1. 逢空と桜花(2)

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「……ねぇ、君が新しく来たっていう冬田君?」


 校長の話があまりに長すぎて、自己紹介前に眠りそうだな、なんて考えてた時だった。


 どうやら、隣の彼も暇を持て余してこちらに声をかけてきたらしい。


「そうだけど、どうかした?」


 正直言って、眠りかけていたタイミングでの彼の声かけは非常に助かった。もしこのまま眠ってしまって自己紹介の案内にも気づかなかったら、それこそ恥知らずの僕ですら顔を赤面させてしまうに違いなかった。


「そっか。俺、同じクラスの倉峰って言うんだけど余りに校長の話長すぎてさ。いや、本当に長くない?」


 彼は至って自然に同意を促してくる。この学校の生徒は転校生という未知の存在に対して抵抗がないのだろうか。


 今まで行った学校とは全く違う待遇に少しばかり違和感を感じた。


「あ~、長いよね。僕もちょうど今、長すぎて眠りそうだったとこだから。いつもこんな感じなの?」


「いや、今日は特段長いかな。いつもは10分位で終わるよ、もう15分経過してるけど」


 彼は、ステージの右上に掛かっている丸時計を見ながらそう告げた。それにつられて僕も時計を見ながら、2つ目の理由は、と言っている校長の声を聞いた。


 これはまだまだ終わらない気が、信じたくはないのだがそんな気が、した。


「まだまだ終わりそうにないんだけど。結構転校しているんだけどここまで長いの初めてかもしれないわ」


 僕は、率直な意見を口にする。


「あ、転校するの初めてじゃないんだ。今まで何回位したん?」


「えっと、4回目かな。確かだけど」


「4回⁈そんなに転校してんだ」


 彼は僕の発言に少し驚いたようで、少し目を見開いている。まぁ、確かに17歳で4回も転校している人はそんなにいないのだろう。自分でも、もし彼の立場であったらそんな反応を見せるに違いなかった。


 ただ、僕には転校しなければいけない理由があるのだ。昔に犯してしまった罪を償うためにも。そして、友達が作れないのはその代償なのだと、僕はそう信じて生きている。


 これはただの贖罪しょくざいなのだ。


 またの名をエゴという。


「うん。多分また9月位には転校するから、この学校もあまりいないんだけどね」


 僕はついでに、とばかりに補足情報を伝えた。


 僕が転校する一番の原因は、父さんのしょっちゅうある異動が原因しているのだが、どうやら今回も周期が短いようで9月位と小耳にはさんでいた。


 なぜこのタイミングで彼に告げたのか、それは未だに分からないけれども。


「そうなんかぁ、初めて会う人が転校していく日時を知るのはなんか悲しいっていうか違和感あるな。あと、なんで転校してきたのにうちの制服じゃないんだろって思っていたけど、そゆことね」


「そゆことそゆこと。制服本当に高いからさすがに買えないんだよ。一人だけ違うのめちゃくちゃ恥ずかしいけど」


 僕は一人だけ違う、紺のブレザーを見ながら、至って普通をよそおう。悲しい、なんてきっと僕のことなんて1年もすれば忘れてしまう癖に、ありえないことを言われたとしても何も思わない。


 ……いや、こんなことを考えてしまうあたり思っているのか、と再確認する。


「あっ、そろそろ校長の話終わりそうだけれども、そろそろステージ裏行くの?」


 黒のブレザーを着た彼が、校長のほうを見る。僕は校長、ではなく壁に掛けられた丸時計を見ていた。話し始めてから大体150°程、長針が動いていた。


 マジかよ、と心でツッコミを入れながら口を開く。


「確か、校長の話が終わったらステージ横に移動してくれって言っていたからそろそろだね。前に出るのめんどくさいなぁ」


「え、緊張するとかないんだ。俺なら人前に出るの緊張するからその立場だと吐き気をもよおしてるまであるんだけど」


 彼は少し笑う。


「あ~、何度も転校してるからか慣れちゃってね。自己紹介文も基本的に前回のコピペだし」


 本当の理由はあえて言わなかった。言ったところで伝わらないだろうし、さらに言えばさすがに初日で険悪な関係になるのは少し御免ごめんだった。


「転校慣れと自己紹介文コピペって。そんなパワーワード初めて聞いたよ」


 どうやら、僕の判断は正しかったようだ。彼は笑いをこらえるように目を細めている。


 意識をステージに向けると、では、新しい学年になりますが頑張ってください、という声が聞こえてきた。


 いったい何人が校長の言葉を聞いているのだろうか。ぱっと見、ほとんどの頭が上がっていないような感じがする。


「んじゃ、そろそろ行くわ」


 僕はおもむろに立ち上がり、彼に一言そう告げた。


「おう」


 彼は手短に返してきた。


「……緊張しないなら大丈夫だろうけど、まぁガンバ」


 と、思ったら更に言葉を重ねてくる。なぜだか、その言葉を聞いたらいつもと変わらない単調作業を少しだけ頑張らないとな、と歩を進めながら一人そう思った。


 ……


「終わったぁ」


 僕は倉峰の隣に戻ってそう呟いた。


 今回の自己紹介は意気込んでしまったためか、少し発言がりきんだ気がしたけど、発表としてはまずまずであろう。


「お疲れさん。やっぱ自己紹介上手いね。……自己紹介上手いなんてのもちょっとおかしな言葉だけど」


「まぁ、何回もやってたらね。さっきも言ったけど」


「やっぱ、経験者は自己紹介の発言も格が違うってやつやな」


 彼はニヤニヤと茶化してくる。茶化している、というよりはおちょくってくる、というほうがニュアンスとしてはあっているかもしれない。


 その発言に対して、”いや、そんな発言に重みも、プロとしての意識もないよ。むしろ教えてくれ”なんて茶化し返そうかと考えていた時に横槍よこやりが入る。


『次は吹奏楽部による校内演奏会です』


 ステージ横でそう生徒会らしき司会が、そう告げた。ステージを見てみると多くの椅子が並べられている。


 茶化し返すために顔を横に向きなおすと、何か重要なことでもあるのか彼はじっとステージを見ていた。


 僕は、何も言い出せなかった。

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