を当て、少し考えた後でこう言った。

「そうですね……ラッキーアイテムはバールです」

私の頭の中を『ラッキーアイテムはバール』という言葉が何度も反響していた。

完全にパニックである。もう理解が追い付かない。

それでもやっとの思いで声を絞り出した。

「……バール、ですか」

彼女はにっこり微笑み私にこう言った。

「バールです。今日の帰りに買ってください」

強気だ。こんな訳の分からない状況でこれほどまで、自信満々にバールを買って帰れと彼女は言うのだ。


ああ、だまされた。所詮占いなどこの程度のもなのだ。

しかし私は、今回の人生を適当に生きると決めている。

言われた通りにしてみようではないか。おとなしくバールを買って帰ろう。


そう決めた私は、

「……ありがとうございました。今回の占いのお代はいくらになりますか」

彼女はまたにっこり微笑み、

「1万円です」と言った。

強気だ。来た客に対して、ラッキーアイテムはバールというパワーワードをぶつけて1万円をせしめるとは、完全にやり手だ。

そしてよく考えれば私の質問に対しての回答には一切なってはいない。

バールを買ってやる気を出せということなのか?バールを買ってやる気を出すのは強盗か金庫破りぐらいのものだろう。

この女ただものではない。


私はおとなしく財布から1万円を取り出し彼女に手渡した。

1万円を受け渡した瞬間、彼女が床にうずくまった。

「大丈夫ですか」

私は驚き声をかけた。

すると彼女は顔を赤らめながら、

「だ、大丈夫です……バールは必ず買って帰ってください!」

そう私に告げると、いそいそと奥の扉へと消えていった。

取り残された私はとりあえず帰ることにした。


入ってきた障子を開くと、老婆が立っていた。

「お楽しみでしたな?」

お楽しみではなく、パニックだ!と言いたかったがこの数分間の出来事が衝撃的過ぎて、何も言えなかった。

老婆は先ほどと同じように笑みを浮かべると、私を玄関へと案内した。


玄関に着き靴を履いていると老婆が話しかけてきた、

「先生の占いは本当によく当たりますので、きちんとその通りにしてくださいね」

「……はい。わかりました」

「ちなみに今回は、どんな言葉をいただいたのですか」

しめた!ここで占いの内容を伝えればきっと老婆も騙されていることに気が付くはずだ。


「今回は、ラッキーアイテムはバールだと言われました」

老婆は驚いた顔をしている。

そうか、やはり私もこの老婆も騙されていたのだ。

悩みに対してパワーワードをぶつけるだけの問答に1万円を要求するのはやはり普通のやり方ではない。

きっと私が占い初心者だと見抜いて吹っ掛けたのであろう。

しかし老婆の顔は驚きから、くしゃっとした笑顔に変わり、


「それは良かったですね!先生にラッキーアイテムを教えていただけるということは、今日はいいことがありますよ」

と言った。

そうか、この老婆も占い師側の人間だったのだ。


老婆と別れてから、私は自転車に乗って近くのホームセンターに寄った。

本当にバールがラッキーアイテムなのか、そんな疑問はあったものの、言われた通りに工具のコーナーで大小様々なバールを物色しはじめた。

バールといっても大きさから形まで色々なものがある。

どのサイズの、どんな形のバールか聞き忘れていたが、とりあえず私は、片側が90度、もう片側が45度に折り曲がり両端が釘抜きのような形をした、長さ75cmのバールを購入した。

