5-3 呼び出しは裏庭がセオリー

………………


…………


……



「せんせーごめんねっ」


 廊下で背中を叩かれて立ち止まると、神崎さんが上機嫌で僕の前に回り込んできた。


「いやあ、奈朋なほも明るくしすぎたなぁと思ってたんだよな〜。やっぱダメだったか〜」

「いやいや。教頭先生にも今朝にらまれたんだからね?」

「ごめんなさいってば~。今日なおしてあげるねっ」


 よかった。どうなることかと思ったけど、気分を害してるわけじゃなさそうだ……。


「ねえせんせー。奈朋のことかばってくれたんでしょ?」


 ずいっと身を寄せて、神崎さんは僕を真下からによによと見上げた。


「いや、だって。悪く言われたくなかったし」

「ふふーん? まぁ失敗したのはわかってたから、奈朋は傷ついたりしないのでした」


 いたずらぽく笑う彼女とともに歩き出す。

 廊下に出ていた隣のクラスの女子たちと目が合った。


「長谷川先生、髪の毛切ってるー」

「オットコマエ!」

「こら、大人をからかわないのっ」

「きゃはは! でもウチのスズムーには負けるけどねー?」


 はいはい、鈴村先生はツラがいいからね。わかってますよ!

 隣を歩く神崎さんは、手で顔を隠しているけどやはり笑顔をこらえきれないようだった。

 あー。色はボロクソに言われたけど、髪型はほめられまくりだもんね、僕。


「なんかね、こうやって奈朋の作品にたいして、生の反応が見れるのがうれしい」

「作品て!」


 まったく人の髪の毛を実験みたいに。

 でも、小5にしてはセンスあると思ったし、僕もちょっと気に入ってたりするんだよね。


「……で、神崎さん」

「はーい?」

「どこまでついてくるの?」

「うぬぼれんな!」


 うっふ。みぞおちに……いいチョップくれるやんけ……。


「……水口くんに呼び出されたの」


 口を尖らせながら彼女は言った。


「えっ」


 クラスの水口くんが?

 呼び出しって、ま、まさか……!?


「神崎さん、それ行かなきゃだめなの?」

「せんせ……?」


 僕は足を止める。神崎さんの前で、腰を折って目線を合わせた。

 僕の真剣さに彼女は目を丸くしていたけれど、悪いことをして見つかった犬のように、しょんぼりと視線を落とした。


「……朝、下駄箱に手紙が入ってたの。ひとりで放課後、裏庭に来てって」


 それで、今日はぼんやりしていたのか。

 僕も視線を落として唇を噛む。


「きみのことが心配なんだ……」


 彼女はハッと顔を上げた。瞳を潤ませて僕の頬を両手で包む。

 二人の視線が間近で絡む。


「せんせー……。でも奈朋ね! せんせーが行くなって言うなら」

「まさか、きみがいじめられてたなんてっ」

「……へ?」


 ああ、まるで昨日のことのように思い出す……。

 僕も中学生のころ、クラスの異端児・櫻樺さくらかばくんに校舎裏に呼び出され、「口の形が気に入らない」って理由でボコられたっけ……。あの理不尽な経験から、校舎裏の呼び出しにいい印象がない。

 それが今の時代にも行われているだなんて、許せない!

 しかも力の強い男子が女子を呼び出すだって!?

 いかんぞ、僕が神崎さんを守らなきゃな!!


 僕の頬を包んでいた手に、ぎゅっと力が入った。神崎さんの手の温もりが伝わってくる。


 ……あれ? ってちょっと待って。


 神崎さんの顔が僕の顔に近づく。

 いやいや、か、神崎さんっ?

 なに……そ、それは、ダメ……ッ!?


「……なんでそうなるのよ、このすっとこどっこーーーーいっ!!」

「ぎゃあああーー!?」


 不意にくらったヘッドバッドと、思わぬ神崎さんの鬼の形相を近くで見てしまったことのダブルショックで僕はよろめき、壁に背中をぶつけてずりずりと座り込んだ。


「ロマンスがわからないなんてサイッテー!! ほんっっっっと、ありえないんですけど!? 赤ちゃんはたまごボーロでも食べてればぁあ?」


 捨てゼリフを残して、神崎さんはプリプリしながら行ってしまった。


「先生、さようなら?」


 頭の中で反響する耳鳴りに混じって、帰宅中であろう生徒の声がかすかに聞こえ……た……。

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