1. 逢空と桜花(6)
* * * * * *
私は過去を
「……」
1年前のあの日、不気味ともいえるほど真っ白な部屋で私はそれを聞いた。その時。そう、その時から私の中の時間が動き出したんだ。私の時間が刻まれ始めた。
でも、何も嬉しくなかった。むしろ止まってほしいとさえ思った。風も、波も、地球も、呼吸すら止まってしまえと。
どこかで見た恋愛ドラマでは時間が動けばいいって台詞に共感していたんだっけな。
でもそれは違ったんだ。だって時間が動いてしまったらこの日常も崩れ去っていくってことでしょ?私は、この
だから、このありふれた日常が続くなら、時間よ。止まれ。
……お願いします。止まってください。
私は、過去と見紛える夢から覚める。
* * * * * *
僕が通うことになった萩明倫高等学校は海のほとり、それも砂浜の目の前にある。
その影響なのか、全ての鉄部分が朽ちるんじゃないかというほどに錆色に変色している靴箱にスニーカーをぶち込んだ。
「ん~~」
まだ、朝も始まったばかりなのだが既に何度目かの背伸びをする。どうも僕にとっては昨日が溺れるほど濃すぎたようで、まともに寝ることが出来なかった。
何度眠りに就こうとしてもあの光景が幾度となくフラッシュバックして、寝ることを許してくれなかったのだ。身体は寝ようとしているのだが、脳ははっきりとしているような、そんな状態が早朝のバイクの音が聞こえるまでしていた。
だから、今日がとても眠たくて、背伸びをしてしまうのはもはや自明の理でもあったのである。
また出そうになったあくびをぐっと噛みしめて教室へと足を運ぶ。
「おはよ」
唐突に後ろから、そう声をかけられた。
振り向くと夏音さんが何故か倉峰と一緒にいる。倉峰はポケットに手を突っ込ませたまま、こちらを会釈をしてきた。
「……おはよう」
「なんで由那がいないんだろうって思ったでしょ」
夏音さんがこちらの顔を伺うように顔を傾けてくる。僕はその視線に当たりたくなくてすっと目をそらした。
「いや、別に。ちょっと意外だなとは思ったけど」
「ちょっと意外って。それは肯定と捉えていいのかな」
彼女は、挑発的な目をしてくる。倉峰は、もう昨日のことを勘付かれていると知ったのか、悟ったのか、こちらの話に口出ししてこなかった。
「違うってば」
つい、正面を向いてムキになって返してしまう。なぜだか、彼女のことを考えていたなんて知られたくないと思った。
「ただ、倉峰くんと一緒に登校しているのがなんだか意外だっただけだよ」
話題を変えるべくそう言い放つ。すると、二人は立ち止まって顔を見合わせた。
「……いや、そりゃ俺たち付き合ってるからな」
少し悩んだ後に倉峰がそう、口を開いた。隣では夏音さんが少し照れている。
「え、えっ?!」
僕は思わず二度も聞き返してしまった。昨日一日、ほとんどずっと倉峰とは一緒にいたのだけれど、そんな気は全くしなかったのだ。
夏音さんも夏音さんで基本的に桜原さんと一緒にいたような気がするし、そもそも性格的に二人が付き合っているなんて想像できなかった。
「…ま、そろそろ教室向かおうぜ。桜原さんも来ているだろうし」
倉峰が発したその言葉を聞いただけで思わず肩をビクッとさせてしまう。それに勘づいたのか夏音さんがこちらを見てきた。
「あ~。そうそう、由那は学校で一番ってくらいに早いからね」
そして、照れ顔のまま彼女はいつもの笑顔を見せてくる。先ほど照れ顔を見られた仕返しなのだろうか。…そう考えるとぜったい確信犯だな。
「んじゃ、教室行くか」
僕は、夏音さんの顔を見ないようにして歩き出した。今のまま、彼女の顔を見るのはなんだか負けたような気がして嫌だった。
そういえば、衝撃の告白を聞いたためか、桜原さんが教室にいることを知ったからか、眠たかった目はもう大分冴えていた。
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