お会計は3,500円。意外と安いのだなと思った。

自転車のかごにビニール袋に包まれたバールを入れ、ホームセンターを後にした。


ホームセンターを後にしてから自宅へ向かう途中民家の火災現場に遭遇した。

煙が立ち込め、すでに消防車や救急車などが救助活動や消火活動に当たっている。

周りにはやじ馬がいて、皆心配そうに消火活動に見入っていた。

そこへ、消防士に囲まれた一人の女性が大声をあげていた。


「私の!私の子供がまだ中にいるんです!お願いです、助けてください!」

見た目は30代中盤、顔にはすすが付いている。

入口の方に目をやると、レスキュー隊員が3人がかりで扉をこじ開けようとしている。

チェーンソーのような電動工具を蝶番のところに当て、焼き切ろうとするもうまくいっていない様子だ。

するとレスキュー隊員が大きな声で話しているのが聞こえた。


「くそ!全然扉が外れない!どうして開かないんだ!」

「隙間は空いたから、後は何かでこじ開けられればいいんだが、持ってきたバールがさっき折れてしまった……」

「誰かバールを持っている人はいないのか!」

何だこの状況。火事でバールを必要としてる人がいる。

そんな馬鹿な……確かに今私はホームセンターで占い師に言われるがままバールを購入している。


流石にこれは出来すぎではないのか……

だが人命には代えられない。

私は普段あまり出したことがないような大きな声で、

「バールあります!これを使ってください!」

周囲から奇異の目で見られながらも、私は自転車を止め、玄関の手前で待機していた消防隊員へ先ほど購入したバールを渡した。

「え?……あ、ありがとうございます!武田さん!これで開けてください!」


そういって待機していた隊員は、玄関で扉をこじ開けようとしている武田さんに駆け寄りバールを手渡した。

「おお!バールじゃないか!これで一気にこじ開けるぞ!」

ものの30秒程度で扉はこじ開けられ、隊員が中へと入っていった。

1分後、中から武田さんが女の子を抱きかかえ外へと出てきた。

抱きかかえられた女の子はぐったりした様子で、顔中がすすにまみれていた。

女の子はそのままストレッチャーへ乗せられる。

そこへ先ほど大声をあげていた母親らしき女性が駆け寄り、大声で泣いている。

女の子はうっすらと目を開けて、

「……ママ……」

と言った。


生きていたのだ。今まで知らないうちに強張っていた私の肩の力が抜けた。

「ああ!よかった……よかった!」

そういいながら、女の子を抱きしめる母親。

思わず涙がこぼれそうになる。私にもこんな気持ちが残っていたのだ。


私はふと断片的に1度目の人生の事を思い出す。

『パパ!おかえりなさい!』

『パパ!私将来、パパのお嫁さんになる!』

そう、私にも昔は家族がいたのだ。

妻と娘の3人家族。今思い出してもいい人生だった。

『おっさんマジきもいから近寄らないでくれる?』

『おっさん、キモイか臭いかの、せめてどっちかにしてくれない?』

一瞬よけいなことがフラッシュバックしたが……いい人生だった!

私は自分にそう言い聞かせた。


そうこうしているうちに、女の子は母親と救急車で病院へと運ばれていった。

その後数分ほどで火事はおさまった。

思わずその場で眺め続けていた私に、武田さんが声をかけてきた。

「キミ!助かったよ!キミがバールを持っていなかったら女の子は助けられていなかっただろう。本当に感謝しているよ。ありがとう」

こんなまっすぐな瞳で言われると戸惑ってしまう。

「いえ、たまたま……うら」

そこまで言って私は口をつぐんだ。


危なかった。ついうっかり、

『占いで、ラッキーアイテムはバールだって言われたので、ホームセンターで買ってきただけです』

と言ってしまうところであった。

これでは、お手柄男性から狂信的な占い信者にクラスチェンジしてしまう。

私は平静を装いながらなんとか言葉をひねり出す。


「……たまたま、部屋の壁に気に入らない釘が刺さっていたので、それを引っこ抜いてやろうとバールを買ってきたところだったんです!」

うまくいかなかった。というか自分でも何を言っているのかわからない。

武田さんの私を見る目が、お手柄男性を見る目から、不審者を見る目に変わった。


「……そうか。それでもキミは一人の命を救ったんだ。お手柄だよ。」

そう言って優しい笑顔を見せる武田さんは、見るからに消防士というような体格の持ち主で、おそらく学生時代はスポーツをやっていたのであろう。言葉からも見た目からも、本当にまっすぐな人なのだと感じる。

それと同時に対極のような自分が情けなく思える。

私は少しうつむきながら、

「……いえ、自分は当然のことをしたまでですから……失礼します!」

と言い、逃げるように自転車に飛び乗るとその場から立ち去った。


私は一人暮らしをしているワンルームのアパートにつくと、一目散に自室へと駆け込み、部屋の突き当りにあるベッドへ倒れ込んだ。ベッドに面している窓から入る西日が私を強く照らしていた。


私の頭の中を、

『今日のラッキーアイテムはバールです』という言葉とともに、あの占い師の少女の顔がよぎっていた。


それにしてもこれは偶然なのだろうか。それにしては出来すぎている。

あの占い師に言われた通りにバールを買ったらたまたま火災現場へ鉢合わせ、買ってきたバールによって一人の少女の命が救われたのだ。本当にあの占い師の占いは当たるのではないか?そう思う自分と、

いやいやたまたま偶然が重なっただけだ、という冷静な自分がせめぎあっている。

ただどちらの自分も同じ結論に行き着いた。

本物なのか確かめたい。

私は翌日も占い師の元へ向かうことを決めた。

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